第12話


 嫌な予感が無かった、と言えば嘘になる。何も感じていなかった、と言えば嘘になる。

 それはいつからだろうか。本当は、本当はずっと違和感を感じていた。


「カエデ!頼むから一旦落ち着いて、話し合おう!」


 カエデは俺に杖を向けていた。遊びでも達の悪い冗談でもなく、敵意むき出しに俺を殺さんと杖を向けている。

 

 何故こうなったのだろうか。

 いや、分かっている。積み重ねた俺の浅はかさが招いた結果だ。もっと深く、もっと真摯に人と向き合うべきだったのだ。そしてカエデを知ろうと自分こそが能動的に動いていくべきだった。受け身だと人を批判していた俺が一番受け身だっという訳だ。ほんと、笑えない。

 俺は前世で何を学んだのだろう。思考停止という誤魔化しは誰も望まない結果に終わると俺が一番分かってるはずじゃないのか?

 

「裏切り者」

「だから話を――」

 

 カエデは有無も言わず、黒鳥を放った。


☆☆☆☆☆


 朝、俺は早速カエデに鬼火の話を聞いてみた。


「あの悪魔は、私達に悪いことをしたんです。ほんとに酷いまさに悪魔のような仕打ちを。でも、大丈夫です。ここにいれば結界を張っているので奴は襲ってこれませんから。」

「悪魔のような仕打ちって言ったら、具体的にどんなことをされたのか聞いて良い?」

「カイトさんまで巻き込むわけにはいきません。これは私たちの問題ですから。」

「これから一緒に住むわけだしさ。困ってることがあるなら、共有しといたほうが良いかなって」

「――――」


 カエデは悩むようなそぶりを見せたが、


「カエデ~ご飯作るの手伝うわよ~」


 そのタイミングで、カスミさんが起き上がってきたらしい。そういえば病気とやらはもう治ったのだろうか。

 

「はーい、ママ!」

 

「カスミさん元気になったの?」

「はい、おかげさまで。」


 物って何だったんだろうな。それに鬼火についての情報も聞く前と何も変わっていないし。なんでカエデは色んなことをはぐらかすんだろう。

 

「そうかそれは良かった。でさ、カエデ……」

「はい?」

「いや、何でもない……」


 悶々とした気持ちのまま俺は朝食を摂った。カスミさんとサトルさんは後で食べるとか。一体彼らは後のいつ食べるんだろう。

 

 まあ細かいことはどうでも良いか。だって今日はカエデに魔法を教えてもらうんだ。これからここに住む上での戦闘技術を身に着けるだとかで。流石にグータラ穀潰しとなる訳にはいかないからな。俺もついに魔法デビューか。前の世界で、暗い部屋の中ひたすらピンポン玉を浮かせようとしていたのも今となっちゃ良い思い出、いや、黒歴史は美化したところで変わらないか。


 

☆☆☆☆☆

 

「カイトさん……」

「そ、そんなぁ」

 

 俺たちは家から出てすぐそばにある、庭で魔法訓練をしていた。俺は両手を前にかざしている横で、カエデが横に立ち困り顔をしている。


「ちょっと、厳しいかもしれません。」

「で、でも努力すれば誰でもある程度はできるようになるんじゃ」

「まず、第一に最も難易度の低い六等星魔法水球、これを使えなければ最初の一歩にすら踏み出せていないということになります。魔法というのは小さいころほど成長速度が速いんですが、人族の場合は一〇歳を超えたあたりで低下し、一五歳を超えるころには成長速度が二分の一になってしまうんです。カイトさんは今何歳ですか?」

「十七です」

「となると、かなり厳しいんですよ。時間をかけて水球を覚えても、そのころにはさらに成長速度が遅くなっていますし実用的な魔法を覚えるまでに一体どのくらいかかるのか……」

「確かに、今の俺は手から蒸気が出せてせいぜいってところだもんな。これから水球までって考えたら、うん、無理だ」

「このままだと、ずっとこのままです」

「きゅ、急に訳の分からないことを。つまり俺は囮出し専用人間って訳か」

「そういう訳になってしまいます」

 

 謎にカエデのテンションが高い。それならこっちも少し上げていこう。


「救いは無いのか?このままだと俺、すごく情けないままな気が」

「大丈夫です。救いは、あります。魔法を使わなければ良いのです。」

「なんて単純明快で分かりやすい方法。でもそれって根本的な解決には至ってない気がするんだけど気のせいかな」

「カイトさんは自分が直接戦闘に加われないことを情けなく思い悔やんでいるんでしょう。ですが、安心してください。この世には魔法以外の戦闘方法だってあるんです。」

「一体、どんな……!」

「それは、剣術です。」

「そうか!この世界にはけんじゅつがあるのか!」

「常識が欠如している可哀そうな人、カイトさんにもわかりやすいよう、私がお教えしましょう」

「いつの間にか俺が可哀そうな人に……」

「まず剣術には魔法と同様六等級から一等級まで等級があります。もちろん一等級が一番強いですよ。そして剣術には五つの型があるんです。水流の型、攻めの型、速攻型、バランス型、異質型、ちなみにこの中で気になる型はありますか?」

「異質というのは聞捨てならないな。単語の響き、明らかに異質だ。」

「異質といってますからね。異質型は主に少し攻撃を遅らして相手を翻弄する、中でも特殊な剣技です。ただ残念ながら型の中では一番弱いなんて言われることもあります。」

「王道から外れた姑息な戦い方って感じか。なるほど、その型気になる、というか異質型使いになってみたい」

「よりによって異質型にするんですか?一番弱いと言われているのに?」

「やっぱ、ちょっと外れた戦い方ってやつに憧れてさ」

「カイトさんってもしかしてですけど天邪鬼ですか?」

「その性はあるかもね」

「うーんなるほど、分かりました。家にある本をよく読みこんで、異質型について明日には教えられるようにします」

「俺も明日からすぐ練習取り掛かれるよう、基礎体力作り頑張るわ」

「筋肉痛で倒れないようにしてくださいね」

「筋肉痛を重く見過ぎでしょ……。なんかさ、今日のカエデ機嫌良さそうだよね」

「初めて信じて良いかもって人と出会えたんです。しかもそんな人が今日から私達の家に住むだなんて嬉しくないわけないじゃないですか」

「そんな俺に信頼を寄せてくれてるの?」

「はい、だから私を裏切らないでくださいね」

 

 カエデがそれを言っている時、口では笑顔を作っていたが目は笑っていなかった。


 

 

 カエデは家に入っていった。今から本を読みこんで勉強するのだろう。俺はというとまずは体操だ。カエデの言った通りになったら恥ずかしくて目も開けられないだろうからな。


 体操をした後は、走りこみ。体力をつけるのにはやっぱり走るのが一番。家の外周をぐるぐると回る。


 それにしてもさっきのカエデのテンションは高かった。五〇〇年以上生きてきたというと、もっと達観して人を寄せ付けないような感じだと思っていたが、あの子はその逆で親しみやすい。

 だが、たまにカエデはスイッチが入ったよう別人に見えることがある。最後のセリフを言っていた時だってそうだ。どこか影が。それはまるで何かを恨んでいるような、悲しんでいるようなそんな風にも見える。


 俺はそんなことをぼんやり考えながら走りこみを終えた。


 もう三日も泳いでいないとなると、大分なまっているだろう。今まで積み上げてきた努力が崩れていく感覚、あまり好きじゃない。でも水の無いところで泳ぐ方法なんて無いしな。取り合えず筋トレするか。


 俺はがむしゃらに、腕立て伏せ、腹筋、背筋、スクワッドを始めた。なまった体をほだすように、全力でやりきる。

 終わったと同時に、座り込むと久しぶりの大きな肉体負荷に耐えかねのか体が悲鳴を上げた。筋トレをしている最中は気が付かなかったが、体中かなり追い込まれていたらしく、当分立ち上がれそうにない。

 カエデに筋肉痛で倒れると茶化されたのが半ば実現してしまったというわけだ。


 俺は恥ずかしいので寝たふりをし、誤魔化すことにした。地面へ仰向けになり両手を頭に添えながら空を見上げ、寝転がる。

 昨日とは違って今日は曇り空だ。この場所の曇り雲というのは、些か不気味で、辛気臭い藍色をしている。これもこの土地周辺の魔力総量が多いのと関係しているのだろうか。

 

 そうこう考えていると自然にウトウトしてきた。眠気に身をゆだね、そのまま眠りの世界へまっしぐら寸前だった時だ。


「――――――」


 夢か幻か、俺は木々の向こうの方で光る何かを感じ取った。心の奥底から助けを求める悲痛な叫び。それは、つい最近夢で見た時の感じたものと同じだ。


 俺はすぐに目を覚ましその発信源の方を向く。目視では何者の存在も確認できない。だが、確かに向こうには何かが居る。

 第六感って奴だろうか。そんな胡散臭い力など信じたことは無かったが、見えない、聞こえない、でも感覚で分かるというのが不思議だ。

 

 様子を見に行こうと何とか体を立ち上がらせようとするが、中々に動かない。俺は分身を使うことにした。いつものように口から煙を吐き出し、一号へと姿を変える。

 

 そして俺は一号に体を支えてもらいながらその場へと歩いて行った。

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