第22話


 ヤオウを一体でも討伐すれば、コケルさん達の目的は果たされ、ギリス王国へと旅立てる。俺たちもコケルさんと同行することになっているので、それで全てが解決だ。


 だが――


「現実はそんなに甘く無いよな――」


 この世界でもどちらかと言えば強者に属するはずのコケルさんやアリスさん二人係でも勝てる確率は5分に満たないとか。

 ヤオウの討伐は俺たちがいかにサポートし、的確に行動できるのかにかかっているのだ。


 俺たちはコケルさん達のテント横で野宿をしている。既に日が傾いてきていたせいで、一度睡眠をとって明日朝一番からヤオウを探しに出かけることになった。


 隣にカエデはいない。変わりにコケルがいる。彼によると女に安眠できる寝床を提供するのは当然のとのことらしい。


「お前はさっきから何そわそわしてんだよ?」


 俺の挙動不審に気付いたコケルは声を掛けてきた。


「その、カエデとアリスさん大丈夫かなと思って。」


 正直喧嘩とかしないか不安だ。お互い子供でもないから大丈夫だとは思うが……。


「何だ、そんなことか。確かに今まで接してきた面だけを見ればアリスはかなり短気な女に見えるかもしれねえ。だがな、あいつはあれで以外と常識はわきまえてるんだよ。だからお前が心配するようなことは起こらねえさ。」


「まあ、確かに自分の感情も抑えられないんじゃ騎士なんて務まら無さそうですもんね。」


「騎士ってのは俺らが思ってる以上に繊細な仕事なんだろうよ。上の連中に粗相な態度を取ればすぐにでも首は吹っ飛ぶ。とてもじゃないが、やりたい仕事ではねえな。」


「そういえばコケルさんって何の仕事をしてるんですか?」


「俺?まあ大したもんじゃねえよ。一介のしがない冒険者さ。だらだらと冒険者を続けてたかったんだが、師匠に召集されてよ。それでこんな面倒な仕事を請け負わざるを得なくなったという訳さ。」


「師匠さんに頼み込まれたんですか。確かにそれは断りづらそうですね。」


 異世界の人間関係のしがらみは、元いた世界ではきっと考えられないぐらい面倒なんだろう。


「教えてやったんだから恩を返せだとよ。報酬も無しだし、ほとんど慈善活動みたいなもんだぜ。まあ、師匠のお陰で実力が付いたことは否定しないけどな。あとよコケル、さっきから何となくお前から距離感というかよそよそしさを感じるんだが気のせいか?」


「え? ま、まあ、まだ出会ったばかりですから。逆にコケルさんはかなり最初から距離感が近かったですよね……ん?」


 話し終わる少し前、コケルは唐突に顔を近づけてきた。


 え?もしかして俺なんか怒らせるようなこと言ったか?それとも、考えたくはないが、そういう趣味の……。


 今から何がなされるのかと、緊張感で胸が持っていかれそうになった俺だったが、彼の口から出たのは予想外な言葉だけだった。


「お前、今から敬語禁止な?」


「は……?」


 既視感、それはいつだったろうか同じようなセリフを聞いたことがあるのは。確か水泳部の先輩が同じようなことを言っていた気がする。もしその先輩の前で敬語を使うと……。


「疎外感を感じる原因が分かったよ。要するに敬語を使われてるからね。もしこれから俺の前で敬語を使ったら――」


 腹パンな?とでも言われるのだろうか……。


「斬首刑な?」

 

「ヒェッ」

 

 予想以上に重すぎる罰に、声にもならない空気が口から漏れ出た。


「そんな驚くなよ~冗談だってば!でも敬語を使わないでほしいってのはホントだぜ?」


「剣を横に携えてる人がそれ言ったら冗談にも聞こえませんよ……。」


「あ」

「あ」


 俺たちの声が二重に重なり合う。


「っふっふアッハッハッハ!」

「ははは……。」

 

 場は笑いの渦に飲み込まれた。ちなみに俺は冷や汗を垂らしながら……。


 ☆☆☆☆☆


 朝を迎えた。既に出発の準備は整え、アリスは作戦の再確認を行っている。彼女が前で朝礼を聞かせるかの如く俺たちは横並びで話を聞いていた。


「作戦は先程言った通り、後陣に遠距離攻撃ができるカエデ殿を置く。そして先陣に防御だけは得意だと言っていたカイト殿、コケル、私の順番で配置する。」


「防御というか囮を出せるだけなんですけど……。多分いや絶対、足手まといになるだけな気がするんですけど……。」

 

「カイトぉ、そう卑屈になるなよ。お前の言っていた変な力って奴、楽しみにしてるからな!」

 

 コケルはそう言って肩を叩いてきた。

 

 すると、アリスは微笑みながらこちらへと顔を向ける。


「その配置の方が戦果を上げやすくなるだろう。大事な女の前でカイト殿を立たせてやろうという私の気遣いを無碍にするな。」


「うぅ……。」


 有難迷惑にもほどがある。どう考えても俺はカエデの後ろへ回った方が安パイだろうに……。

 そんな様子の俺を心配そうに見つめるカエデ。


 どうやらカエデは勇気づけようとしてくれているらしい。


「大丈夫です、私が後ろからしっかりカイトさんの事をお守りしますから。カイトさんは非戦闘員の頭脳派人間だという事は分かってますから。」


「ありがとう……って、おい!相対的に見ればそっちの方が得意ってだけで、内情はほとんど何にもできないでくの坊人間って言われてるような気がするんだけど、俺がひねくれすぎてるだけかな?」


「そうと言い切れないことも無いことも無いことも無いかもしれませんね。」


「無いことも無いことも無いってことは、俺はでくの坊ってことなのか。いいよ、分かってるよ。逆に言えば伸びしろに溢れてるって言い換えることもできるでしょ。」


 自分で言っていて悲しくなってきそうなものだが、意外と声に出して言い聞かせれば本当にそう思っているような気さえしてくる。


「あ、一つ多くつけちゃいました。多分他意はないです。」


「言った張本人が憶測で語ってるの恐怖だわ」


 そんな下らない雑談をしているのを見かねアリスは少し顔に青筋を立てる。


「お前ら、もうちょっと緊張感を持たんか。これからの一挙手一投足が生死の瀬戸際を分けるんだぞ?」


「あらら、怒られてやんのぉー。残念だったなァ!」


 コケルが俺たちのことを煽り立てる。コケルさんは一々場を荒らして面倒臭い状況にさせるのが好きなようだ。


「お前は調子に乗るんじゃない!」


 案の情コケルはアリスに顔面を強打される。


「痛って、お前ぇ手加減を知らねえのか?」


 ぶたれたコケルさんを見た俺はつい吹き出し、


「出る杭は打たれる、残念だったなコケル!」


「くそがァ……。」

 

 俺は見事残念返しを決めることが出来て、かなり心がスカッとした。


 ヤオウ探索を初めて、早三時間は経っただろうか。高い木々が立ち並んでいるせいでかなり迂回して歩みを進めなければならなかったが、遂に形跡を見つけ出した。


 アリスがかなり遠くにあったあるブツを気配で感じ取ったのだ。


 アリスに導かれるまま俺たちはその存在へと近づいた。


「異様な気配がすると思ってきてみれば、ヤオウの糞尿か。見たところかなり新しいそうだ。」

 

「こりゃァでけえな……。どんな腸してりゃこんなの出せんだよ」


 コケルはブツの大きさに感心し、興味津々で木の棒を使って突っついている。大きさで言えば、横の一番長い部分の長さは4、5メートルはあるだろうか?


「これからは気配をできるだけ潜めろ、少しでも何か異変を感じたなら身振りで教えろ。」


 俺達はラジャーの姿勢でアリスに返事をした。


 そういえば、ヤオウに弱点はあるのだろうか?


「ヤオウに弱点は存在しているんですか?」


「ヤオウの弱点か……。これといって奴には弱みがない。だが、何度も言うように、先制攻撃を仕掛けない限り、襲ってくることは無く、ヤオウが我々の存在を認識しても最低限の安全距離を保ち続けるだけだ。」


 つまり、ヤオウに見つかったとしても少しパーソナルスペース距離を離されるに過ぎない。


「先制攻撃で一度にヤオウを落としてしまえば、こちらが被害を被ることは無いってことですか?」

 

「それが出来れば苦労はしないのだがな。ヤオウの危険度はギルド協会にBランクと判定されている。しかし、それは凶暴性が低いから故だ。タフさだけで見れば、Aランククラスは間違いなくあるだろう。」


「おっかないよなァ、Aランクって言ったらかなり入念に準備した上で腕利きの冒険者が数人いねえと仕留められる可能性は低い……。」


 カエデの顔が曇る。


「話を聞いてると不安になってきました……。私達、勝てるんでしょうか?」


「博打みたいなもんだなァ、戦う前にこんなことを言うのは気が引けるが……何かもっと良い策略があればなァ」

 

「あのさ……。」


「なんだ?」


「……俺に、考えがある。」



 

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