第二章 狼村

第17話 迷う


 颯爽と家から旅立った俺たちは現在路頭に迷っていた。 カエデがどこかで道を間違えたらしい。

 本来の目的地はギリス王国、森を数日東に進めばたどり着けるはずだったのだが、今や十日目。非常用の食料も尽きつつある。

 それでも俺たちは歩き続けていた。迷っていようと歩かない限りはどこへもたどり着けないからだ。


「旅の初っ端から結構ピンチだなこれ」

「すみません、何せギリス王国に行ったのは大分前だったので……」


 どこを見渡しても森、森、木々の感じがカエデの家周辺とは違いヨーロッパに生えているようなマツに似ていた。


「取り合えず休憩しませんか?」

「そうだな、がむしゃらに歩いててもしょうがないし」


 俺たちは倒木に腰かけた。時刻は既に夕方、そろそろ暗くなってくる頃だ。そうなれば暗闇の中を進むわけにもいかず歩くのは中断せざるを得ない。少しでも歩みを進めてはおきたいが、俺たちはもう疲れ切っているのだ。


「あんまりにも無計画でしたね……」

「俺ももうちょっと道のりを確認しといたらよかったよ」


 俺とカエデは苦笑いする。人はこういうどうしようもない時ほど笑けてくるものなのだ。

 

 たまりにたまった疲れは眠気を呼び覚ます。座っているだけで今にも意識を失いそうだ。


「なんだか眠くなってきたな」

「――」


 返事は無い。隣を見てみるとすでにカエデは眠ってしまっていた。

 寝顔はまるで赤子のように純粋で、お人形さんの如く整った顔立ちだ。


 この子は、起きて居ようと寝て居ようと変わらないな。

 

「俺も一休みするか」


 ここら一帯は魔物も少ないようだ。もう数日は出会っていない。無防備に眠気へ身を任せても大丈夫だろう。


 俺はカエデと同様眠りの世界へと入った。


 ふと目を覚ますとまだ真夜中だった。空を見上げれば一面に星空が広がっている。目の前には焚火がたかれていた。


「起きましたか。今焚火焚いてます」

「ありがと、体も温まるよ。」


 変なタイミングで眠ったせいかお互い真夜中に目覚めてしまったようだ。

 

 やることもない俺たちは夜空を眺め、情緒に浸っている。


「何か夜空を見てると悩みもどこかへ飛んでくな」

「ですね……今迷っていることなんて、どうでも良くなってしまうぐらいです」

「こうやってぼーっとしてる時間って好きだわ」

「カイトさんは――」

「うん?」

「いつまでも一緒にこうしていられたらなって思いませんか?」

「え?急にどうしたの?」

「私結構感謝してるんですよ。カイトさんのこと。もしあなたが居てくれないと私はずっと閉じこもったまま人生を終えていたんです。パパに出会えたのもカイトさんの力のおかげ、正直返せないぐらいの恩があります。本当に――」

「何を改まって急に……。面と向かって感謝されると恥ずかしくなってくるな……」

「私だって恥ずかしいんです、でも今やっと決心がついたというか……。それにここ数日はゆっくり話す機会も無かったじゃないですか」

「暗く成ればすぐ爆睡だし、明るく成ればずっと歩きだもんな。」

「改めてカイトさん私をよろしくお願いします」

「俺の方こそ、よろしく」


 こんな状況だからこそ普段は言えないようなことまで言えてしまうんだろう。危機感がないと言えばそうだが、いまいち緊迫感にかけているからというのも否めない。

 

「全然眠たくないなー明日も歩かなきゃいけないのに」

「何か私がお話でもしましょうか?」

「いいねそれ!聞かせてよ!」


「これはですね、恐らく舞台は死神の森です。昔ママが良く寝る前に言い聞かせてくれていました。」

「へー昔話って感じの奴?」

「そうですね、まあ半ば空想のお話だと思って聞いてください。題名は世界の果ての者。英雄ハドラスは森を歩いていました。」

「ちょっと待って、ハドラスってあの死神の祠を作ったっていう?」

「はい。もしかしたらこれも彼の逸話の一つが物語に成り代わったものかもしれませんね。それでハドラスはある怪物と鉢合わせてしまうんです。怪物の力は強大で世界を支配してしまうぐらいに恐ろしいものでした。ハドラスは怪物を封印しなければいけないと確信し、彼の持つ伝説の大鉈スプリングスで封印するんです。」

「それでどうなったの?」

「その大鉈を森のどこかに無事封印することが出来たと。恐ろしいのが再び大鉈を抜いてしまえば封印が説かれるかもしれないということです。だから森で刺さっている大鉈を見かけても抜いてはいけないですよ?」

「この話を聞いた後にそんな命知らずなことできるか」

「ですよね」

「話も聞いたことだし、そろそろ寝ようかな」

「きっと無理矢理にでも目を閉じていれば嫌でも眠くなりますよ」

「そうだな。じゃあ、お休み」

「おやすみなさい」

 

☆☆☆☆☆


「今日もこのまま前進で良いよな?」

「途中で方向を変えたりすると、同じ場所を回っていたりするので」

「よし、歩こう」


 朝日は昇り切り小鳥のさえずりも聞こえてくる。残り少ない食料で朝食を摂ったので、あとは昼間まで前進あるのみだ。

 

 あれから2時間は歩いただろうか?少しづつ景色が変わってきていた。今までは同じような木々ばかりだったのが、所々に混じるようより背丈の高い木が生えている。


「もしかしてもうそろそろ死神の森を抜けれそうな感じ?」

「どうでしょうか、ここへ来るのは初めてなもので」

「じゃあギリス王国に近いって訳じゃないんだな」

「また、別の方角だと思います……。」

「別の方角ってことはこのまま進んでも誰とも出会えない可能だってあるのか。」

「ええ、考えたくはないですけど」


 不安はぬぐい切れないが、このまま進むしかない。

 俺たちは歩きつづけた、歩いて、歩いて歩き疲れ休むことに。


 どんどんと巨木が多くなっているのと対照的にブナのような木はほとんど見かけなくなった。


 今現在ここ周辺で一番大きい木のほとりで休憩している。また、日は傾き既に一日の終盤、疲れ果てた顔を合わせながらポツポツとはなしていた。


「さっきは運が良かったですね」

「危うくこのままの野垂れ死ぬところだったな」


 先ほどカエデが野生動物を見つけ魔法で捕獲した。つまり生物の少ない領域は抜け出したということだ。


「このまま誰とも会えなくても、食いつなぐぐらいは大丈夫か」

「大分キツそうな生活ですね。」

「いざとなれば、一号を囮にでもして肉食獣をおびき寄せるよ」

「凄いこと考えますね。肉食獣を食べるんですか?」

「背に腹は代えられないしな。」

「ってそういえば野生動物がいるということは」

「魔物もいるってことだな。全く気が休まらない」

「やむをえませんね。これからは眠る時、交代制にしましょう」

「朝の体力は万全にしたいけど、しょうがないか」

 

 肉食獣ならば火を焚けば追い払うことが可能だが、魔物となれば別だ。

 久々の豪華な食事に食らいついたカエデは満足げに眠った。まずは俺が見張り役だ。

 

 日が沈み明かりは焚火だけ。ぱちぱちと聞こえる音が心を落ち着かせる。昨日と同様夜空は一面に広がる星を浮かべていた。

 

 俺は転生してからの今までのことに想いを馳せる。ここに来て生活は目覚ましい変化の渦に飲み込まれた。アニメや漫画の世界でしかあり得なかったようなことが、当然のように起こりうる世界。正直言って嫌いじゃ無い。前の世界では変化も望めず、ただ痛ぶられるような苦しみを味わい続けていたのが、今やいつ死んでもおかしく無い死と隣り合わせだと言う状況なのに――ワクワクする。

 知りたい、見たい、探求したい。幼い頃に失ってしまった少年心は今、復活を遂げ変化を心から楽しんでいる。ずっとこのまま旅を続けて、死ねるのならどれほど良いか。

 

「まさに大往生ってか。それにしても今日は一段と静かだな――うん?」

 

 俺は気づいた、何かが可笑しい。森が静かすぎるのだ。普段も今と変わらず静かなのだが、そうでは無い。まるで森が怯えているような、何かに恐怖しているようなそういう静けさだ。


 カエデを起こそうか迷った。特に何があるというわけでもないが、この不安を一人耐えるのは心細くて仕方ない。


 俺はカエデの肩を揺すろうとした、だが彼女はその前に目を覚ます。


「あ、起きた?」


 俺がそういう言うが、返事は返ってこない。変わりに彼女は口元に指を持っていきジャスチャーで静かにと警告する。

 

 彼女も何かに気づいたらしい。

 俺は警戒態勢に入る。

 

 それは暗闇の合間を縫うように現れた。

 白髪で片目には眼帯、背中に大剣を背負っている。青年、だろうか?

 

「星々は今日も煌めいてるね」


 青年は初対面の俺たちに馴れ馴れしくそう言い放った。

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