第19話
前方に何か作業をしているオオカミ人間が居る。距離が離れているせいか、こちらの存在には気づいていないようだ。
「いや、まさか獣人村だったとは……」
姿も相まって俺は弱腰になっている。
「どうします?」
「もちろん一旦この村で休もう……食べられたりしないよね?」
「そんなわけないじゃありませんか……。」
「よし、カエデはフードを被って顔を隠しといて」
「了解です」
「あ、あと……」
「はい?」
「もし食べられそうになったら、援護をお願い」
「もう、獣人の方に失礼ですよ」
「ご、ごめん。じゃあ話しかけにいくよ。大丈夫そうだったら、手招きするから」
「分かりました」
俺は恐る恐るオオカミ獣人に近付き、声を掛けた。
「ど、どうもこんにちは」
背中を向けていた獣人は驚き、振り返る。
「どちら様で?」
見た目に反して声はおしとやかで口調も丁寧だ。もしかしたら女性の方なのかも。そういえば俺がまともな人間と出会うのはまだ二人目だったりする。
「俺は、カイト=ミリオンって言います。後ろの連れはデミス=カエデです。二人で森の中を散歩していたら迷っちゃって……」
「こんな森の中でわざわざ散歩を?」
「はい、危ない橋を渡るのが趣味なんです。」
「変わった方もいらっしゃるんですね。」
「そ、そうなんです。俺たち変わってるんです。それで少しこの村に泊めていただけないかなと思いましてですね。ご迷惑でしょうか?」
「取り合えず付いてきてください。私たちの村へ案内します。」
「ほんとですか!?ありがとうございます!」
「そういえば私の自己紹介がまだでしたね。私の名前はザウス=マカロフです。お見知りおきを」
「よろしくお願いします」
俺は心の中でガッツポーズ、怪しまれることなく食べられることなく切り抜けられたようだ。俺は後ろにいるカエデに向かってピースを作る。
カエデは少し困惑しつつも、すぐに察し、数歩距離を開けながら歩み始めた俺たちについてきた。
歩き始めて暫くが過ぎた頃、マカロフは俺とカエデを見比べ何を思ったか話しかけてきた。
「つかぬことをお伺いしますが、貴方たちはどういったご関係で?」
「お、俺たちの関係……?」
俺は後ろにいるカエデと顔を見合わせる。
考えてみれば俺とカエデはどういう関係と言葉で表せばよいか分からない。カエデも同じことを思ったらしく、人差し指であごに手を当てながら首を傾けていた。
「すいません、表立って公言するのは恥ずかしいものですよね。気遣いが足りなかったことをお詫び至します。」
「え?あ、はい……」
マカロフは暖かいまなざしを両者に向ける。
何かこの人は勘違いをしているようだ。同い年ぐらいの思春期男女二人が仲良く散歩、そう思われても仕方ないかもしれない。まあ、対してなにがあるわけでは無いので誤解を解く必要もないだろう。
そんなことを考えている後ろで実は赤面しているカエデもいたが、もちろん俺は知る由もなかった。
しばらく歩いていると簡素な作りでできた家々が見えてきた。見えているだけでも数軒はある。この世界で集まって暮らしている人たちを見るのは初めてだ。
「まず、族長様の家を訪ねていただきます。そこで詳しい説明がなされると思いますから聞き漏らしの無いようお願いしますね。」
「えっと、一体何の話ですか?僕がお願いする立場の筈なんですが……。」
「この村のしきたりで報酬には対価が必要なんです。それは人助けであろうと変わりません。カイトさんの言ったこの村に泊まるというのも一方的に報酬受け取るということになってしまいますので、対価を返していただかないといけません。つまり、族長様は支払って貰う対価の分量について詳しく説明してくださるんです。もちろん対価を支払ってくれるのであれば泊まるという行為以外にも報酬を付け足すことが可能ですよ。」
「えっと、対価と言いますと金銭的なあれでしょうか?ほんとに申し訳ないんですけど僕ら一文無しなので……」
「金銭は必要ありません。私たちが欲しているのは別の物です。それは森に行けば調達できますよ。」
「獲物とかそういうやつでしょうか?」
「はい、そうです。」
郷に入っては郷に従えってことか……。それにしても、この村のしきたりはケチ臭いな。困っている人の弱みに付け込みやがって。
そうしてマカロフさんの後をついていくうちに村の中枢へと入り込んだ。
村の中は質素でとても裕福だとは思えない。家の材質は藁でできており、台風の多い日本であれば簡単に吹き飛ばされてしまいそうだ。道も申し訳程度に整備されているだけで、少し気を抜けば足の短い子供などは簡単に躓いてしまうだろう。
道を進んでいくうち、ひときわ目立つ大きな建物が見えた。恐らくあれが族長の家なのだろう。しかし俺はすぐその手前にある
物が気になった。族長の家とほかの家々に囲まれるよう円型の大きな穴がある。直径で言えば横に大型トラック一台分はあろうか?
「あの穴、何ですか?」
「あー、あれですか。あれはだいぶ前に出来た物です。特に害は無いので大丈夫ですよ。」
「何が原因で空いたんですか?」
「ラオンです。彼の過ちにより開いてしまった穴。彼の名前はご存じですよね?」
俺は振り返り後ろのカエデに尋ねるが、彼女も知らないようだ。
「誰なんですか、その人は?」
「これは珍しい、闘獣ラオンをご存じないと?」
「どうも世情に疎いので……」
「彼は獣族の恥さらしと呼ばれています。人族の間でもかなり悪名高い殺人鬼です。彼について詳しい人族の方々が丁度いらしているので聞いてみると良いですよ。というかあまり獣族に彼の名前を出すのは控えた方が無難です。多くの獣族は彼のことを嫌っているので」
「あ、すいません、無神経に……」
「いえ、私は大丈夫ですから。」
そして歩いていくうち、穴のすぐそばまでたどり着いた。中を覗いてみればずーっと奥まで続いている。底が見えない。ラオンとやらは一体どんな手段を使ってこんな大穴を開けたのだろうか。
カエデも興味深そうに穴の中を覗いていた。そこで少し俺はカエデをからかってみることに。
「カエデこんな言葉を知ってるか?」
「何ですか?」
「深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いている。今カエデが覗いていたということは……?」
「そ、そ、そんな子供だましな言葉で動揺するわけないですよ!さ、さ、早く行きましょう族長さんの家に」
「面白いぐらいに動揺してくれるな。」
「べ、別にしてないし」
カエデはプイっと顔を横向けた。
「てか、そんなこと言ってたら自分も怖くなってきた……。」
「自業自得ですよ!」
☆☆☆☆☆
「で、あるからして君達にはヤオウを狩ってきて貰いたい。何か質問はあるか?」
見るからに老いぼれ、毛の周りも他のオオカミ獣族と比べ明らかに白くなっている族長は一通り話し終わった。
部屋の広さはそこそこ、間取りは縦に長く族長は一番奥に座っている。左右には屈強そうな武器を携えた獣族3人づつが、間隔を開けて座っていた。
俺たちがいる場所は真ん中。左右前オオカミ獣族に挟まれ、今とても怖い思いをしている。まるでカツアゲでもされているかのような気分だ。
横にいるカエデを見れば、委縮してフードを先ほどよりも深く被っていた。
「つ、つまりですね、ヤオウを一匹狩るごとに報酬をいただけるということですか?」
「そうだ、他に何かあるか?」
「あの、ヤオウというのは一体……。」
「君はそんなことも知らんのかね?」
「すみません……」
「全く、最近の若いのは教養が足らんな。ヤオウというのは森に生息するバカでかい魔物だ。牙が特徴的で、一目見ればすぐに分かる風貌をしている。常に涎を垂らし、常に獲物を求め、縄張りに入り込んだ間抜けな魔物を食し生きながらえておるやつだ。基本、奴から人は襲わないが、こちらから攻撃すればもちろん反撃してくる。どうだ?分かったか?」
「あれ?もしかしたら、一度見かけたことがあるかもしれないです。」
「それなら話が早い。さっさと探し出し、ヤオウを狩って来い。そうしたらいつまでもここで寝泊まりさせてやる。」
「ありがとうございました――」
俺とカエデはトボトボとした足取りで家を出る。扉の前にはマカロフさんが待っていた。心配そうに中での出来事を尋ねてくる。
「どうでしたか?」
「どう、って言い方悪いかもしれないけど頑固おやじって感じですね。正直あんなに突っぱねた態度を取られるなんて予想してなかったです。」
「そうでしたか、族長は少し気難しいお方ですからね……。」
もしかしたら、夜出会った青年の言っていたことは、あながち間違いで無いのかもしれない。この事かどうかは分からないが。
「弱ったな……。俺らだけであんな化け物、倒せる気がしないし……。」
「良かったら人族の方々を紹介いたしましょうか?あなた方同様お困りのようで」
「ほんとですか?よろしくお願いします。お互い困ってる者同士、協力出来たら良いんですけど……。」
「心配は不要だと思います。とても親しみやすい方々なので」
「それは助かります……。」
しかし、どうやらマカロフさんが親しみやすいの意味をはき違えていたという事を、この時の俺は知る由もなかった。
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