第20話
「こちらになります」
マカロフさんは俺達を村のはずれまで案内し、離れた位置からテントのようなものを指さした。
「え?どういうこと?」
「彼らは残念ながらヤオウを狩ることが出来ず、はずれでテントを張って生活することを余儀なくされています。」
「だからってこんな場所にですか……」
「はい、これも族長のお申しつけです……。」
「村はすぐ目の前なのに……」
憐れみの目でマカロフさん、カエデ、俺はテントを眺める。今は他人事のようにテントを眺めているが、俺たちもこうなる運命なのだ。
「私はここらへんでお暇させていただきます。村のお仕事を手伝わないといけませんので」
「了解です。とても助かりました。」
「いえいえ、貴方たちの関係に幸あることを願っています。」
そういって勘違いしたままのマカロフさんは村の仕事へと戻っていった。
「結局マカロフさん、最後まで勘違いしたままだったな」
俺は苦笑した顔をカエデに向ける。
が、カエデはポッと蒸気し手で顔を覆い隠した。
え?なにこの子?どうしたの?もしかしてだけど……
「あ、あのカエデさん?調子でも悪い?」
いかにも鈍感系主人公が言いそうなセリフを言ってみる。
「は、はい。少し……」
あ、なんだ。本当に調子が悪かっただけか。
俺は安心しつつも、どこか寂しいと思ったのは否定できない。
ていうか体調不良って結構まずくないか?
「体調不良はシャレになんないよ、この世界病院ないし……」
「いえ、あのもう大丈夫ですから」
「ほんとに?」
「一時的な風邪でしょう」
「なら良いんだけ――」
語尾を言い終わる前だった。それ、が聞こえてきたのは。
「貴様ぁぁ!また私の下着を盗んだな!?」
「ご、ごめん、ごめん。ほ、ほんの冗談だ!」
「冗談で済むなら騎士はイラン!覚悟せい!」
「ぐ、ぐわぁぁ!」
カエデは声が聞こえてきた方向へ困惑の顔を向ける。
俺はセリフを最後まで言えなかったのと、ギャグマンガでしか聞いたことの無い掛け合いに口が開きっぱなしだった。
「何事ですか?」
「親しみやすいってギャグ的な方面で?」
「何を言っているか分りませんが、うめき声を挙げた男の方、絶命したんじゃありませんか?大分苦しそうに聞こえましたけど……。」
「大丈夫だよ、ギャグ補正がかかってるから」
「何ですかギャグ補正って」
「ああ、いやこっちの話、とにかく中を覗いてみよう」
俺はカエデを背に守るよう恐る恐るテントを開けた。
中にいたのは、一人の大人な雰囲気を漂わせる金髪青目美少女と横に倒れている締まりのない顔をした若い黒髪男。
テントの中は散らばっていて、何やら物が散乱していた。
「だから、一つ屋根の下で若い男と住処を共にしたくなかったんだ……」
金髪美少女は、ぶつくさと愚痴を垂れ手で頭を抱えていた。
「で、貴様らは何者だ?」
いつの間に俺たちの気配へ気づいていたのやら美少女は視線を移す。
「あ、どうも。俺はカイト=ミリオンと言います。後ろの連れはカエデで俺たち森に――」
「名前ぐらい自分で名乗らんか。それが騎士に対する最低限の礼儀だろう。」
金髪少女は冷たい視線をカエデに浴びせる。カエデは驚き、フードで自分の顔をさらに覆った。
礼儀がなっていないのは向こうだって同じことだろう。なんでそれが上から目線で偉そうに指示できるのか。
と腹立たしい気持ちはあったが、ここで対立したって状況がより悪化するだけだと判断。
「彼女は内気で人見知りなんです。だから俺が変わりに彼女の自己紹介を――」
「私はお前なんぞに話しかけてはいない。横にいる臆病者にだ。」
そろそろ堪忍袋の緒が切れそうだ。こうまでしてカエデを失礼に侮辱してくれたとあっちゃ、反論せざるを得ない。
「あのですね、いくら何でも初対面の人に対してその言い方は無いんじゃないですか?それに騎士様か何だか知らないですけど、貴方という存在のおかげで礼儀を返すに値しないものだってことは良く分かりました。」
「ほう?私に喧嘩を売ろうってのか。いい度胸じゃないか。」
「いや、喧嘩だなんて、暴力嫌いですし。ただ発言が騎士様とは思えないぐらいに乱暴過ぎますよ」
「はっ!今更臆病風に吹かれたのか?まあ当然だろうな。私、アリス=アナトレア水流型4等星級を相手にするとあらばお前のような素人では命がいくつあっても足りまい。」
「水流型……!」
カエデは驚き反射的に声が漏れ出る。
「そうだ、水流型と聞けば無口な人間でもアッと声を出したくなろう。何せ剣技最強の型だからな。」
「へー最強の型なんですか!」
「ああ、そうだ!」
「へーいや、知らんがな」
あ、やべぇ、思わず本音が。
「……今なんと言った?」
「か、カイトさんまずいですよ……」
カエデは焦った様子で声を掛けてくる。
一方、俺はどう次の言葉を返せば良いのか悩ませていたのだが……
「貴様は水流型を知らんと貶すのかァァァァ!」
もはや対話をする意思はアリスに残っていないようだった。彼女は地面に置かれていた刀に手をかける。
「ま、マジかよこの人!?」
「早く謝ってください!カイトさんの命が危ないです!」
俺は後ずさり、いつでも一号を出せるよう準備した。
「フーフーフー」
アリスはまるで正気を失っているようで、荒い鼻息をたて、襲う隙を伺っている。
俺とアリスは視線を交え睨み合い、何か動きがあろうものなら、即座にでも攻撃が開始されるだろう。
だが、事態はかくもあっけなく、簡単に収集がついてしまった。それはたった一人の男の声により、現場は鎮まってしまう。
「おいおい、大の大人が情けねえと思わねえのか?」
まさに鶴の一声だった。
声の方角を見ると、そこには倒れていたはずの閉まらない顔をした若い黒髪の男が座り込み、頬をポリポリと書いていた。
「アリス、いい加減鞘を納めろって。誰だって若い内は血気盛んなもんさ。そうだろ?少年?早く謝っちまえって」
口調は呆れつつ余裕があった。
アリスは仕方ないとばかりに溜息をつき、鞘から手を放す。
俺は思い悩む、ここで折れて良いのかと。確かに自分に至らない発言のあったことは認める。だが、そもそもの発端はアリスのいちゃもん付けから始まる。俺が謝ってしまってはお互いに胸糞悪い感情が残るだけでは無いだろうか?
少しの時間が経ち、どちらが先に謝るのか分からないまま、男は自己紹介を始めた。
「何も喋らねえのなら、自己紹介でも始めさせてもらう。俺の名前はコケル=サテライト、異質型3等級剣士だ。」
コケルはそう言って手をさしだしてきた。この空気の中で無理矢理自己紹介できる胆力に凄みを感じながら握手し返す。
「お前、手ぇ柔らかいのな。いいとこの出だろ?」
「いや、そこまででも」
「謙遜すんなよっ」
コケルは馴れ馴れしく肩を叩いてくる。
「後ろの嬢ちゃんとも握手させてほしいな。」
「え?別に――」
「辞めておけ。そやつは性獣だ」
言葉を遮ったのはアリスだった。
「おいおい、アリスさんよ。いくら何でもその言い方はねえだろ?それに俺だって節度はわきまえてるつもりだぜ?他人の女に手を出すなんてとんでもないさ。」
アリスはフンと鼻で笑う。
「騎士である私には見境いがないくせに信頼ができるか。」
「騎士ねぇ。ていうか何でもいいけどアリス、お前も早く謝ったら?いつまで意地張ってんだよ?」
「……」
「こう、ピリピリとしたままだったら俺の心が持たねえよ。両者とも、もっと素直になってくれよ。」
「――――」
長い沈黙の後、
「すまな、かった――」
先に折れたのはアリスの方だった。
「私の軽率な言動は認めよう。思慮に欠け謙虚さを見失っていた。ただ私は騎士という存在を軽んじられたことに対しては納得がいっていない。カイト殿はそのことについてどうお考えなさる?」
「騎士の名誉を傷つけるようなことを言ってしまい、すいませんでした。僕も、考えが浅はだった事を認めます。本当はこんなこと言うつもりじゃなくて、貴方達と協力する為に来ただけなんです。」
「たったそれだけのことなのに、ここまで拗れちまいやがったのか。全くアリスはよぉ……」
コケルはやれやれの姿勢を手で作る。
「取り合えず、建設的な話を始めようぜ?先にそっちの自己紹介の後だけど、後ろの嬢ちゃんの名前も知らねえしよ。」
そうして俺たちはようやっと、一息ついて話し合いを始めることが出来るようになった。
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