第21話 


 自己紹介を終えた俺たちは、テントの中で円になるよう座り込み、話し合いを始めていた。


「いや、まさかお前ら迷子児だったとはなあ。隣のギリスまで事が終わったら届けてやるから安心しな。」


「ほんとですか?ありがとうございます!」


 コケルの存在はまさに渡りに船だ。


「そういえば、事って何の話ですか?」

「それは、俺たちがここに来た理由でもある。」


 コケルはにっと笑みを作る。


「闘獣ラオンの殺害許可を得るためだ。剣人会の連中が今、奴を殺そうと動き出してる。動くのが遅すぎるけどなあ。ま、仕方ねえさ。剣人会を束ねる上の連中が保守的だからな。」

「剣人会って、あの何ですか?」

「お前、剣人会も知らねえのか。剣人会ってのは剣技5つの型を総括する、いわば最高機関だ。」

「なるほど、異質型もその中に?」

「ああ、そうだ。お前、もしかしてだけど異質型だったりする?」

「はい、というか異質型使いになりたいなとは思ってるんですけど、まだ剣の振り方も分からなくて……」

 

 俺がそう言うと、アリスとコケルさんはあっけにとられたような顔になった後、笑い始める。


「ハハハ!カイト殿、本気で言ってるのか!?よりによって何故型最弱である異質型を?その真意を問いたい!」

「自慢じゃねえけど異質型を選ぶのはよっぽどな好きものぐらいしかいねえ!」


 なんかかなり馬鹿にされているような気がするのだが気のせいだろうか?異質型ってそんなに変?まあ、カエデもそんな感じのこと言ってたしな……。ていうかコケルさんは何なの?自虐してるの??


「アリスさんが笑うのはまだわかるんですけど、何故にコケルさんまで?自分の型じゃないんですか?」

「ああ、そうだよ。そんで俺が保証する。その選択は間違っちゃいないと。変わってるやつにこそ向いて、いや違うな。ひねくれて居る奴にこそ向いてる、からな。」

「僕捻くれてるように見えます?」

「異質型を選ぶ時点で十分さ」

「せっかく剣技の、けの字も習ってないカイト殿なら他の型を選ぶことだって出来ただろうに。いや、まだ遅くないぞカイト殿!今ならまだ間に合う!」

 

 アリスはよっぽど異質型のことを下に見ているらしい。


「とにかく、その話は置いといてだ。ラオンを殺す許可がいる理由についてだが、他の国の他の種族の者を殺すとなれば、いろいろと面倒なことに発展しかねないだろ?だから許可が必要って訳」

「まあ、本当の事を言えば、許可を取れようが取られまいが、ラオンの殺害は決定事項だ。」

「つまり、許可を取りに行ったという事実が必要という事ですか?」

「中々察しが良いじゃねえか。だから正直言うと俺たちは何もしないまま帰ってもいいんだよ。」

「あれ?じゃあもう別に国へ帰ってしまっても良いんじゃ?」

「俺もそうしたいんだけどな……」

「それはダメだ。騎士としてのプライドが許さない。」

「ほら、こういうメンドクサイ嬢ちゃんがいるから、目的を達成するまでここに残らざるを得ないのよ」

「誰がメンドクサイ女だと!?お前は騎士で無いからそんな軽くことが言えるだけだ!」

「冗談だよ、冗談!本気にしないでよ」

「お前は失言のたびに冗談で済ますつもりか!」


掛け合いが終わらなそうだったので、俺は話しを遮る。

 

「それで、まだ族長に許可を取ることが出来ていないと……」

「あーそうだ。お前もこの村の糞みたいなしきたりについて、知ってるだろ?」

「はい、報酬には対価が必要だとか言うあれですよね。」

「ああ、何をお願いするにしても、ヤオウを狩ってからだと。ほんとにふざけるなとしか言いようがないね。なんでよりに寄ってヤオウなんだ。飯が欲しいならただの獣で良いじゃねか。ヤオウが怖いにしても、こっちから手を出さなければ人を襲うことは無いんだぞ?」

「流石に私達二人ではあの巨体を狩ることは厳しい。あと数人の剣士と腕の経つ魔法使いでもいれば良いのだが……」


 魔法使い、その単語を聞いてカエデはびくっと体を反応させる。


 明らかに特定の単語を聞いて体を動かしたカエデに、アリスさんとサトルさんは視線を寄せた。

 

「お前、魔法使いか?」


 サトルさんは、カエデの顔を覗きこむように問いかけた。


「……」


 まずい。カエデの顔を見られる……。


「カエデ殿は何故先程から話し合いに参加しない?他人ごとだと思って聞いているのか?それに顔を隠す理由は何なのだ?」


 どうするか……。どっちにしろこのまま隠し通すのは難しそうだ。もう本当の事を言うしか無いのかもしれない。


「実は――」

「私、亜人なんです。」


 カエデと俺の声が重なった。まさかカエデの方から打ち明けるとは……。


「あ、亜人だと……?」

「マジかよ、初めて見たぜ……」

 

「そのことを今まで隠そうとしてて、お二方に非礼があったこと、すいませんでした。」


 カエデはフードを降ろす。

 亜人族の赤い目が、コケルとアリスの前で露わになった。


「ちょっとびっくりしたけど、俺は気にしねえぜ?」


 衝撃の真実を告げられた後なのだがコケルは飄々としていた。それと対照的に、


「お前は、お前はあの忌々しい災悪の種族亜人だというのか?」


 アリスは憎しみに顔を歪め、カエデの顔を睨みつける。

 

「ご、ごめんなさい――」


 カエデは尚も謝り続ける。そんなカエデの様子を見かねた俺は――


「アリスさんはどの立場で物を語ってるんだよ! 騎士道が貶されたことでは本気で怒るくせして、亜人の事なら平気でそういうことが言えるのか! 」


「私はな、亜人と魔族だけは嫌いなんだ。わが先祖は亜人に一体どれだけ痛みつけられてきたか。お前のような小童には分かるまい。」


「はぁ、ったくよ。アリス、お前はどれだけ我儘を言えば気が済むんだ。確かに先祖様は亜人に痛い目見せられてきたかもしれねえけど、お前自身は何をされたって訳でもないだろ?何なら今日初めて亜人を見たんじゃないか?」


 コケルさんは心底呆れかえっている様子だった。彼は何故かいつも俺たちの味方だ。


「お前らにとって他人事かもしれないが私はそうじゃない。すまないな……。」


 コケルでもアリスを説得するのは難しそうだ。もはや何を言ってもアリスの考えは変わりそうに無い。


「もう、良い……」


「待ってくださいカイトさん!」

 

 半ばあきらめかけ出ていこうとしていたところでカエデが口を開いた。

 

「カエデ……?」


「大丈夫ですから。カイトさんに迷惑は、かけたくないんです。」


 怪訝そうな表情でカエデのことを見るアリス。一方でそんなアリスに怯むことなく、カエデはしっかりとアリスの目を見つめていた。


「アリスさん、私は何度も何度も、自分が亜人族だということで、理不尽な思いをしてきました。」


「だろうな……。今も、受けた所だろう。」


 アリスの表情は暗く彩られる。

 そんな顔のアリスをカエデは、真っ直ぐ見つめた。


「亜人のことを嫌う人の目は決まって恐怖に染まって、自分の感情に罪悪感を抱かない人がほとんどでした。彼らは亜人族を差別して当然だとそう思っているんでしょう。でも、アリスさんは少し違う気がします。」


「何が違う……?私はそいつらと同じように罪もない、いたいけな少女を一方的に憎み、傷つけている。」

「そういうところです。アリスさんは自分の感情に違和感を抱いているんじゃありませんか?」

「違和感……。いや、違う。はっきりとそれは可笑しいことだと私は気付いている。幼き頃から亜人、魔族を憎み、嫌い、滅ぼしつくせ、そう教えられてきた。最初はそれが正しいんだと信じていたんだ。だがな、転機が訪れた。一度騎士として森に隠れ住んだ魔族の撲滅という仕事を請け負ったことがある。魔族の人々を茂みから見た時は驚いたよ。魔族の子供たちは、人族と同じようにはしゃぎ、走り回り無邪気に遊んでいた。一方で魔族の大人たちも楽しそうに酒を交わし語り合っていた。魔族も価値観は違えど我々と同じだったんだ。何故今までそんな当たり前のことが分からなかったんだろう。どれだけ私は愚か者なのだろう。そう思ったよ。でも仕事は仕事だ。感情を消さなければならない。私は罪悪感を心のうちに秘めながら、そこに住んでいた女子供老人関係なく皆殺しにした。そんな血にまみれた私という存在が差別を受けてきた側である亜人と行動を共にするなど、まるで小ばかにしているようでは無いか。侮辱行為そのものだ。それに、私が罪悪感で潰れてしまいそうになる。」


「私は、貴方にそんな過去があったとしても、罪と向き合おうとして反省しているのであれば、何とも思いません。私は過去に大きな過ちを犯して、前に進めないまま停滞していたことがあります。その時の辛さは、私にも分かります。ただ停滞した時間を動かすためには、きっかけが必要なんです。もしかしたら私がそれにつながるかも……」


「結局、今のままだと悩み続けることになってしまいませんか?ここで問題を遠ざけて、逃げて、何の意味があるんですか?」


「こいつらも、そう言ってくれてるんだし、素直になろうぜ?」


 アリスは目をつむりながら深く考え込み、ようやく口を開いた。


「きっかけ、か……。分かった。お前たちと協力してみるのも悪く無いかもしれんな。」


「本当ですか!」


 カエデは一杯の笑顔になる。


 ここにきて俺たちはwinwinの協力関係になった。


 喧嘩して仲良くなって、まるで雨降って地固まるだとそう思った。


 

 

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