第5話
霧が浅くなってきたおかげか闇夜に照らされる三日月がよく見える。どうやら既に夜を回っていた。
俺は魔女っ子カエデと共に月明かりに照らされる森の中を横並びで歩いていた。
そんな俺たちを木枝の辺りによく留まっているフクロウがこちらの様子を観察している。
「海斗さんの服、ボロボロですね」
カエデは哀れむような面持ちだった。
「これはその、色々苦労して……」
苦労したと言えば、気を遣って深掘りはされ無いだろう。俺だって何故こんな服を着て居るのか分からない。
「替えお父さんの分だったらあると思うので、それを着ると良いですよ」
この子は聖人だ。そうに違いない。
「ほんとに、ありがとう。それも含めて礼はできる限り何でもするよ」
「礼だなんて、そんな……」
「とはいっても俺、出来ることかなり少ないけど。でもこのまま何もし無いのは、人としてな。何でも良いから、恩を返させてくれないか?」
「そうですね……。海斗さんほんとに何も出来無いんですか?例えば魔法とか、剣とか」
「ごめんだけど、魔法も剣も無理なんだよね。あ、そういや俺不思議なスキルというか力?が使えるんだ。もしかしたら何かの役に立つかも」
別にこの力の事は言っても良いか。特に害があるわけじゃ無いしな。
「力ですか?」
「自分の分身を作り出すみたいな?今やってみるわ」
俺は自分が恐怖を感じているのだと思い込まさせた。
そして、口奥から白い煙が放出。あっという間に一号の姿へと変わる。
発射される勢いが毛人の時程では無く弱々しかった。これも自分の思いが反映させるのかもしれ無い。
一号の姿を見たカエデは口をあんぐりと開け、信じられ無いと言いたげな顔になった。
俺の力は珍しい物なのだろうか?
そのまま一号を動かしてみせたり、カエデの肩を揉ませたりした。そうして俺の口に再び一号を戻す。
「え?これ魔法じゃ無いですよね?いったいどういう仕組なんですか?」
「んーなんか最近できるようになったんだ。魔法じゃ無いなら何だと思う?やっぱりスキルとか?」
「精霊術とも違うみたいですし……あとスキルって何ですか?」
この世界にはスキルという概念が存在し無いらしい。
カエデも知らないということはもしかしたら俺だけの特別な力だったりして。
「いや、分からないなら別に良いんだ。じゃあ俺と同じような力を使う人物とか心当たり無い?」
「私、普段あまり外に出なくて……。ただ口から煙出す所とかが、グールと似てる気がします。」
グールって小説とかに出て来るあの食人鬼の?
「グールってどんな生き物なんだ?」
「グールを知らないんですか?カイトさん断罪人の方ですよね?」
「あーいや知ってるんだけど、一応ね?ほら報連相でしょ?」
白々しく俺は知っている風を装う。報連相の使い方は多分間違ってる。
「グールは元人間の魔物です。魔力の多い土地に死者を埋めると、グールとして蘇るんです。ここ死神の森も魔力の埋蔵量が多いので死者を埋めるとグールになりますよ。」
あーグールって昨日見たゾンビのことか。ん?待てよ。
てことは俺が埋まっていた横に、人の死体が埋められていたのか?
「そんな森にわざわざ死者を埋める人って居たりする?」
「はい、人というか国家ぐるみですが。罪人を死神の森に埋めるのはギリス王国が罪人にかす最も重い罰なんです。グールになれば輪廻が廻らないと言われてますからね。」
なるほどだからカエデは俺を断罪人と勘違いしたのか。ギリス王国から死神の森に来るのは断罪人が多いってことで、たまたま上手く誤魔化せたんだな。
ということはそんな罪人が埋められるところに、俺も埋められていたのか。転生して目覚めたら、罪人扱いって中々酷く無い?
「何で、グールの吐くため息と俺の分身が出る時の様子が似てるんだろうな」
ゾンビ=グールってことなら俺が襲われたのはグールだ。確かにグールは白い息を吐いていた。思い返せば結構煙の感じが似ている。なんか嫌だな。土から蘇ったとかも同じだし、気味が悪い。
「……まさか海斗さんグールでは無いですよね?」
カエデは不穏そうな顔を浮かべていた。
「いや、違うよ!」
「本当ですか?」
カエデはからかうような視線を向けてくる。
これ以上この話題を続けるのは嫌だったので、話を元に戻す事にした。
「話逸れたけど、どう?この力、役に立ちそう?」
「使いようによってはそうですね。かなり役立ちそうです。」
「それなら良かった。ちなみに何に役立つんだ?」
「祠探索です。帰ったら詳しく話しますね。」
祠ってゼ⚪︎ダじゃん!
「あ、後ですね……」
カエデは言いづらそうに、言葉が詰まる。
「うん?なに?」
「いえ、やっぱりこんな事まで海斗さんに押し付けるのは申し訳ないです」
カエデは遠慮しているみたいだ。解決するのが難しい問題なのかも知れ無い。だが乗り掛かった船だ。聞かなくちゃなら無いだろう。
「言うだけ言ってくれよ。俺にできる事なら何でもするからさ」
「実はずっと悩んでいて……それは……あ」
「え?」
「あの、あそこ、見て下さい……」
カエデは何かに気付いたのか、左奥の木々の間の方を指差す。
指の方向を見た俺は、目を疑った。
そこには緑色に燃え盛る炎の塊が浮いていた。
その姿はまさに妖怪マンガの世界に出て来る鬼火の姿そのものだ。
この異世界には幽霊もいるのか。うちの世界にもいたかも知れ無いが、生憎出会うことは無かった。基本自分の目で見た物しか信じない俺は、居るわけ無いだろと鷹を括っていたのが今じゃ懐かしくなる。
ちなみに俺は、女の子と居るからと見栄を張っているが、内心結構ビビっている。
「あれ、何だよ?」
動揺が隠しきれず、声が震えてしまった。
「あ、悪魔です、悪魔が来たんです。私達家族を狙う悪魔が……」
そう言って居る間に鬼火は少しづつ俺達の方へ近づいて来る。
「はぁ!?あの炎、悪魔なのか?」
「逃げましょう……今はそれしか出来ません」
「もしかしてだけど、悩んでることって、あれのことか?」
「はい、でも、今は逃げるべきです。私の魔法ですら効かないんですから、きっとカイトさんでも敵わないですよ」
「カエデの魔法でも駄目なのか、それなら仕方ないな」
幽霊などの類いが苦手だった俺は恩を返す所ではなく、少しでもこの場から離れたいという願望が勝ってしまう。
俺とカエデは鬼火から反対の方角へと駆け出した。
駆け出したばかりの時、鬼火の方向から声が聞こえた。
「タ、ス、ケ、テ」
空耳かどうかは分からない。本当にそう言っていたんだとしたら、俺達を誘い出す罠の可能性が高い。
楽観的な見方をすれば、あの鬼火は害を加えようしているのではなく、カエデの思い違いだとも考えられた。
だがその思いは横に走るカエデの尋常じゃ無い程の感情に歪んだ顔を見て打ち砕かれる。
幸い鬼火のスピードはそこまで早く無かったので、すぐに距離を離す事ができた。
そうして、再びカエデ家への帰路に着いた時、俺は尋ねた。
「悪魔ってどう言う事なんだ?」
「いつも私達家族を狙って居るんです。私達が外に出て居る時も、寝て居る時も、何をして居る時でも、淡々と私達を消そうと。だからあいつは悪魔なんです……」
カエデがそれを言ってる時の表情は暗かった。
要するに、家族を狙う敵だから悪魔だってことか。
でも見た感じだと足も遅かったしそれ程驚異には見えないけどな。
「カエデは、その悪魔に何かされたのか?」
「はい、されたなんてそんなものでは。あいつは消えるべきなんです。あいつさえ、あいつさえいなければ私達は幸せに暮らせた筈なのに……」
「そ、そんなにヤバいのか……」
先程までのカエデの様子ともかなり雰囲気が変わった。
俺の質問に答える訳でも無く心底恨んでいるような表情になり、ぶつぶつと何かを呟きながら右親指の爪を噛み始める。
その時のカエデの様子が少し不気味で、恐ろしかった。
結局、カエデがそこまで恐れて、憎んでいる理由はなんだ?
俺の臆病さのせいで、とても今のカエデに聞ける勇気は無い。
あれの正体はカエデの言うように悪魔なのだろうか?
いや、話を聞いてみた感じだと恐らくそういう表現なのだろう。
単純に幽霊と考えることもできるが、そうで無いとしたら何なのだろう。何かしらの生き物ってことにはなるが……この世界の生き物については謎だらけだしな。未知というだけで俺は恐ろしい。
カエデも俺と同じよう謎めいた存在にただ怖がって居るだけなのかも知れ無い。
カエデを見ると、落ち着いたらしく、表情も冷めた顔に戻っていた。
「取り乱して、すみません。家、行きましょう。」
「ああ……」
何とも気まずい空気のまま俺達はカエデの家へと歩き出した。
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