第4話 日ノ本
翌日、パーティを結成した莉桜達四人はパーティチャットで示し合わせ、昨日の喫茶店に集まっていた。今日は昨日決めた通り、パーティ名を決める為の案を出し合う予定である。しかしそもそもが協調性のないメンバーだ。議論が白熱するのは目に見えていた。
「なんか強そうな奴がいいよ。日ノ本を意識した…」
「いや、神話から取ろうぜぇ。アグリノーツのコンセプトも神話なんだしよぉ?」
「私は…黒歴史にならないような大人しいのが良いです」
言いだしっぺだから、と、パーティーリーダーに推されてしまった莉桜は頭を抱えた。一匹狼であった彼女に、いきなりまとめ役など務まるはずがないのである。しかし、他の三人は喧々諤々と各々の主張を繰り返し、今にも外に出て模擬戦で決めよう、という勢いだ。
「まあ、落ち着きなよ…」
「じゃあさぁ、莉桜が決めてくれよぉ?」
「そうですね、リーダーなんですし」
「賛成。莉桜の決定に従うよ」
丸投げか。と思ったが、流石に口には出せなかった。仕方なく三人の意見を思い出しながら知恵を絞る。
日ノ本を意識し、神話から取り、黒歴史にならないような…。
「”サークレッド”っていうのはどう?」
「…由来は?」
「日ノ本って言うと日本でしょ、その国旗の赤丸、レッド・サークルから…ほら、サークレットって神話で言う冠のことじゃん、あとあんまり中二病っぽくもないかなって…」
彼女に似合わぬおずおずとした物言いを黙って聞いていた三人であったが、次第に目がぎらつき、高揚して行く様子がうかがえた。台詞が終わると同時にわっと沸き立つ。
「良いじゃん良いじゃん!?」
「気に入りました、莉桜さんセンスありますね」
「さすが莉桜だね。最初から任せれば良かった」
「そ、そう…?」
いきなり褒められたため顔の中心当りがむず痒くなり、莉桜は曖昧な笑みを浮かべる。まさか自分の一言でここまで纏まるとは。当初はリーダーと言う役割に不安しか無かったが、やってみれば案外イケるかもしれない。
三人に「早く早く」とせがまれながら、アプリを操作してパーティ名を登録する。幸い他に名前の重複したパーティもなかったようで、一発で申請を受理された。
アグリノーツにおけるパーティ機能は、もっぱら弱いプレイヤーの寄り合いにしか使われていない。システムの性質として、パーティのメンバーの得たポイントは常時他のメンバーにも振り分けられるようになっているのだ。つまり、メンバーに強いプレイヤーがいるとポイントを獲得するたびにそのプレイヤーが一方的に損をする事になる。
よって、戦略的に有利になる事は解っていても、上位プレイヤーになるほどパーティは組みたがらない。大体がフレンド登録までで留めておくのが基本とされている。
それでも莉桜がパーティを組みたいと申し出たのは、勿論それが単に面白そうだから、という理由が大きかったが、もう一つ重要な狙いがある。
パーティを組んでいると単純に戦略が広がる為、AIによるポイント判定の際、戦略値の面で有利になるという恩恵を受けられるのだ。莉桜は戦略の組み立てには向かないプレイヤーである。大体が勘と体に覚え込ませた動きで今まで勝利をもぎ取って来た。それが伸び悩みの原因であったと言えなくもない。
パーティを組めば連携が必須になる。それにより、これまで以上に自分のゲーム内での成長に繋がるかもしれないと思ったのである。
「いやぁ、これで晴れてサークレッド設立だなぁ!?」
「改めてよろしくお願いします」
「うん、よろしく」
ようやく和解し始めるメンバーを前に、ほっと息を吐く莉桜であった。その時、また例の悪寒がして、頭の中に声が響く。
『誰か…いないの…?』
「…?」
「莉桜、どしたぁ?」
「いや…そういえば空、昨日真琴に追われてる時私を呼んだ?」
「え…いいえ? 聞き間違いじゃないですか?」
「そういえば昨日変だったよね、莉桜」
まあ、最近眠そうだったし疲れてるんだよ。そうあっけらかんと言い放つ乾に、恐らくそうなんだろうと納得する、事にした。
「さて、それじゃぁあたしは莉桜と模擬戦といこうじゃねぇかぁ」
「おっ、負けないよ」
「もちろんじゃぁん?」
「私はこれから明日の学習時間の予習をしてきます。この所アグリノーツに掛かりっきりだったので」
「了解、じゃあ僕は…」
それぞれが予定を決めて座席から腰を上げた時、喫茶店に入ってきた男性客がこちらを見咎めて声を掛けてきた。
「オイ、乾じゃないか」
「…
「久し振りだなー、オイ」
やけに馴れ馴れしく乾に近寄ってくる上澤と言う男は、体に幾つもつけたアクセサリーをじゃらじゃらと言わせながら人懐っこい笑みを浮かべた。対照的に、眉を寄せて酷く暗い顔をする乾。莉桜はその様子を不思議そうに見やった。人に対してこんな風に拒絶感をあらわにする乾は珍しい。
「オイ乾、俺をフッたと思ったらこんなべっぴんさん達とつるんでたのかよ。焼けるなあ、オイ」
「上澤、その話はあとにしよう。じゃあ莉桜、僕はここで」
「あ、うん」
上澤に肩を抱きかかえられるようにして出て行く乾を見送ると、三人はいささかぽかんと立ち尽くした。
「なんだぁありゃあ?」
「乾さん、カツアゲにでもあってるんじゃないですかね」
「まさか…」
乾に限ってそのまさかがあり得なくもないのが怖かった。しかし乾からはっきりと、これ以上首を突っ込んでくれるなというオーラが感じられる。仕方なくその場は解散するサークレッドだった。
「なあオイ乾、俺はお前をずっと探してたんだぜ?」
「知ってる。上澤に見つからないように慎重に動いてたからね」
裏路地までやってきた乾と上澤は、ぼそぼそと囁くように声を交わしていた。
「オイ、”日ノ本”
「僕は日ノ本に相応しくないんだよ」
莉桜に見せたことのない険しい表情で乾は呻く。
「僕は、弱いから」
「最強武神ビシャモンテンが何言ってんだオイ。なあ、乾。また俺と組もうぜ。二人で暴れまわろうじゃねえか」
「駄目だ。駄目なんだ。僕は強くならなくちゃいけない。莉桜みたいに…」
「ふん。俺は諦めないねえからな」
ぶらぶらと体を揺らしながら去って行く上澤を見送り、乾は唇を噛み締めた。口内に僅かに血の味がにじみ、昨日の莉桜への敗北を思い出させるのだった。
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