第2話 変な人


こんなつらい過去から再び俺は意識を取り戻したわけだが、起きるや否やいきなりゾンビと遭遇することになるとは……感傷に浸っている暇ぐらいくれたっていいのにな。

 

 ゾンビは俺の顔からすぐ1メートルほどの距離にいる。まだ、こちらの存在には気付いていないみたいだ。


 そのうちに俺は必死に土から這い出ようとしたが、やはりダメだ。あと、先程から止めている息がもう持ちそうに無い……

 一緒だけ、一緒だけだ。

 ふっと息を吐いて吸い込む。

 途端に俺の気配に気が付いたのかゾンビはこちらへ視線を向ける。


「あ、やべ」

 

 バッチリ目が合った。


「ァァァァ」


 俺を見るや否や凄い勢いで鳴き声をあげながら俺の方に迫って来た。


 やばい、俺、こんなモグラ叩きみたいな感じに頭しか出せ無いまま死ぬのか?

 

 ゾンビの手が目前にまで迫った時だった。


 俺が叫び声を上げようとした時、口奥から急に白い煙が飛び出してゾンビの方目掛け着弾した。

 

 ゾンビは凄い勢いで吹っ飛ばされ、奥の方に見えていた木に叩きつけられる。


 俺の顔は驚嘆から困惑に変わる。


 は?今、俺の口からなんか出たよな?ゾンビも飛んでいったし、え?何これ?


 ゾンビは白い何かがかぶさるような形で木に張り付いていた。

 見間違いかと思って目をこすると、今度はゾンビが気に横たわり白い何かが消えた。

 変わりにゾンビの手前に立つ、謎の人物が現れた。

 ゾンビと向き合っているみたいだ。

 後ろ姿は黒髪に上下白衣服。袖から出る肌の色は俺と同じだった。

 服装は変わっていたが、ようやく見慣れた人を見かけ安堵する。

 

 誰だ?ここの住人か?背格好を見ると俺に似ている気がするけど。

 とにかく、あの怪物にとどめを刺してくれ。

 

 そう思った瞬間、謎の人物はゾンビの顔を殴り飛ばした。ゾンビの右頬に、クレーターができる。


 おお!いいぞ!その調子だ!


 謎の人物は、さらに激しさを増し、ゾンビをサンドバックにする。


「ァァァ」


 ゾンビは苦しそうな呻き声を上げた。

 

 ちょっと流石にやりすぎか……?

 ついつい、その可哀想な惨状に同情してしまう。

 そもそもゾンビかどうかなんて分からないし、本当は全身に火傷を負った人とかなのかも知れない。それにもう動けそうに無いし、止めるべきなのだろうか?


 と思っていたら、謎の人物は動きを止めた。まるでカカシのように微動だにせず棒立ち。

 ゾンビは散々呻いた後完全に動きを停止させた。


 謎の沈黙した時間が続く。


 え?どうしたら良いの?

 あの人動き止めたけど?

 俺、埋まったままだけど?

 

 とにかく、声掛けてみるか……


「すいませーん!俺の体、土に埋まっちゃってるみたいで、良かったら掘り起こしてくれませんかー?」


 すると白い服を着た謎の人物はこちらに顔を向ける。その顔を見て俺は死を覚悟した。


 運動部らしい顔立ちに、日焼けした肌、平均的な髪型。

 そいつの顔は俺と全く同じだったからだ。

 

「ど、ど、ドッペルゲンガー!?」


 芥川龍真介もドッペルゲンガーを見た後すぐに死んだと聞いたことがある。じゃあ俺、死ぬな……一日に何回死を覚悟しなきゃダメなんだ……


「ち、近づくな!」


 俺が力の限り張り叫ぶ。

 するとドッペルゲンガーは動きを止めた。

 

 そしてまた謎の沈黙した時間が始まる。

 

 俺の言うことを聞いてくれるし、別に悪い奴じゃ無いのか?。でも、油断した隙に付け入られるかも知れない。ンー……ま、その時はその時か。

 

「あの、やっぱり助けてくれません?」


 再びドッペルゲンガーは俺の方へ向かってくると、無言で土を掘り始めた。


 目に生気が宿って無い……。服はボロボロだし、真っ白、まるで教祖に洗脳された信者の様な格好をしている。

 服装だけ見れば拷問でも受けてそうな格好だ。怪我はして無いみたいだが。

 

 しばらく掘り進めて貰い、ようやく脱出することができた。土に隠れていて分からなかったが自分の服装がこのドッペルゲンガーと全く同じだった。どういうことなんだろう。

 


「助かりました。ありがとうございます。」

「……」


 礼をしてみたものの反応は無い。


「あのー?大丈夫ですか?ここから出る方法知りません?」

「……」


 ずーと目は虚だ。ほんとに息してる?

 鼻に手を近づけてみるが、空気の流れを感じなかった。


 よく分からないけど放って行くことにした。それに不気味だし。


 こんな森から一人で脱出するなんて、不安で仕方ないな……。空の色も藍色で変だし、霧も掛かってる。歩道らしき物なんて存在しない。道なき道を行かなければ。

 

 行き先も分からぬまま俺はその場から歩き出した。

 歩いていると気配を感じ、後ろを振り向くと、ドッペルゲンガーは付いて来ていた。

 相変わらず虚ろな目で焦点が定まっていない。

 不器用?感情を伝えられ無いタイプ?おで、友達、なるみたいな。なんか感情を表して欲しいな。ほんとと怖くてたまらない。

 

 するとドッペルゲンガーは笑顔になった。


「へ?」

 

 今、俺の思考を読んだ?今何も口に出して話していない筈だ。

 

 まあ、どちらかといえば偶然の確率が高い。次にその通りに動けば偶然では済ませられなくなるけど。

 

 それじゃあ……怒ってみて……


 ドッペルゲンガーの顔が怒りに変わった。


 ☆☆☆☆☆


 色々試して分かったことがあった。

 こいつはラジコンだ。俺がこうしろと思えばその通りに動き思考を瞬時に読み取る。木を殴れと唱えれば全力で殴るし、肩を揉めと言えば気持ちいい感じにやってくれる。とても便利で万能なラジコンだ。

 その変わり指示をしなければこいつは何もせず、ずっと止まったまま。指示待ち人間か?

 

 ラジコンということで一号と名前をつけることにした。万能ラジコン一号がいればこの森から抜け出せそうだ。

 

 でも、できれば普通の人が良かったな……。

 

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