第12話 上澤、テンジン
上澤はゆらゆらと体を揺らしながら、狩場をあてどなく徘徊していた。体中にまかれたアクセサリーが、一歩踏み出すごとにじゃらじゃらと賑やかな音を立てる。いつからか、このアクセサリーの音で周囲を威嚇していないと自分を保てないようになっていた。
莉桜に敗北を期してから、自分がどうしたいのか、まるで分からないままだ。
朝から飲みたい気分になりぶらりとバーに立ち寄る。その奥まった座席に懐かしい顔を見とめ、上澤は声を上げる。
「よお、テンジンじゃねえかオイ」
「あ、上澤さん、ちわっス」
テンジンは熱心に眺めていた端末から顔を上げると、こちらにぺこりと頭を下げる。
店内はむっとするような酒気に満ち、まだ昼下がりだというのに酔っぱらった客の一人がギターを奏で、店中がその歌声に浮かされていた。
「まーたこんな場所にたむろしてんのかよ、オイオイ」
「上澤さんもこういう雰囲気好きでシょ? あっしらは寂しがり屋でスからね」
テンジンの目の前の座席にどかっと腰を下ろす。情報屋の手元を見てみれば、どこかで見た覚えのある少女の写真がずらっと端末に表示されていた。
「オイお前、まだこんな趣味してんのかい」
「いや、この前会ったアマテラスさんが存外にあっし好みのロリでシてね」
けっけっと笑うその男を胡散臭そうに眺めた上澤は、とんとんと額を叩きながら店員を呼び出す。
ほどなく発泡酒を注文すると、運ばれてきたそれをぐいっと飲み干した。
「妹への未練が捨てきれねえかよ、オイ?」
「そりゃそうっスよ。だってあっしが殺したようなもんなんですから」
鋭い目を一層細め、テンジンは呟いた。
テンジン、
ある日、二人は連れ立って買い物に出掛けていた。
妹にはその頃付き合い始めていた恋人がいた。妹の初めての彼氏である、その話を聞いた当初、春日は毎日涙を流しながら「別れてくれ」と妹に懇願するほど狼狽したそうである。しかし妹がその彼氏を家に連れてきた時、春日は「こいつになら妹を任せても良い」と思った。妹曰く「一日中気持ち悪い顔してた」そうだが。
その日は、妹の恋人に誕生日が迫り、そのプレゼントを選ぶのに付き合わされていた。男の子の喜ぶものは兄のほうが良く分かっているだろうと言う判断らしかった。
なんのかんのとはしゃぐ二人のを引き裂いたのは、街路を横切る際に突っ込んで来たバイクのブレーキ音であった。
一瞬の事だ。避ける事も妹をかばう事も出来なかった。
しかし、妹はいち早くバイクが猛スピードで迫ってくることに気が付いていたらしい、とっさに兄の目の前に立ちふさがり、体でバイクの衝突を受け止めていた。
やがて開かれた公判で、バイクの運転手は前方不注意と寝不足での運転を咎められたが、しかし被害者にも責任があるとして執行猶予の付いた判決が出た。裁判の場で泣きながらこちらに謝るその運転手を見ていると、それ以上責める事は出来なかった。
「まったく、情けないアニキっス。未だに妹が夢に現れるんスよ。あっしはその度に嬉しくて悲しくて、このまま目覚めなければどんなにイイかと思いながら目を覚ますんス」
「…連れを失くしたんだ、無理もねえよ、オウ」
上澤は目を閉じてぐったりと背もたれに寄りかかるテンジンを見とめ、長い溜息を吐く。
「俺も乾に借りを作ったままだ、なんとなく気持ちはわかる」
上澤と乾は、幼稚園も小学校も中学校も一緒のお隣同士の間柄であった。オンライン授業でも決まって隣同士の席に腰かけ、授業そっちのけで互いにちょっかいを出し合っていた。誕生日は必ずお互いの家に出向いて相手を祝ったし、家族旅行も両家連れ立って出かけ、平日の運動プログラムも一緒に汗を流し、まるで一心同体のような毎日を過ごしていた。
二人が中学を卒業するころだった。乾家の長男――乾の兄に、義理の姉となる美里が嫁いできた。
それから二人の関係は微妙に変化して行った。乾は明らかに美里に心ひかれ始め、彼女に様々な部分で影響を受けるようになる。それまでは二人とも体育会系の熱血少年同士、といった風だったのに、乾は姉につき従って様々な価値観を覚え、妙に思慮深く遠慮深くなっていった。
上澤は当時裏切られたように感じたが、しかし乾への気持ちが枯れる事は無く、そんな時にアグリノーツが発表されたのである。
上澤は渋る乾をほとんど無理やりゲームに巻き込んだ。そしてタッグを組み、絶妙のコンビネーションを見せる事で、なんとか二人の絆を維持していた。
あの日、三位のヤマトタケルに遭遇した時、その神器が二人の仲を引き裂きに来た貧乏神か何かのように思えてならなかった。こいつに敗北してしまえば全て終わる、と思った。
だからこそしゃにむに戦いを挑んだが、それでも未来が覆る事は無く、アバターを失い垢バンを喰らった上澤の前から、乾は去って行った。それからは何もかもが灰色の、何の興味も持てないモノクロームに見えた。乾が自分以外の人間と親しくしている姿を想像するだけで堪らなかった。
「まあオイ、寂しがり屋ってのは当ってるよな」
条例違反の発泡酒をまたぐいっと煽ると、乾は口についた泡を乱暴に拭った。
「あっしらも、変わるべきなのかもしれまセんね」
二人の間を沈黙が満たし、ただ店にやかましく溢れかえる客の声と喧騒がその場をひたひたと侵して行った。
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