そして

第16話 急襲

 今日も天空から焼け付く日差しが降り注ぎ、周囲はうだるような熱を帯びている。莉桜を伴った、乾、真琴、空の四人は、東京某所のオフィス街にそびえたつ「ラグナ」本社の前に立っていた。


「いやぁ、大したデカさのビルじゃねえかぁ」


「ラグナは国内有数の上場企業だからね。特に本社の規模は凄まじいよ」


「…私達、こんなものを相手にしようとしてるんですね」


 さすがにサークレッドメンバーは緊張を隠せないといった面持である。しかしそれ以上に、相変わらず声が聞こえ続けているらしい莉桜の顔からどんどん血の気が引いていくのを目の当たりにし、彼らの決意はますます固くなるのだった。


「余計な手間は避けたい。美里さんがラグナのセキュリティを突破してくれるはずだから、一気に突入するよ」


「…ねえ、本当にやるの…?」


 今まで一言すら発さなかった莉桜が、震える声を上げる。


「きっと無事じゃ済まない…私の為にみんなが傷つくなんて。そんなの…」


「そりゃちょっと違うなぁ」


 強く感情を込めた声で、真琴は囁く。


「あたしらは自分の価値を確かめる為にこの場に臨んでんだよぉ。傷ついたとしてもそれはあたしらがそれを望んだからだよなぁ?」


「でも…」


「そうですよ、莉桜さん。莉桜さんだって、あの日自分が傷つくのも恐れず私を救ってくれたじゃないですか」


 空がにっこりと幼く笑う。


「私達に貸しを作ったままにするつもりですか?」


『えっと…士気はその、十分みたいね』


 端末から絞られた音声で美里の声が聞こえてくる。


『ラグナのシステムへの侵入を始めるね…皆、うん、気を付けて…』




『守…来たみたいだよ…』


「そうか。全く律儀な連中だな」


 ラグナ本社、地下サーバールームで、彼らはその時を待ちわびる。


「これがシンギュラリティの為の最後のピースになる。さあ、始めようか」




 ラグナ本社建造物内には、人っ子一人見当たらない。事前に美里が入手したマップを頼りに、それでも莉桜達は慎重に歩を進めていた。

 当初こそ、自分たちを取り押さえる警備員も社員の姿も見当たらない事がいぶかしかったが、考えてみればこちらの計画は莉桜を通して”アグリノーツ”に筒抜けなのだ。あのAIが敵方に居る限りこちらの行動も全て見透かされていると思ったほうが良い。


 地上十階を数える高層建築の本社は、地下に巨大なサーバールームを抱えている、とのテンジンからの情報であった。恐らく”アグリノーツ”の本体はそこにインストールされているだろう。”アグリノーツ”をアンインストールする事こそが、今回の作戦の要点であった。


 さすがに顔が引き締まる乾ら三人と、顔色がどんどん悪くなる莉桜。次第に会話も少なくなり、ただ無言で地下への階段を下る。


 その時、端末が甲高い電子音を発した。


『GAME START!!』


「何…?」


 不意を突かれ、全員の反応が遅れた。その間にアバターをロードした莉桜が、凄まじい速度でその場を走り去る。


「莉桜ぉ…!?」


「まずい、この所体を乗っ取られる事はなかったから油断したっ」


「…私に任せてください」


 瞬時にアバターを纏った空が、神器アマテラスの光輪で莉桜を捉える。ぴたりと動きを止めた莉桜のアバターに、同じくアバターを纏った真琴が組みついた。


 しかし莉桜のアバターも先日のアバター狩りで大幅に強化されている。光輪の効果はすぐに消滅し、スサノオが槍を振り回す。真琴の神器の装甲がみるみる削れていく。


「莉桜、しっかりして」


 神器をロードした乾が、莉桜の身体を抱き留める。じたばたと暴れ出すスサノオから、莉桜の悲鳴とも嗚咽ともつかない悲痛な声が響いていた。


「また逃げるなんて君らしくないじゃないか。戦うんだ、莉桜」


「わ、たしは…っ」


 がくがくと身を震わせていたスサノオが、徐々に落ち着いていく。やがて莉桜のアバターが解除され、乾はほっと息を吐いた。


「ごめん…司。私…」


「謝るのはこれで最後にしよう。…行くよ」


 莉桜を除いた全員が熱く怒りを煮えたぎらせていた。”アグリノーツ”の精神干渉に耐えながらなんとか歩を進める莉桜を乾が支え、先頭をアバターをロードし直した真琴が自らを盾として突き進み、しんがりを空が務める。


『なるほど、良いチームだ』


 酷く乾いた声が、わんわんとビル内に響いた。


『なかなか良い男になったな、司』


「兄貴…」


『あの泣き虫坊主がここまで成長するとは、兄として嬉しく思うぞ。しかしな、司。お前には大局が見えていない。”アグリノーツ”の完成がどれほど重要か解っていないんだ』


「兄貴こそ解ってないよ。僕にとって一番大切なのは、莉桜や真琴、空…そして、美里さんだ。兄貴がないがしろにして来たものこそ僕の守りたい物なんだ」


『…そうか。まあ、だったら抗ってみるんだな』


 機械が起動する甲高い音がして、ビル内に漂っていたナノマシンがそこここに集中し始める。それが、無人のアバターの形を形成していく。


『俺を超えてみるがいい』

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