第5話 過去
乾が莉桜に出会う前の話である。彼は上澤とパーティを組み、タッグで日ノ本を目指していた。ビシャモンテンのスピードで敵をかく乱する乾のパートナー、上澤の「タケミカヅチ」は高出力の攻撃特化型の神器であり、彼が必殺の一撃を繰り出す為の隙を作るのが乾の役目だった。
このコンビネーションは数か月に渡って非常に多くのプレイヤーをゲームオーバーにした。
アグリノーツでは、所持ポイント数がゼロからマイナスになり移乗するポイントが無くなると、アバターごと奪われゲームオーバーとなる。奪われたアバターはそのまま、勝利プレイヤーのアバター強化の素材となる。つまり、より多くのアバターを奪う事で神器の特性を強化し続ける事が出来るのである。
結果として、敵にとどめを刺す役割の上澤は、非常に高い性能を誇る神器を得る事となる。それでも移乗ポイントとしては、戦略的な動きを取る乾に多く配分されるために、乾がランキングを駆け上がるのが自明の理であった。
二人は、ランキングを上げる乾とアバターを強化する上澤という、お互いの利害の一致により戦場を駆け続けた。
…いや、実際には彼らの間には、利害など遥かに超える絆があった。
二人は幼児期からずっと共に過ごしてきた家族同然の幼馴染であり、誰よりも相手の事を考え互いにつくし合う事を喜びとしていた。だからピーキーな性能を持つアバター同士で密な連携を行えるほど息が合ったのである。
そうして乾がランキング一位となり、ランキング四位の上澤と共に最強のタッグと謳われ出したある時であった。
二人はランキング三位のプレイヤーと遭遇したのである。
そのプレイヤーは、全身が武器化した異様な神器を纏って現れた。背中から伸びるケーブルに、更に四基の砲門のような神器が繋がれている。…近距離、中距離、遠距離、全てをカバーする最強のアバター「ヤマトタケル」。
情報通でもあった乾は、すぐにその存在を察知し上澤に逃げるよう打診した。しかし、自らの力を過信していた上澤は、そのままヤマトタケルにツッコむ。
圧倒的な戦力差であった。
そうして上澤はゲームオーバーとなり、せっかく強化したアバターを奪われた。責任を感じた乾はそのまま上澤の前から姿をくらまし、かつての相棒は一定期間の垢バンを経てアグリノーツに帰って来た。あの口ぶりからするとずっと乾の事を探し続けていたのだろう。
「…司君?」
名を呼ぶ声に回想から引き戻され振り向くと、義理の姉である
「美里さん、何か用?」
「ううん、えっとね、果物が剥けたから司君もどうかと思って」
「ありがと、頂きます」
「あとね、えっと…部屋の扉は閉めたほうが良いよ。司君年頃の男の子なんだからさ」
「はは」
実の兄の妻としてこの家にやってきた美里に、乾は微妙な感情を向けていた。それに美里も気付いており、どう接すれば良いか解らずにいるらしい。おどおどした態度は元からであったが、乾にはなんとももどかしいのだった。
自分が本当に日ノ本を名乗れるくらい強くなれば、美里を守れる男になれるのではないか。その暁には…美里を諦め、弟らしい「司君」になれるかもしれない。
「兄貴は今日遅くなるんだっけ」
「うん…まあ、だから、今日は二人で晩御飯食べようね。えっと、何かリクエストある?」
「せっかくだから店屋物にしない? 美里さんも偶には食事の準備休みたいでしょ」
「そうね、じゃあ、うん、そうしようか」
遠慮がちに部屋を出て行く美里を見送り、乾はふっと息を吐く。そうして、今日の出来事をつらつらと思い描いた。
(僕は、莉桜に勝てるくらい強くなる。カッコいい日ノ本になるんだ)
ふと眺めた窓の外は漆黒に沈み、幾つも星が煌めき出しているのだった。
『誰かいるの…? 君は…君はいったい…』
その声で眠りから呼びさまされて、莉桜は自室のベッドの上で汗びっしょりになって飛び起きた。またこの声か…声音や口調、話している内容からして、数日前から同じ声が聞こえ続けている。
(私、おかしくなっちゃったのかな…)
奇妙な声がどこからか聞こえるなどと言う話、両親どころか乾にすら話せない。布団に腰かけ膝を抱えた莉桜は、乾や真琴、空の事をぼんやりと考える。
よもや自分がこれほど多くの友人を得ようとは思わなかった。相手も自分を友人と思っているかは聞いてみなければわからなかったが。
本当に、彼らは自分の事をなんと思っているのだろう。
人にどう思われているか気に成るなどという経験はほぼ初めての物で、莉桜は自分の気持ちに困惑する。その名状し難い感情を持て余しながら、携帯端末を取り出しアグリノーツの専用アプリを起動する。
自分のステータスと各種アイコンが並ぶその画面の左上に、「サークレッド」という自分が名づけたパーティ名が煌々と点灯していた。
顔が弛むのを感じて、彼女はますます困惑する。明日彼らと顔を合わせるとき、どんな表情を作って行けばいいだろうか。
鏡に向かって表情を作る練習をしているうちに夜は更けていった。
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