第6話 笑顔
カエデは見えましたと後ろを振り返り、闇夜にポツンと光りが漏れ出る家を指さした。
家は石造りで建てられ、かなり年季が入っているみたいだ。その証拠に壁から蔦が這い、所々ひび割れ、屋根には苔も生えて居る。
いかにも古臭い中世ファンタジーという感じの家で屋根にはフクロウなんかも停まっていてよりそれっぽく見えた。
が、俺はある違和感に気付いた。
「……ここがカエデの家?」
「はい、家族と住んでるんですけど……」
カエデは何ですか?と言わんばかりに首を傾ける。
この家の周りには他の家が一軒も見当たらないのだ。ポツンと森の中にたった一軒だけ建っている。
技術が発達していない世界で、他の人々に頼らず生きるというのは難しいだろう。加えてこの森じゃモンスター居るし不便も多いに違いない。
それなのに敢えてここで暮らして居るのなら何か訳があるはずだ。
それが自分達の意思で決めたことなら良いが、本意じゃ無い可能性の方が高い気がする。
例えば昔は別の場所に住んで居たが、何らかの理由で村八分にされ、住まざるを得なくなったとか。
気になった俺は遠回しに聞いてみる。
「周りに他の人は住んで無いんだな」
と独り言のように呟いた。
それを聞いたカエデは下を向き両手で杖を握り締める。
カエデの様子を見た俺は瞬時に察し、下手に聞かなきゃ良かったと後悔した。やっぱり、何か良からぬ理由があるらしい。
「い、いや、別に無理して言わなくても良いんだけど……」
しばらくの沈黙の後カエデは口を開いた。
「ほかの人たちがこんなところに住む訳、ないじゃ無いですか。」
「……え?どう言う事?」
「カイトさん会った時から気付いてますよね?私が災悪の種族、亜人だって事に。」
カエデが災悪の種族……?もしかして種族が差別されて居るせいで家も隔離された所にしか住めないってことか?
だとしたら、合点が行く。他の亜人の家も無いのは団結して歯向かってくるのを防ぐためだろう。
「私の赤い眼、これが亜人の特徴です。何でカイトさんは初めて私を見た時に怖がら無かったんですか?」
そうか、だからあの時カエデは、驚かない俺の様子を見て困惑して居たんだな。
何でと言われればそりゃ亜人族を知らないからだ。
この世界ではどんなに嫌われていて恐れられているとしても、知らなければ何も感じない。要するにカエデの中身云々は関係なく、亜人だからという理由だけで差別されてきたのでは無いだろうか。
カエデは優しい。災悪の種族だと言われて居るにも関わらず、差別して居る側の俺という命を助けてくれた。
「俺は亜人だろうと災悪の種族だろうと、外殻だけで人を決めつけるようなことはしたく無いから。君は俺の命を救ってくれただろ?ほんとに災悪の種族なら俺を助けないだろうし」
「そんな、だって人族は私の眼を見ただけで、奇声をあげて飛び逃げていくんですよ?カイトさんだけ何とも無いなんて可笑しいですよ」
「そいつらは亜人とか種族じゃなくて、その人自身、中身を見るべきだと思う。そうすれば人族もカエデは自分と殆ど変わりない同じ人間だって事に気が付けるよ」
「カイトさんは私の何を知ってるんです?」
「君が優しいってことは、分かる」
「――私は優しくなんて無いです。カイトさんは分かって無いだけで、きっと本当の私を知れば幻滅します」
「じゃあ、教えて欲しい。これから少しの間かも知れないけど一緒にいるでしょ?でも、カエデが言う本当の中身を知ったとしても幻滅なんてしないと思う。君が助けてくれた事に変わりは無いんだから」
「でも、私は……災悪の、」
「カエデは災悪の種族じゃなくて、世紀の大魔法使いでしょ?」
それを聞いたカエデは頬が少し赤くなる。
しばらく間を置いた後、カエデは話し始める。
「……初めてです。カイトさんみたいな人族に出会ったの。変わってるんですね。」
カエデは苦笑していた。
俺の考えは元いた世界だとごく一般的だ。当たり前のことをさも自分の考えのように言い放って居るだけ。
「俺はただ中身が無いんだよ、だから変わってなんて、」
「変わってますよ、色んな意味で。服装とかもそうです」
「あぁ、これは確かにね」
そっちか。
☆☆☆☆☆
カエデが家の押し扉を開けた。
「パパ〜ママ〜ただいま!」
へーこの子パパママっ子なのか。
敬語を使って礼儀正しい子だなとは思っていたが、オンオフメリハリのあるタイプなんだな。
家の中は十二畳ぐらいでそこそこ広かったが、他に部屋は無いらしかった。部屋の奥にはベットが置いてあって、俺の右手前には囲炉裏、左手前には丁度四つ分の椅子と長テーブルがあった。椅子には二人の男女が、向かい合うように座っていた。
カエデの声を聞いた男女二人は顔をこちらに向け笑顔を作る。
「あらあら、お帰りなさい!」
「遅かったじゃ無いか!今までどこに行ってたんだ?」
二人はカエデの帰りを待ち焦がれていたらしく、わざとらしいまで嬉しそうな声を出していた。
やはり両人とも赤い目だ。奥に座る女性の方は、見た時から包容力を感じさせる様なざ、黒髪のお母さんという感じだ。
手前にいる白髪の男性の方は清潔感のある小綺麗なおじさんだった。
共通し笑顔をつくると糸のような目になっている。
家族が似るとは本当なのだろう。
「この方が襲われていた所を助け出していたんです。なので帰りが少し遅くなっちゃいました!」
カエデは聞いたことが無いような甘えた声を出していた。
家族とは仲が良さそうだ。
「そうだったのか!偉いなぁ!カエデは」
「いえ、当たり前のことをしたまでです!」
マイは自慢げに鼻下を指で擦る。
そこで女の人が糸のような笑顔のままこちらに顔を向けてきた。
そこで俺はハッとなり、背筋をピンと立てる。
両親と仲良く話している娘を見るのは、とても可愛らしいものなのだ。それこそ、時間を忘れてニタニタしてしまうぐらいに。
「カイトさんですよね?私はカエデの母のデミス=カスミです。どうぞごゆっくりお泊まりになっていって下さい」
あれ?カエデ、俺の名前言ってたっけ?
泊まっていくことも何で知ってるんだ?
普通に人族の俺が来た事に関してもつっこまないのか?
うーん。もしかしたら俺が気が付かない内に魔法か何かの手段を使ってカエデが事情を伝えといてくれたんだろうか?
「はい、カイト=ミリオンです。少しの間ですがお世話になります。」
「いえいえ、こちらこそ家が賑やかになるのは嬉しい事ですよ」
カスミさんは相変わらず満面の笑みだ。
「このご恩は必ず返させていただきます。」
男の方がうんうん頷きながら、口を開く。
「礼儀正しい子じゃ無いか、って僕の自己紹介がまだだったね。僕はデミス=サトルだ。宜しくな」
「宜しくお願いします」
サトルさんもずっと笑顔だ。この家族は常に笑みが絶えないらしい。
☆☆☆☆☆
ご飯は謎の動物肉だった。カエデが作ったらしい。意外に美味しく箸が進んんだ。
俺たちが二人で食べている時、カスミさんとサトルさんは何も食べなかった。既に済ませた後だそうだ。
何を話す訳でもなく、俺とカエデが食べて居る様子をニコニコと眺められていたので、少し気まずい時間だった。
俺達が食べ終わると、二人してそのままベットへ直行していった。よっぽど眠かったらしい。
俺とカエデは、横並びで椅子に座り、予定について話し合う。
「それで、祠探索には明日のいつ行けば良いんだ?」
「午前中を過ぎた辺りだと魔物の活動が弱くなるので、午後になってすぐにしましょう」
この世界には魔物が存在するらしい。俺を襲ってきたの謎の生き物は赤目ウルフというのだそう。毛人とやらは森の守護者を気取って居るらしく森の生き物を殺す部外者を徹底的に襲うらしい。非常に迷惑極まりない。
魔物は世界中の様々な所に存在して、魔力が濃い土地ほど増えていくとカエデは言っていた。
「じゃあ、午前中は暇になるのか」
「そうですね、家には本がいくつかあるので暇を潰せると思います」
それ読めばこの世界について少しぐらいは分かりそうだ。
「あ、祠についての説明がまだでしたね。正式名称は死神の祠と言います」
「この森もだけど、随分と物騒な名前だな。」
「死神の森、死神の祠は我々亜人と関係が深いんです。それに魔力の埋蔵量も周辺に比べ何故か多いので、不気味がられ、いつしかそう呼ばれるようになったんですよ。」
「確かに、死神を呼び寄せそうな土地柄してるもんな。死者がグールになるにしてもそうだし。」
「まあ実際は名前の割に他の森よりちょっと魔物が強いぐらいですけど」
「噂が広がって、名前だけ一人歩きしてる感じね」
「で、死神の祠なんですけど、いわばダンジョンと同じような物です。」
ダンジョン、この世界にはあるのか……!
「地下の横穴に合って中には魔物が沢山います。
とにかく危険が多いんですが、私は奥にある、とあるものが欲しいんです」
やっぱり穴の中には居るよな魔物が。ファンタジーの世界は何か欲しい物があっても大抵何かしら邪魔が入る。
宝箱を開けたら、実は激強モンスターでしたっ!みたいな。
「私は普段取りに行く時、いつも命懸けなんですけど、カイトさんの能力を使えば安全に取る事ができるかもってことです。」
え?いつも命懸けで取りに行ってんの?そんな大事な物なのか?
「分かったんだけど、カエデが命を掛けてまで取りにいきたい物って何なの?」
「それは、その……」
カエデは目を逸らす。
「ま、良いや。何でもするって言ったのは俺だしな、手伝うよ」
「ありがとうございます……」
誰もが隠したことの一つや二つはある。もちろん俺は一つや二つどころでは無い。
会話が一段落してカエデと俺は寝ることになった。
カエデはいつも家族と一つのベッドを共有し寝て居るみたいだ。とても仲睦まじい。
親子水入らずの空間に入り込む訳はいかず床にタオル一枚だけを敷いて寝ることになったが、外で眠って、魔物の餌にされることと天秤にかけると大満足だ。
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