地図に描かれた絵(現代ドラマ)

 会場をざわめきが包み込んでいた。

 悲鳴を上げて頭を抱え込む人もいれば、スマートフォンで動画の撮影をする人もいる。

 屈強な身体をした警備員が走ってきたが、すでに時遅しであり、誰にもどうすることもできなかった。


 アメリカ・ラスベガスで開かれたチャリティーオークションだった。

 落札金額の10%の金額をオークション主催者が動物保護団体へと寄付をするというものであり、有名なムービースターや著名な作家などが参加するということで話題になっているオークションだった。


 私は新聞記者という仕事柄、こういった会場に入り込むのは得意であった。

 本当は招待されていなければ入ることのできない場所なのだが、事前に用意しておいた『PRESS』と書かれた腕章と首から書けるカードケースに入れた名刺を装着して、関係者入口と書かれた扉から堂々と中に入ることに成功した。

 もちろん、警備員はいた。でも、私がにこやかな笑顔で「ハイ!」と声を掛けると向こうもわかっているぜと言わんばかりの笑顔で「ハイ!」と返して来て、それだけで私は通過することを許された。


 女っていうのは、武器なんだからね。その武器を120%使いなさいよ。

 入社して1年目の時に社会部のエースだった女性記者の先輩に言われたことだった。

 彼女は女という武器を駆使して様々な特ダネを掴み、毎月のように社内の報道賞などを受賞していた。

 そんな彼女も、とある政治家との不倫スキャンダルを自分が撮られてしまい、逃げるようにして辞職をして表舞台から姿を消していった。

 女という武器を使い間違えると、こういうことになるぞ。

 彼女は私に身をもって教えてくれたのだ。


「続いては、ロットナンバー86番。ノーベル文学賞を最年少で受賞した日本人作家の使っていた万年筆だ」

 オークショニア(オークションの司会進行を務める人)がオーバーリアクションをしながら商品を紹介する。

 その出品された万年筆は、日本人作家で芥川賞と直木賞をダブル受賞するという全体未聞の快挙を成し遂げ、さらにはノーベル文学賞を最年少で受賞したという作家のものだった。

 最近は万年筆で原稿を書く作家など天然記念物級だと思っていたが、まさか若手作家が万年筆で原稿を書いていたというのは驚きだった。


 次々に入札が行われて行き、その万年筆は800万の値がつけられて落札された。

 世の中には金持ちというのが沢山いるものだ。


「続いて……これは珍しいものですよ。これはあのガリバー旅行記の作者であるジョナサン・スウィフトがガリバー旅行記を書いた際に描いた地図です」

 オークショニアの言葉に会場がざわめく。


 そこに登場したのは、額縁に入れられた黄ばんだ地図であった。

 ジョナサン・スウィフトといえば、いまから300年以上前の人である。

 ということは、その地図が描かれたのも300年以上前ということだろう。


 入札がはじまり、価格はどんどんと上がっていく。

 アラブ系の男性が2000万といえば、ヨーロッパ系の女性が2500万と値を吊り上げる。

 白熱した戦い。お互いが一歩も譲らず、値段はどんどんと上がっていく。


 その状況を会場にいる全員が固唾をのんで見守っている時、三歳くらいの男の子が地図が置かれている場所に近づいて行っていた。

 誰も気づいていなかった。

 男の子は、地図に手を伸ばすと、その地図に持っていたマジックペンを向けた。


 そして、冒頭のシーンへと戻る。

 男の子は地図の左端に、にこにこと笑う顔の絵を描いた。

 この事は『史上最悪な落書き事件』と題されてトップニュースとなった。

 もちろん、その記事を書いたのは私であり、私のスクープ記事は世界各国の報道機関に買い取られた。

 ニュースは大きな話題となったが、誰も男の子のことを怒ることはできなかった。

 男の子には悪気はなかったのだ。

 それでも、地図は1億5000万円という値段で落札された。


 あれから20年後。

 地図には当時の10倍の15億の値段がついていた。

 それを報じたのも私だった。

 あの時の男の子は、のちに有名な画家となったのだ。

 そして、その地図がいま私の目の前に展示されている。

 有名画家、ピエール東郷が落書きをしたジョナサン・スウィフトの地図として。

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