第13話 メンヘラ
既にカエデの張った結界の領域は抜けた。いつ魔物に襲われてもおかしくないがそれでも進む。進む理由は、勘……だろうか。
進まなければならないと俺の心がそう言っている。
森の中を暫く歩いていると筋肉痛が収まって来た。一号にはそのまま肩を支えてもらっているが時期にその必要もなくなるだろう。
そして俺はとうとう声の発信源を見つけた。やはり緑色に燃え盛る炎の塊、鬼火だ。木々の合間に鬼火はいる。こんな時でも木々の枝にはフクロウが止まっていて、鬼火や俺の方を観察していた。
筋肉痛が治った俺は一号を先に向かわせる。俺は木の陰に隠れ一度様子を見ることにした。
鬼火に一号を近づかせると声が聞こえた。
「私はあなたに危害を加えない。だから警戒を解いてくれないか」
鬼火の声がまるで一号を介し電波のように伝わってくる。
鬼火は一号が本体ではないということに気づいているようだ。
俺はその言葉を信じて良いのかどうか頭を悩ませた。なにせ信じられる要素が何もないのだから。
そして再び声が聞こえた。
「私は、カエデの父だ」
その言葉を聞いた俺は驚いて、つい木陰から身を乗り出してしまった。
はっきりと鬼火に俺の存在がバレしまっただろう。
「信じてくれたか?」
案の定鬼火は俺に話しかけてくる。
もはやどうにでもなれと吹っ切れた俺は思い切って話しかけることにした。
「お前は何者だ。」
「言っただろう、私はカエデの父だ」
「カエデの父さんは今家にいるはずだ」
「違う、あれは私じゃない。そして人でもない」
「……どういうこと?」
「あれは、魔法で動作する絡繰り人形。驚かずに聞いてくれ、カエデは殺された私やいなくなった母さんを模倣させたからくり人形と500年間過ごしている。」
「は……?そんな訳ないだろ?何、笑えない冗談言ってんだよ?」
「君は二人がご飯を食べているところを見たことがあるか?」
「……だからってあの二人が人形だとはならないだろ。それにカエデがそんなことをしている動機が分からない。」
「可笑しいと思わなかったのか?カエデとあの家で3日は過ごしたはずだ。本当に何も違和感を感じなかったのか?」
「――ああ、ちょっとは感じたよ。でもなあ、なんで死んだはずのお前がここにいてそんな気味の悪い姿になったんだ。お前みたいな得体がしれない奴の言うことなんて信じられる訳ないだろ」
「私は思念体だ。死後の後悔の念が形となって、具現化したものだと思ってくれたら良い。そう言っても君は信じてくれないだろうが……」
「お前、名前は?」
「デミス=サトルだ」
「カエデがお前に悪魔のような仕打ちをされたと言ってたけど、何をしたんだ?」
「私を殺し、妻を連れ去った。」
「自分で自分を殺したってどういうことだよ?」
「それをやったのは、魔王だ。カエデは勘違いをしている。およそ500年前魔王が我が家を襲ってきたとき、カエデは事情があって家にいなかったんだ。後日カエデが家に帰ってきた時、私は死体へ馴れは果て、妻の存在も消えた。その後に私は思念体となってカエデの前に姿を現したんだ。せめて何が起きたかだけでも知らせようと思ったのだがな。でも意思疎通が不可能だった。恐らくだが意思疎通ができる君の方が特別なんだろう。犯人について何の手がかりもない中、カエデの前に脈絡もなく表れた私は――」
「怪しまない方が、不思議ってことか。てか、魔王って、なんでそんな大物がお前らのことを襲ってきたんだ?」
「分からない……。だが、私を殺し、妻を連れ去ったのは魔王で間違いない。」
「カエデは何で絡繰り人形と500年間も過ごし続けてるんだ?」
「人は、何かに縋らないと生きていけないんだ。それが彼女には人形しかなかった。だから、君がカエデに縋ってもらえるよう代わりとなってくれないか。私は君のことを何も知らない。でも、今までこの森に来てカエデを差別しないでいてくれた人は君だけだ。君しかいないんだ」
「頼れる人間はどこにもいないのか?この森から出たらそういう人にだって出会えるかもしれないだろ?」
「いるかもしれない、だがカエデは今のままだと足を踏み出せるのはいつになるか分からないどころか、死ぬまでここに居続けるかもしれない。カエデの為にも頼む、一歩を手伝ってもらうだけでも良い。あの家からから動けなくなったカエデの手を引いてやってくれ――」
鬼火がそう言うと視界が揺らいだ。
そして鬼火となって見守っていたカエデの過去がまるでダイジェストのように流れてきた。映像だけでは無い。それを見ている時のサトルさんの感情が、悲しみが心に体にしみわたってくる。
嫌でも俺は信じてしまった。それほどまでに重く、俺が救ってやらねばならないと思うほどの感情の嵐だった。
「こんな、こんな苦しんでるのに今まで誰も助けてくれなかったってのか?」
「もしカエデが癇癪をおこして、命の危機を感じたのならば結界を壊し、私を呼んでくれ。意思疎通もできないが、私が囮になるぐらいならできる。」
「カエデがそんなことするわけないだろ!」
「私もそう信じたい。信じたいが……」
「もう、行きます」
俺は家へと戻るため歩き出す。
カエデは言ってみれば500年間ずっと人形と家で家族ごっこをし続けてるってことだろ?そう考えると……。
小走りで歩いていると木に結晶石がぶら下がっているのを見つけた。俺は結界内の範囲へとたどり着いたのだ。
ぼんやり家の方角を見ていると人影を見つけた。それも見覚えのある人影だ。
魔女帽子のシルエット、肩まで伸びた黒い髪、白い肌、そして赤い目、端正な顔立ち、カエデがそこに立っていた。
「か、カエデか、なんでここにいるの?」
「今まで、どこに行ってたんですか?」
カエデの顔は魔女帽子で隠れ、目元に影を作っている。
「どこって、別にちょっと気になることがあったから外に出てただけだけど」
「一人で外に出て自分の命を危険に晒すぐらい気になることですか?」
「勝手に行動して悪かった。でも、どうしても確かめなくちゃならなかったんだ」
「裏切者――」
「え?」
「裏切者、裏切者、裏切者、裏切者――」
「ちょ、カエデ?何言って――」
「私、ずーとカイトさんのこと見てたんです。カイトさんが土の中から出てきてからずーと。」
「な、なんでそんなことを?どっかから隠れて俺のこと見てたのか?」
「フクロウですよ。視覚共有って言う闇魔法を使っていたんです。驚きましたか?」
「驚いたもなにも、なんでそんなことをしたのか聞いてるんだ。」
「私は常日頃から森の中を監視しているんです。家族を守らないといけないですから。カイトさんも監視の例外では無かったというだけです。」
「でも、俺は悪さなんかしないってカエデもわかってくれたはずだろ?それなのになんでずっと監視を解かなかったんだよ?」
「信じられませんでした。どれだけ上辺では耳当たりの良いことを言われて、私を信頼した風に装ってくれても信じることができませんでした。そしてそれは正しかったです。やっぱり貴方は私や家族の敵だった。」
「全部、俺の本心だよ!それになんで俺が敵になるんだ!」
「さっき森の中で会ってましたよね。奴と。何話してたんですか?私や家族を殺すための計画でも練ってたんですか?」
「違う!そんなことするわけないだろ!確かに鬼火は怪しいし意思疎通できないのなら勘違いしても仕方ないのかもしれない。でもあの鬼火はただカエデのことを想っていただけで……」
「言い訳なんて聞きたくありません!私は信じたかった!あなたを信じて居たかった!裏切ったのはカイトさんの方じゃ無いですか!」
カエデは杖を俺へ翳し魔法を放つ体制になる。
「話を聞いてくれ!あれはカエデの父さん、サトルさんなんだ!あの人はカエデについて全部教えてくれた!君がずっと一人でここにいることも教えてくれた!俺はカエデを外に連れ出すよう頼まれたんだ!」
「何、言ってるんですか……?パパは今家にいますよ?」
「カエデには分からないかもしれないけど、あの鬼火は死んだサトルさんの思念体なんだ。悪魔なんかじゃなくて本当にただカエデが心配で死んでもなおカエデのことを想い続けてこのままじゃあまりにも報われないだろ!」
「だから、パパは今家にいますよ?」
「それはパパじゃなくて、人形だろ?頼むから現実を見てくれよ!」
「……っ」
カエデは黒鳥を放つ。
俺はカエデの行動が信じられなかったために体は硬直して動かなかった。そんな俺の頬をかすめ斜め後ろにある木の幹で爆ぜる。
「……カエデ?」
「次は外しません、さっきの言葉を訂正してください」
「あと、少しずれただけで頭が飛んでたとこだぞ?君はそんなことする人じゃ、ないだろ?」
「勝手に期待して勝手に失望されても困ります。まだこんな私のこと、優しいと思ってくれてますか?」
「500年間も一人人形遊びして可笑しくなってるんだよ、一回頭を冷やして冷静になれば――」
再びカエデは黒鳥を放った。俺は反射的に一号を繰り出し、防御する。
今度は俺の真正面、必ず当てるという意思の元に放ったようだ。
「人形なんかじゃない!訂正してください!」
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