スミヲノオムニバス2

大隅 スミヲ

地図に描かれた絵(異世界ファンタジー)

 風は凪いでいた。

 甲板から見上げる空は雲ひとつ無く、燦々と太陽の光が降り注いでいる。

 ガレオンと呼ばれるタイプの帆船はんせんだった。

 しかし、風の凪いでいる今はただの巨大な船に過ぎない。


 港を出て五日目。

 そろそろ目的の場所が見えて来てもおかしくはないのだが、島影どころか見渡す限り水平線が続いているようにしか見えなかった。


「なあ、本当にあっているのか?」

 望遠鏡を覗き込みながら、頭にトリコーンと呼ばれる三角帽を被った体格の良い男が、舵を握る舵手だしゅに問いかける。


「地図どおりに進んではいますが」

 小柄で赤と白のボーダー柄のシャツを着た舵手はそう答えると、首を振るようにして辺りを見回した。


 どこを見ても島影は見えない。

 360度全方向見えるのは海だけであった。


「どうなってんだ?」

「知らないよ。おかしらが買った地図じゃんか」


 舵手は、トリコーンの男――お頭――に対して口答えをした。


「おいおい、俺のせいにするなよ。それとっていうのはやめろって言っているだろ。船の上では船長だ」

「ただでさえ金がないっていうのに、地図一枚に大金を払っちまうんだからなあ」

「え、そんな大金を払ったのかい、お頭」


 甲板の端でモップ掛けをしていた顔の下半分をヒゲで覆った小太りな航海士が話に首を突っ込んでくる。


「聞いて驚くなよ、金貨300枚だぜ」

 航海士の言葉に舵手が答える。


「ええっ! 金貨300枚っていったら、この船の三日分の食料と水が買える金額じゃないか」

 言いたい放題の男たちに、船長はムッとした表情を浮かべて、大声で怒鳴るように言った。


「金貨300枚が、3万枚いや300万枚の財宝に化けるかもしれないんだぞ。それをなんだ、ちっちぇえことばかり言いやがって。お前ら、何年海の男をやっているんだ。ロマンを求めないで、何を求めてやってんだよ」

 その言葉に、男たちは首をすくめる。


「海の男はよ、ロマンを求めなきゃならねえんだよ」

 船長はそう呟くと、また望遠鏡を覗き込んだ。


 しばらく船は海流に任せて進んだ。風も凪いでいるため、進む速度はゆっくりだった。


「お頭、島が見えましたぜ」

 見張り台に立っていた青白のボーダーシャツを着ている航海士が叫んだ。


 その声に、デッキの上で寝そべっていた船長は飛び起きた。

 船長は、全然代わり映えの無い景色に飽きてしまい、本を読みながら眠ってしまっていたのだ。


 船内にいた船員たちも一斉にデッキに出てきて大騒ぎになった。


「やった、島だ。黄金の島が見つかったぞ」

「金貨だ。300万枚の金貨だ」

 口々に騒ぐ船員たちを尻目に、船長は望遠鏡であたりを見回している。


「おかしいな。無いぞ」

 そのつぶやきに、船員たちは顔を見合わせた。


「お頭、何がないっていうんですか。島はもう肉眼でも見える距離にあるじゃないですか。あれが、地図に描かれていた黄金の島でしょ?」

「ない……ないんだ……どうして、いないんだよ」

「何を言ってんだよ、お頭」

「いないだろっ!」

 船長はそう言うと持っていた地図を木製のテーブルの上に叩きつけた。


「ここに描かれているセクシーな人魚はどこにいるんだっ! どこにもいないじゃないかっ!」

 船長が指さしたのは、地図の端に描かれた人魚の絵だった。


 その絵は妙にリアルであり、絵とは思えないほどに美しくなまめかしい姿をしていた。


「まさか、お頭……」

 船員たちがざわつく。


 完全にひとめ惚れだった。古道具屋で地図を瞬間、船長は地図の隅に描かれた岩場に腰をおろす人魚の姿にハートを射貫かれたのだ。

 黄金の島など、どうでもよかった。人魚に会いたい。その一心だけで船をこの辺鄙な島まで進めてきたのだ。


「おい、どうするよ?」

「とりあえず、島に上陸するか?」

「そうだな」

 茫然自失となった船長を尻目に船員たちは錨を降ろし、小舟に乗って島へと上陸していくのであった。

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