第16話 旅に出る
「カエデ、まだダメそう?」
そう声をかけたものの応答は無い。家の扉の前に立ってから、もう数時間は経過しただろうか。
サトルさんが消えてしまった後、俺たちは人形の待つ家に戻った。カエデは帰り際一言も話さず、まるで魂が抜けているようだった。そして扉の前まで辿り着いたとき、彼女はこう言った。「カイトさん、少し一人にしてくれませんか?」と。
俺はもちろん頷いて、外で待機していたのだが、かなり時間を経ても一向に音沙汰が無く流石に心配になってきたところだ。
一人にしてくれませんかとは言ったものの、一応カスミさんとサトルさんの人形も家の中に入っている。三人で最後の別れでもしているのだろうか。でも、おかしい。ここまで気配がなと最悪の事態を疑はざるを得ない。
痺れを切らした俺は一定間隔でドアをノックし始めた。
「ねえ、ドアを開けて」
コンコンコンコン。
最初は半信半疑だったが、未だに反応が返ってこないせいか確信に変わりつつある。
コンコンコンコンコンコン。
焦りはノックの音を早め、まるで俺の心臓と同調しているようだ。
「一緒に旅しよ?」
そう言った後、鍵の開く音と共にドアが開かれた。
ドアの隙間から顔を覗かせるのは、目を真っ赤に染め、頬に泣き後をくっきり付けた端正な美少女だ。
「良かった……。旅したくなったの?」
「まったく、感傷にも浸れませんよ」
「ごめん、あんまり静かで心配になってさ。五月蠅かった?」
「正直、五月蠅かったですけど、なんだかちょっと元気出ました。」
「ほんと?じゃあこれからはカエデが辛そうにしてたらドアをノックし続けるよ」
「それは辞めてください!」
俺は冗談めかしで言い、カエデは本気で否定する。どこか可笑しくて、俺たちは笑い合った。
その後、家の中に入った俺は驚く。
「え?」
カスミさんとサトルさんを形作っていた人形は文字通り人形の姿になっていた。しかもこの人形どこかで見たことがある。
「これは死神の祠にあった人形です」
「あの時の、奴か……。」
「私たちが祠へ取りに行っていたのは、人形を動かすためのエネルギー源みたいなものです。何度も取りに行っていた理由は重くて一度に二つまでしか運べ無いから。」
「もう良いのか?」
「良いんです、パパとママの姿のままここに置いていくというのも気が引けますからね。」
「覚悟は決まったんだな。」
「はい……。」
「これから、頑張ろうな」
「はい」
俺たちは旅支度を始めた。支度が終わった後は一度この家で就寝を摂る。
そして朝日を迎えた。
旅の鞄を背負いながら家をバックに感慨深そうな目で朝日を眺め立つ俺たち。
「私、一つ嘘をついてたことがあるんです」
そんなムードが漂う中での告白、俺は少し身構える。
「な、何のこと?」
「私、実は世紀の魔法使いなんかじゃ無いんです。ただの一端の魔法使いなんです」
「あ、そのことか。確か言ってたっけなそんなことも」
「もしかして、今まで忘れてたんですか?」
「短期間にいろんなことありすぎてさ。じゃあそれも夢の一つってこと?」
「ええまあ、竜の領域の外へ行くためにはそれぐらいの肩書はあって当然かなと思いまして」
「確かにね。なんか嘘って聞くから拍子抜けしたよ」
「私は見栄を張ったり、何かに縋らないと生きていけないような弱い人間なんです。カイトさんは今、私のことをどう思ってますか?もしかして幻滅しちゃいましたか?」
「幻滅?まさか。寂しがり屋の優しい子、メンヘラ魔女っ子だ。」
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