第4話 魔女っ子



 そいつは毛むくじゃらの人型だった。全身真っ白い毛で覆われていて、顔のある位置から二つの輝く目を覗かせている。そして何よりでかい。距離が近い一号と比べてみると、三倍ぐらいの高さがあるだろうか?


 当然一日中、睡眠も食事も摂れて居無い俺の体力は限界。

 あの巨体が堂々と道の真ん中を縦断していたにも関わらず存在に気付けなかったのは、3大欲求の何もかもが満たされていない為に、注意力が低下していたからだろう。


 奴はのっそのっそと、先を歩かせて居る一号に近づいて来た。しばらく思考停止していた俺は。急いで一号を後ろへ下げようと思ったが、間に合わなかった。


 毛むくじゃらが長い右手で軽く一号を叩くと、衝撃を受けたすぐに煙に戻り、俺の口へ入っていった。

 強いダメージを受ければ一号は煙となって戻ってしまうらしい。


 煙に変わった一号を見て不思議そうに顔を傾げたが、すぐに切り替え俺の方へ歩き始める。


 勘弁して欲しい。せっかく生き返れたのに、何度死の恐怖に震えなければならないのか。転生前も転生後も結局俺は苦しみながら死ななければならないのか?


 まだ、まだ何か方法があるはず。

 ゾンビを吹っ飛ばした白い塊を、再びぶつけてみるのはどうだろうか?あの巨大じゃ吹っ飛ばせはしないだろうが、目眩しなら出来る。


 確実に当てる為に奴を引きつけよう。


 奴と俺の距離はほんの数メートル程まで近づいた時、俺は口から塊を吐き出した。


 それは見事に奴の顔に命中、俺はその間にガンダで駆け出す。

 

 しばらく走って後ろを振り返ってみるが、奴は顔を手で押さえたままその場から動いていない。俺は逃げられると確信した。


 それから長い事走り続けたおかげか、かなり距離を離せたようだ。


「はぁー」


 流石にもう大丈夫だろう。それにしても相変わらず森の景色は変わらないな。


 一旦落ち着いたので状況を整理する。

 まず、一号を連れ戻すのが先か。

 あの距離からでも戻れと念じれば俺の所へちゃんと戻って来るのだろうか?


 戻れ、一号

 

 すると向こうの方から宙空を舞う白い塊一号が向かってきた。


「お、良かった。良かった。ん?」

 

 一緒に、毛むくじゃらの化け物も引き連れて。

 

「お、お前は来るなぁぁ!」


 再び全力疾走。今度は毛むくじゃらも走って来た。


 俺が恐怖で声を張り叫び、毛むくじゃらは大地を踏み鳴らす音で地響きを立てる。

 本来静かな森は、物騒な音を奏でた。

 森に住まう動物達は四つ目オオカミだろうと関係なくビクッと体を震わせ木の影や茂みへ身を潜める。


 あの巨大の割に足は早い、水泳部とはいえ体力も流石に限界だ。


 白い煙も俺の口へ間に合っていない。

 またもや、絶体絶命か……


 あと一歩で追いつかれそうな時、前方にこちらを向いている人影が見えた。

 魔女帽子を被っていて、長い杖を手に携えている。顔は帽子に隠れてよく見えないが、小さく華奢な体格をしているのを見て少女だと気付いた。

 焦る様子もなく、落ち着いてただ棒立ちしているだけなので、後ろから迫る危険を知らないのだろう。

 

「おい!危ないぞ!後ろから化け物が!」


 声を上げるが、少女は帽子をあげ俺の顔を一瞥しただけだった。


「聞こえないのか!?」


 そんな俺の声を他所に少女は杖を前に突き出す。

 僅かだが、口元が動いたように見えた。

 

「懐柔」


 少女の声が聞こえてくると、彼女が持っている杖の先が、青く光り輝いた。同時に後ろの騒音がピタリと収まる。


 恐る恐る振り返ってみると、毛むくじゃらは動くことを辞め、目元も不穏な警戒色から、控えめな色に変わっていた。そして白い塊一号は無事俺の口の中へ戻って来る。

 毛むくじゃらはそのままゆっくりと森の奥へ帰っていった。

 

「た、助かったのか?」


 俺は少女の方を見る。さっきは帽子に隠れて見えなかった顔をはっきり確認した。

 肩まで伸びた黒い髪、白い肌、そして赤い目、端正な顔立ちをしていたが、どこか幼さなさが残っている。

 同い年、または年下だろうか?服装はローブのようなもの物を着込んでいた。

 赤い目……か。やはりここは異世界で間違い無いだろう。赤い目はこの世界ではデフォルトって感じかな?


 少女は俺の顔をじっと見つめていた。なんと言うか少女の顔が悲しげで、諦めに近いような表情に見える。

 理由は分からないが、とにかくお礼をしなくてはいけないだろう。


「ありがとう。君が助けてくれたんだよね?」


 すると少女は驚いた表情に変わる。

 何か間違えたことを言っただろうか?あ、そういや言葉が伝わってい無いのかも……ここ異世界だしな。


「あ、あの俺の言葉わかる?」


 俺がそう言うと少女は我に帰ったのか、表情が元通りになった。

 

「そ、そうです。私が魔法で助けました。」


 普通に伝わったらしい。言語はうちの世界と同じようだ。それにしても魔法ってマ ジか……

 興奮が冷めやらないがそれよりお礼優先だ。

 

「やっぱりそうだよね?改めて、ありがとう。あと一歩で死ぬところだったよ……」


「はい、危ない所でした」

 

「……君はここで何をしてたの?」


「散歩してる最中に凄い騒音が聞こえるから何事かと思って来てみたんですけど、貴方が毛人に襲われていたので。何か毛人を怒らせるようなことしませんでしたか?」


 あの毛むくじゃらは毛人と言うらしい。見た目のまんまだな……

 生憎、奴を怒らせるようなことをした覚えは無い。何か地雷を踏んだのだろうか?

 

「心当たりが無いな……」

 

「ほんとですか?毛人はかなり穏やかな性格の筈なんですけど。例えば、森の動物達を殺したまま、その場に放ったらかしたりとかして無いですよね?」


 少女は疑うような視線を俺に向けてくる。

 

 それ完全に俺だわ……毛人の沸点限定的過ぎない?

 本当のことを言った方が良いんだろうか?でもな……

 考えてみたら俺って存在自体が怪しいんだよな。

 そんな怪しい奴が森の生物を虐殺したまま放置するとか不審者極まりない。

 加えて森の動物を殺すことがこの世界で罰則があったりしたらヤバくないか?それこそ本当の犯罪者になってしまう。正当防衛とは言え、仕方無いでは済まされ無いかも知れ無い。

 

「あ、えっーと、知らないや」


「そうですか。珍しいこともあるもんですね」


 少女は訝しげな顔をしながらも俺の言葉を信じたように見えた。

 可愛げな少女に嘘をつくなんて、結構胸へ来るものがある。


「うん……。そういやお互い自己紹介がまだだったな。俺は……」


 名前は、墓に書いてあったやつで良いか。


「カイト=ミリオン。カイトで良いよ。」


「私はデミス=カエデ、世紀の大魔法使いです。カエデと呼んで下さい」


 カエデは胸を高くしてそう言った。

 

「世紀の大魔法使いなのか?」


 この子はもしかしたら凄い人物なんだろうか?

 でも、言い方悪いけど全然そんな風には見え無い。人は見かけに寄ら無いってことか。


「はい、そうです。一世を風靡するヨテイのジショウ世紀の大魔法使いカエデです!」


 え?今なんて言った?風靡するの後がほとんど聞こえなかったんだが……。ま、そんな大事なことじゃなさそうだし良いか。

 それより俺、この子にご飯恵んで貰わ無いとマジで野垂れ死ぬかも知れ無い。


「ごめん、カエデ、二度も助けて貰って悪いんだけど、ご飯食べさせてくれ無い?本当に今お腹が空いて死にそうで……。お、お礼なら何でもするから!」


「ご飯ですか?確かに海斗さん不健康そう、というかお腹空いてる感じに見えますもんね。顔色が悪いです。」


 そうなの?俺って不健康そうな見た目なのか?あ、そうか。ここは異世界だから、俺の見た目が異質なのか。きっとそうだ、そうに違いない……。


「あの、ずっと気になってたんですけど、海斗さん何処から来たんですか?何の用でこんな辺鄙な森に?」


「えっと、それはだね……」

 

 お前が何者か分からなくて怖いから飯が欲しけりゃ身元を証明しろってことだよなこれ?

 どうしよう……。転生云々は言うべきか?

 いや、それこそ怪しまれるじゃ無いか。怖がられて逃げられるなんてことになりかね無い。

 じゃあどんな言い訳があるかと言われれば何も思いつか無いのだが、何か、何か無いか?


 その時ふとカエデの魔女帽子が目に入った

 魔女と言えば魔法使い、ハリーポッター、イギリス……。ダメだ俺、冷静になれ……あるわけが……。


「実はイギリスからやって来たんだ。」


 やらかした……。つい口が滑って……。

 絶対聞こえたよな……?


「え?今ギリスって言いました?」


 カエデは首を傾げる。


「そ、そうそうギリスから来たんだ。」


 そう言うとカエデさんは納得した表情で頷いた。

 

 奇跡的な聞き間違いのおかげで辛うじて誤魔化せたらしい。なんとか首の皮一枚繋がったなぁ。


 その後しばらくカエデさんは難しそうな顔をしながら何かを考えていたが、突然閃いたように話を切り出した。

 

「あ、読めましたよ。あなた断罪人の方ですか?

 隣国ギリス王国はよく死んだ罪人を、ここ死神の森へ埋めていきますよね?仲間の方と罪人を運んでいる最中にはぐれたとかそんな所ですか?」

 

「ああ……そんな所だ」

 

 この子が勝手に自己解釈してくれたお陰で身元を証明できたみたいだ。

 断罪人とは何だろう?罪を裁く人なのは分かるけどなんでわざわざこの森に埋めに来るんだ?とにかく、怪しまれ無いよう頑張って断罪人とやらに装おう。

 

「そうだとしたら、災難でしたね。私について来て下さい。」

 

「悪いな……」


 俺は罪悪感から俯いて、目線を逸らす。


「良いんですよ。助け合いですから」


 そんな様子を見兼ねてか、カエデさんは迷惑なんてこれっぽっちもないと思わせるような笑顔を作った。


 少女の純粋無垢な笑顔を見た俺は胸が張り裂けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る