第15話 別れ
「あの時、勝手に家を出てごめんなさい。」
「――あれは私達がしっかり説明していなかったのが悪かったよ。カエデを傷つけたくないと必死で、逆にそれが仇となり不信感を植え付けることになってしまった。――」
カエデとサトルさんの入った一号は、木に腰かけながら話していた。邪魔するわけにもいかないので、俺は少し離れたところで話だけ聞いている所だ。
「違うよ。やっぱり、パパとママは正しかった。外に広がる辛い世界のことなんて知らないままの方が、良かった。」
「――カエデは悪く無い。ただ世界の都合が私たちに適さなかった、それだけなんだ。今はあれからもう長いこと年月が経っただろう。少しは現状も変わっているかもしれない。――」
話しをまとめると、魔王が来たときにたまたまカエデは家出をしていたらしい。サトルさんとカスミさんはカエデに外の世界について話すと言うことを控えていたのだとか。そのことに疑問を抱いたカエデは問い詰めても答えてくれないのだと悟り、家出をするに至った。実質喧嘩別れをしたまま永遠に会うことが出来なくなってしまったというわけだ。そんなカエデの罪悪感や後悔を想うだけでも胸が痛い。結果的にこうして話すことは叶ったが、もちろん過去のカエデにそんなこと分かるはずもなくああして人形を使ってでも心を紛らわせていたのも、わかる気がする。
「そういえばママはどうなったの?」
「――生きているかどうかは分からないが、魔王はカスミのことは殺さず攫っていっただけだ。可能性はある、と思う――」
「本当に!?」
「――ああ――」
カエデは嬉しそうな顔をしたのと対照的に、サトルさんは確証の無い希望を持たせてしまった罪悪感からか少し俯く。母を探すというのも外に出るための動機付けになると考えていたのだろう。
「――外に行く気にはなってくれたか?――」
「でも外は怖い……」
「――家を出ていた時、どんなことがあったんだ?――」
「誰も私と目を合わせてくれない、それは子供や老人でも変わらない。まるで私を腫物みたいに扱って……。それでもまだまだましな方で、酷い人だと私を怪物呼ばわりしたり石を投げてきたり物を盗んできたり。何もしてない初対面なのにだよ?」
「――そうするように、親から子へ受け継がれていったからだろう。彼らに悪気は無いというのが余計恐ろしいことだ。――」
「悪習にもほどがあるな」
俺はあまりの胸糞悪さからかいつの間にか話に割って入っていた。
「周りに流されて自分のやってることに何の疑問も持たず平気で人を傷つける。そんな奴らのすることなんか気に掛けるだけ無駄だよ」
「――彼らからしてみれば、亜人というだけで悪魔同然なんだ。中身が、心がという以前に同じ生き物としてみることが出来ていない。なぜ差別されるようになったかは分からないが、彼らの亜人に対する敵対心は、魔族に対する物以上にあるだろう――」
「不条理だ。筋が通って無い。何百年も生きてるサトルさんですら差別の原因は分からないのに人族が分かるわけないじゃないか。つまり彼らは理由も分からず差別してるってことだろ?」
「――恐らく、そうだろうな……。――」
「カエデ、俺はいつでも君の助けになる。カスミさん探しでも、差別主義者退治でも何でもするよ」
「カイトさん……。私はいまだに分からないんです。なんで私を助けてくれるのかちゃんと理由を教えてくれませんか?」
「綺麗ごと並べ立てるのはもう辞めるよ。それは自分も、カエデも騙すことになるから。俺はただ自分が後悔したくないから、カエデの言った通り、自分の為だよ。」
「――君は素直じゃないな――」
「え?俺はそのままのことを言ったまでで――」
「――いや、君はどこかで自分を悪人だと決めつけているんだろう。だから卑屈な考え方になる。自分の率直な気持ちは無碍にするもんじゃない。助けたいと思ったならそれが本心なんだよ――」
「私、あの時は冷静じゃなくてあんなこと言ってしまいましたけど、助けたいって気持ちは伝わってきましたから。要するに私を助けてくれるのは善人だからなんですね」
「善人か……。そういう呼ばれ方すると何をやったわけでも無いのに罪悪感が湧いてくるな。」
「どうしてですか?」
「多分それは自分が善人って存在自体に不信感を抱いているからかもしれない。誰かにとっての善人でもそれは誰かにとっての悪人になり得る。そもそも自分が善人から程遠い人間だしね。こう見えても俺、捻くれてるからさ……。」
「――まあ、全てに置いて生真面目で正義の元に動く人間よりかは、少し捻じ曲がってた方が親近感あって良いんじゃないか?――」
「俺もそのぐらいが丁度いいんだと思います」
「結局なんですけど、カイトさんて何者なんですか?墓下から出てきたってことはやっぱりグール?」
「いやまたグールって、流石に冗談でしょ?」
「大真面目です」
「マジかよ……」
まだあんなのと同類と思われてるのか。
「冗談ですよ。」
「今の数秒間呼吸できなくて困ったよ。」
「本当に真面目に何者なんですか?」
今のやり取りの間、サトルさんは微笑ましいものを見るように二人の掛け合いを見ていた。とは言っても顔は俺と全く同じなので違和感しかない。
「うーん、死んだと思って目が覚めたら土の中にいた。それだけの者なんだよね。」
「冗談ですか?」
「いや、これは冗談じゃない。いわゆる転生ってやつなのかな?あの時は怪しまれないように嘘をついたんだ。」
「――輪廻が廻る、か。それにしても墓下から生まれるとは随分と変わってるんだな――」
「誰も好きで墓下から生まれ変わる人間なんていませんよ。俺だって本当は豪華な王宮で王様や姫君に勇者として迎えられたかったです」
「――それはそれで、厳しいと思うがな。勇者というのはとても過酷な事で有名だ。世界一有名なマクマホンという勇者だって、どれほどの茨道を歩んだか――」
「ちょっと夢壊れました……。」
「転生ってことは、こことは違う場所にいて違う人間だったってことですか?」
「俺は、俺だよ。違う場所にはいたけどね。そこは全く様相の違う別世界で、まあこの世界の住人からしたら異世界だな」
「異世界……!」
カエデはその言葉に目を輝かせた。
「そんな大層な世界じゃないよ。人の本質は何も変わらない。悪口いじめそれに校内暴力もある、戦争だって俺の国では無かったけど世界では日常茶判事だ。」
「そう、ですか……」
「もちろん悪い事ばっかりじゃ無くて、情熱を持ってる人達もいっぱいいたよ。自分の夢を本気追いかけてるカッコ良い人とかね。カエデはさ、竜の領域の外に出るのが夢なんでしょ?」
「はい……。ですが現実的な話じゃないってことは分かってます……。」
「――できるかできないかじゃない。やるだけやってみれば良い。無謀なことに挑み続ける人こそカイト君の言うカッコ良い人達だよ。――」
「ママのこと見つけたら、考えてみる……。」
「そうだな、何よりもまずはカスミさんを探さないと。」
「魔王が、ママを攫って行ったんだよね?」
「――ああ、奴の魔力は強大だった。異変に気付いた私は先立ってカスミを守ろうとしたが、手も足も出ず私は殺された。母さんは気絶させられた後、抱き抱えられ、どかへ持って連れ去って行ってしまった。その時は既に殺されていたが、思念体になりかけていたせいか事の一部始終を見ることが出来たんだ。」
「ほんとに理由は分からないんですか?」
「――分からない……。ただ、カスミはカエデに似て、一人で抱え込む性格をしている。もしかしたら私の知らない所で因縁があったのかもしれない――」
「子は親に似る、ね」
「何か言いましたか?」
「別に?じゃあカスミさんを探すためには魔王を見つけなくちゃならないってわけですか。今はどこに?やっぱり魔王城とか?」
「――500年前で私の中の歴史は止まってしまっているが、魔王は忽然と姿を消したんだ。丁度人魔大戦終盤に近い時だ。しかもそれは私達の家を襲ってくる少し前の話になる――」
「え?つまり公の前から姿を消した後に、カエデ一家を襲ったってことですか?」
「――そうだ。その後の足取りは分からないが――」
「大体の位置も分からないんですか?」
「――半円の東、魔族の領域にいるとは思う。だが範囲はほぼ世界の半分、あまりに広大だ。何か確証を掴むまでは半円の西の領域で情報収集するのも手だろう。それに魔族の領域に入るのは大変だしな。――」
「どうするカエデ?」
「まずは、パパの言う通り情報収集から始めることにします。」
「――やっと外へ出る気になってくれたか――」
「うん、ママのこと助けないといけないし」
「よし、そうとすぐにでも決まればカスミさん探しに行くか」
「そう言えばパパも付いて来るよね?」
「――すまない……。私は、行けない。――」
「どうして、どうして行けないの?私パパが居なきゃ、ダメだよ……。」
「――思念体という存在は未練が潰えれば消えてしまうものなんだ。こればっかりはどうしようもできない……。――」
「嫌だよ、嫌、行かないで……。またパパと会えたから私は……。」
そんな気はしていたがやはり消えてしまうらしい。死者は死者なのだ。世界は俺たちに都合の良いようになんてできてはいない。
俺はカエデの肩に手を添える。
「カエデ、頼りないかもしれないけど俺を頼ってくれ。サトルさんほどではないにしろ、胸はついてるんだ」
「――――」
「――あまり、時間が無いかもしれない。心労が心から抜けていくのが分かる。私をここに縛り付けるのは未練だからな。――」
「そんな……どうしてまた分かれないといけないの……?もう嫌だよ……。」
「――人は出会い、分かれる。それはこの世の摂理だ。私もカエデと別れるのは寂しくてならないしとても心配だ。でも託しても良いと思える人と出会うことが出来た。」
「俺、今更ですけど大分責任重大ですね……。」
「カイト君、カエデを頼んだよ。カエデ、この人に頼りなさい。お互いまだまだ未熟だろうからぶつかることもあるかもしれない。お互いがお互いを思いやる気持ちを忘れてはいけないよ。――」
「分かりました。カエデのことは任せてください」
「――」
「――カイト君には世話をかけるな――」
「いえいえ、むしろここで生きる目的ができて万々歳ですよ。カエデと一緒に旅するのは楽しいでしょうし」
「――そうか、それは良かった。っと本当に時間がない。最後に一言だけ言わせてくれ――」
「パパ……。」
「――カエデ、今まで本当にありがとう――」
そういうと一号の中に入っていたサトルさんは、憑依が説かれ鬼火の姿となった。そしてすぐに、光の結晶となって消えてしまう。
カエデはその様子を呆然と膝を地面につけながら眺めていた。
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