第18話 隻眼の少年


「おいおい、無視とは悲しいなぁ」

 

 戦慄する俺たちを気にも留めず彼は話し続ける。


「あ、貴方は何者ですか?」


 俺はつい口を開いてしまった。カエデは青ざめた顔でこちらを見る。

 こういうのは関わった者負けなのだ。


「僕?僕はただの浪人さ。森をぶらぶらと彷徨ってたとこ」

「こんな、所で?」

「君たちにそれを言われたくないな。ま、訳ありそうだし深追いはしないから安心して。」

「……」


 青年は値踏みするように俺の姿を眺める。


「な、なんですか?」

「君は不思議だね。いったいどこ出身なのかな?」

「お、俺は……」

「ま、良いや。僕には関係ないことだし。もう行くね、こう見えても忙しいんだ」

 

 青年は背を向け歩き始める。


 俺たちは顔を見合わせ安堵のため息を漏らした。

 だが、再び青年は振り返る。


「君達、このまま真っすぐ進むつもり?」

「そう、ですけど。」

「もしかしてだけど迷ってる?」

「はい、だから困っていて……。」

「そのまま進めば村があるよ。ここからだと一番近いかな。でもあまりお勧めはしないね。」

「どうしてです?」

「それは行ってからのお楽しみ。」


 俺が話しているとカエデが強張った眼で顔を横に振る。これ以上話しかけるなということだろう。

 

 青年はその様子を見てか肩を竦める。


「そんな警戒しなくても良いのに。うん?君は――」


 青年はカエデの顔をまじまじと見る。


「そうか君は亜人なのか。」


 俺は失態に気づいた。彼女の目は無防備にも亜人の証を晒し続けていた。亜人と分かれば外の世界では豹変する人間もいると聞いた。そうと分かっているなら少しは隠そうとしておくべきだったのだ。


 俺とカエデはすかさず戦闘態勢に入る。


「はぁーこんな様子じゃどうせ僕の言うことなんて信じてもらえないんだろうな。あ、そうだ!」


 青年は懐を探り始めた。


「どうしてもこのまま進むっていうのならこれ持っていきなよ」


 つかつかと近づいてきた青年は俺に謎めいた青い宝石を手渡す。

 

「いざという時はこれを使うと良いよ。じゃ、またね」


 青年はフリフリと後ろ手に手を振りながら去っていった。

 

 

 緊張の糸が解けた俺たちはへたり込む。


「何だったんだ?」

「ほんとに疲れちゃいました……。ただあの人、普通じゃない」

「ああ……。」


 奴の周囲から感じるオーラとでも言えばよいだろうか?それに――


「目が死んでいました。あれは死地を何度も潜ったことがある人の目です」

「目が合った時、即倒しそうになったわ。いっちゃってるよ、あいつ」

「運よく何もされなくて良かったですけど、カイトさん。」

「はい、何でしょう。」

「迂闊な行動は慎んで下さい、もっと慎重にお願いしますよ」

「ご、ごめん。話しかけられちゃったからつい……」

「そういえばカイトさんに何か手渡していませんでしたか?」

「これね。」


 掌に持っていた石をカエデに手渡す。


「何でしょうか、青い宝石みたいですね。あとよく見たら紋様が描かれてますけど」

「え?どれどれ」

 

 確かに居死の中に埋め込まれるよう文様が描かれていた。不思議な生き物だ。真ん中にはライオンのようなシルエット顔があり顔の横へ馬の脚が六本付いている。まるで車輪のようだ。

 

「こんな紋様見たことないです。」

「不思議だ、でもこれどっかで見たことあるような」


 何だっただろうか、でも確実に俺は知っている。


「あ、思い出した。これソロモン神話に出てくるソロモン72柱だよ。名前はブエル、学に精通してる悪魔とかで」

「ソロモン神話?」

「うちの世界の話、ただそれ以上はあんまり詳しく知らないな」

「そうですか……」

 

 石にはそれ以外、異変は見当たら無い。


「明日からの道のりってどうします?」

「あいつが言うにはこのまま前進すれば村へ着けると言っていたけど、どうなんだろうか。」

「お勧めしないとも言っていましたよね」

「詳しい話をほとんどしてくれなかったからな。あの時、ちゃんと聞いてれば……」

「仕方ないですよ、変な人とは会話しないのが一番ですから。パパとママもそう言っていました。」

「お勧めしないと言うならほかの場所への生き方も教えてくれたらよかったのにな。まあ、あんな不気味な奴の言葉を信用することは無いか。」

「ですね。」

「今まで通りに進もう。」


 そろそろカエデと順番の交代になり、俺はカエデに背中を預けながら眠りに落ちた。

 

「カイトさん、起きてください朝ですよ。」


 鳥のさえずりが聞こえる。風で木々が揺れる音も聞こえる。今日は曇り空一つ無い晴れ。雄大な自然は目覚める俺を迎えた。

 

 太陽を見れば既に4分の一ぐらいは昇っている。


「あれ、日が昇って結構経ってる?」

「じ、実は……」

 

 カエデは申し訳なさそうに俯く。

 俺はすぐに察した。

 

「もしかして居眠りしてた?」

「あ、は、はい。ほんとにすみません。」


☆☆☆☆☆


 朝食を食べ終えた俺たちは、また昨日と同じ方角を歩き始めた。

 

「いやー運良かったなホント。意外とこの辺は魔物が少ないのかな?」

「そうですね、もう少し奥に進んで行くまでは大丈夫かもです……。」


 カエデはちらちらと俺の様子を伺うよう視線を向けてくる。

 

「ん?どうかした?」

「カイトさんって怒らないんですか?」

「怒るも何も怒るほどのことじゃないでしょ?」

「でも私のせいで命が危険に晒されてしまって……」

「転生する前にいたんだよ。何しても理不尽に怒ってきてさ、恨まれるようなことはなんてしたわけでもないに嫌がらせを絶やさない最低な人が。ほんと腹立って、ウザくて嫌いでしょうがなくて。だから、俺は怒るって行為そのものがめちゃくちゃ嫌い。普通は一度間違いを犯したら本人だって反省するし2度目が起こらないよう気を付けるでしょ?」

「じゃあ2度目に間違えたら怒るんですか?」

「いや?本人に悪気が無さそうだったら流石に怒るかもしれないけどね。」

「なんか安心しました」

「何が?」

「カイトさんの前でならミスしても悪びれた感じを出せば許してもらえるんだって」

「あのねえ……」

「冗談ですよ」

「かなり際どめだな、おい……。そういえばカエデは俺がミスしたら怒ってくれて良いよ」

「どうしてですか?」

「圧が無さそうだから」

「舐めてますね、私のこと……。」

「冗談だよ。」

「際どい冗談は辞めてください」


 そうして俺たちが歩みを進めているとどんどん動物に出くわす数が増えてきた。そしてついに魔物を見つける。


「あれなんて魔物かわかる?」

「いえ、初めて見ますね」

「それにしても」

「でかいですね」


 俺たちのが見つけた魔物はまさに森の主のようでとてつもない威圧感と大きさだった。見た目はイノシシに近いが牙が上唇から貫いていて口からは絶えず涎を吐き出している。大きさはトラック程、どう見ても近寄るな危険、だ。


「このまま私たちは隠れてますよね?」

「当り前でしょ」

 

 あんな化け物と事を構えていては命がいくつあっても足りない。

 バカでかいイノシシは大きな鼻でフガフガと周囲を嗅いだ後、重い足取りでどこかへ去ってしまった。


「でかいにもほどがあるよな」

「さすがにあの大きさの魔物は見たことが無いです……。もしかして周辺に魔物の数が少なかったのはあれが関係していたのかも。」

「ここら一帯が、あいつの縄張りって訳か。おっかないな。」

「恐らく単体ではないでしょう、なわばりの領域ごとに生息していると考えるのが自然です」

「魔物が居なかったのはあの牙野郎が関係してたってことか。じゃあもしかしたら、鉢合わせてた可能性もあるってこと?」

「考えたくはありませんが……。」


 バカでかいイノシシ魔物が去ってから数十分が経た後、俺たちは歩き出した。そして歩いていくうちに人の痕跡を見つける。

 木が切り取られた後を見つけたのだ。

 

「村が近いみたいですね」

「長かった……。早くふかふかのベットに顔を埋めたいよ」

「そういえば、私の家でもカイトさんの分のベット、無かったですもんね。」

「実に数十日ぶり、やっと愛しのベットだ」

「そんなにベットが好きなんですか?」

「内の世界ではみんな好きだよ。ってあ!あれ見て!」


 俺は、見た。人ではない人型の狼を。


「え?何あれ、魔物?」

「安心してくださいカイトさん、あれは獣人です」

「あ、なるほど……!」

 

 俺たちは村、オオカミ獣族の住まう村周辺へ到達した。

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