第11話


 

 帰り道は何事もないまま家に着いた。本当を言うと少々の魔物と戦闘になったが、カエデが軽々と撃退したので無かったも同じだろう。

 ついたころには丁度日が沈んでいて、当たり前のようにサトルさんとカエデさんは笑顔で出迎えてくれた。


 俺は家に入るやいきなり地べたに座り込んだ。緊迫感で張りつめていた心と体が安全圏に入ったことで一気に解放されたのだ。

 カエデは重そうな荷物をどこかへ運び、両親たちと椅子に座ってくつろいでいた。帰ってきたカエデの顔は安心感に満ち溢れていて、不安を微塵も感じさせない少女そのものだった。


「カイトさん」

 

 両親たちと話していたカエデがこちらに顔を向ける。

 

「どうしたの?」

「あの、良かったら、ここに住みませんか?」


 カエデは真剣なまなざしだった。

 これまた急展開、いったいどういう風の吹き回しだろう。

 

「き、急だな。」

「パパやママも住んで欲しいって、嫌、ですか?」


 普通に考えるなら嫌、なわけがないんだよな。そもそもここで暮らしていければ俺も安泰だろうし、カエデのそばにいれば命の危機にさらされることも無い。この家から出て行ってしまえば何のつてもない俺はどこかで犬死するのが関の山だ。一号の能力を使って、冒険者でもやれば、もしかしたら食つなぐことはできるかもしれないが、ほとんど賭けみたいなものだしな。

 それにカエデとこのまま一緒にいるのも悪くない。のんびりと過去のことは忘れ自由気ままに暮らすのも良いだろう。

 

「全然嫌じゃないよ。これからどうするか何も決まってないし、本当に住んで良いのならむしろ逆にありがたいぐらい。」

「そういえば断罪人の仕事や家族って」


 やべ、俺、断罪人って設定だったんだ。今の今まで完璧に忘れてた。

 

「あ、丁度断罪人の仕事やめようと思ってたところだからそのことに関しては大丈夫だよ。家族はもういないし。」

「なんか、すいません……」

「いや、良いんだ。ところでなんでいきなり住もうって誘ってくれたの?」

「カイトさんといれば、本来の自分を取り戻せそうな気がするんです。」

「というと?」

「カイトさんと出会うまで殻に閉じこもってたんです。自分の夢のことさえ忘れて、ずっとずーと長いこと。それこそ人族が10回は生まれ変わって死んでいくぐらいの時間、だからカイトさんには感謝してるんです。そして勝手ながら私とこれからも一緒にいて欲しいなと」

「俺はカエデに何かしてあげることできた覚えないけどね。逆にこっちが世話になってばっかりだったし」

 

 カエデと出会ったのはほんの昨日の話だ。カエデの為にできたことなんてせいぜい祠探索の手伝いぐらい。それなのになぜカエデはここまで俺に感謝してくれているのだろう。

 

「一つのきっかけ、だったのかもしれません。もしかしたらカイトさんでなくても良かったのかも。でもカイトさんに代わる人族はこことは別の世界の住人でもない限り、きっといないです。」

 

 カエデは中々感が鋭い、偶に冷や冷やする。それほどまでにこの世界で亜人を差別しないというのがイレギュラーなのか。

 

「この世界って厳しいんだな」

「だからこそ、カイトさんみたいな人は異質です」

「カエデがそうして欲しいなら俺はここに住むよ。その方が俺的にも良いだろうし」

「ありがとうございます。とても、助かります。あとですけど」


 またもや真剣な顔、今度はどんな爆弾発言が来るのか身構える。

 

「あなたには、いつか話さなきゃって思ってます。だからカイトさんも話してくれませんか?」

 

 俺は頭に?が浮かんだ。さっぱり話が分からない。

 

「ごめん、なんのことか――」

「まだ、良いですから、準備ができたらお互い本当のことを話しましょう。」


 ここで聞き返すわけにもいかず、俺は空気に押し負けて頷いてしまった。本当のこと?もしかして、俺が転生者だってことを知ってる?いやそんなまさか。分かりようがないはずだ。じゃあ他に何が?考ても全く心当たりがなかった。


 そしてカエデは夕食の準備へ取り掛かり始めた。俺が手伝うと言ったものの、一人でやるからと俺は椅子で休憩することになった。サトルさんとカスミさんも椅子に座っている。カエデの手伝いをするわけでもなく何を話すわけでもなくずっと笑顔で。

 そういえばこの二人が笑顔以外の表情を作っているところを見たことが無い。表情筋は痛まないのだろうか?試しに俺は話しかけてみる。


「サトルさんとカスミさんってずっと笑顔ですよね。顔の筋肉とか疲れないんですか?」

「――ええ、大丈夫よ」

「――ああ、問題ない」

「そうですか」


 俺が話しかけてから二人共ワンテンポ遅れで返事が返ってくる。言い方ちょっと失礼だったか?笑顔以外の表情が無いので判断がつかない。

 そのあとすぐにカエデがご飯を運んできた。しかし、サトルさんやカスミさんの分は無く、カエデになんでと聞いても体調不良だからとしか答えない。ロボットでもなければご飯を食べないと飢え死にするだろうに。

 

 食べている間カエデと両親は仲良さそうに話している。たまに俺が会話に入ってもさっきのようにワンテンポ遅れるということは無く自然で平和な団欒という感じだった。

 


 俺は夜、再び布を敷いた地面で眠っていた。そして魘されていた。硬い地面のせいもあろうが、それだけではない。

 夢の中で謎の声を聞いたのだ。


「――助けて――」


 心の奥底から助けを求める悲痛な叫びだった。聞いているだけでも辛くなる。心が、感情が、直接自分の中に入ってきているようだ。

 だが俺は声を出すことができない。俺にはただ声を聞くこと以外できないのだ。


「――助けて、くれ」


 また、聞こえた。さっきよりもはっきりと。どこかで聞いたことがある声だ。それもほんの少し前。でも思いだせない。間違いなく聞いたことがあるはずなのに。

 

「助けて、カエデを、助けてくれ!」


 今度は鮮明にハッキリと聞こた。そして思い出す。あの時、鬼火の時に聞いた声と同じだ。なぜ俺は忘れていたんだろう。


「聞こえてるんだろう、君には!カエデの目を覚ましてくれ!お願いだから、カエデを幸せに――」


 そこで俺は目を覚ます。辺りは暗く、まだ真夜中のようだ。額を触ると汗でびしょぬれだった。

 

 今の夢は何だ?あの時、聞いた声とまるでそっくりだ。

 記憶が歪んで夢となっただけ、とも考えられる。確かに俺は連日動いてばかりで疲れていた。


 ――ただの夢で終わらせて良いのか?


 鬼火と同じ声だというのが妙に引っかかる。それにカエデを助けて、と。鬼火は俺に何かを伝えようとしているのか?

 いやいや、言葉を鵜呑みにしない方が良いだろう。カエデがあれだけ恐れていたんだ。もしかしたら鬼火が仕掛けた何かの罠という可能性もある。それは鬼火にとってどんなメリットがあるのか全く分からないけど。鬼火かカエデ、どちらの言葉を信用するかで言えば当然後者だ。

 そういえば鬼火について聞こうと思っていたのだが後回しになっていた。明日、改めて聞いてみよう。


 俺は再び目をつむり硬い地面の上で眠りについた。

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