第3話 神堕ち
少女の背後に迫るアバターは、右腕が肥大化し武器化した神器であり、明らかに前衛系パワー型と思われた。接敵して直接攻撃を行う必要がある前衛系に対し、ある程度離れたレンジで攻撃が可能な莉桜の中距離系は基本的に有利だ。
周囲の建物の壁面を蹴りながら少女と敵に接近すると、敵が気付いたらしい、視線をこちらに向けてきた。なかなか勘のいいプレイヤーだ。
しかし見るからに初動が遅い。恐らく攻撃力に全振りしているせいで俊敏性が低いのだろう、莉桜のスサノオの敵ではない。戦闘開始を告げる端末の電子音を聴きながら、近づき様に槍を繰り出す。
終わった。
ほっとする莉桜の目の前で、槍を右腕で易々と受け止めて、敵はにやりと口を歪めた。
「なんだぁあ? 横取りかぁ?」
そのまま足蹴りを繰り出す。莉桜のみぞおちに深く相手の脚がのめり込み、肺の空気が絞り出される。莉桜は痛みに鈍くなる思考をなんとか繋ぎとめながら相手の身体を蹴り返した。これは相手にとって予想外だったのだろう、なんとかその手から逃れて距離を取る。
「ふうん、なかなかの攻撃力じゃねぇかぁ? ちょっと痒かったぜぇ」
蹴られた部位をぽりぽりとわざとらしく掻きながら笑う。これは…予想外に防御力が高い。
なるほど、攻撃力特化のアバターかと思ったが、防御力のほうが目に見えて高いのだ。相手の攻撃を全て受け止めながら、じりじりと相手を削るタイプのプレイヤーか。前言撤回、分が悪い。
ひやりと汗がアシストスーツの裏を滑り落ちて行く。このプレイヤーが噂に聴く神堕ちの二位プレイヤーかもしれない。だとしたら少女を助けたいなどと思うのでなかった、絶対に勝負にならない。
だが、後悔する気持ちは不思議と湧かなかった。右腕の盾を構えながら槍で敵をけん制する。
「なるほど、バランス型かぁ? じれってぇ勝負になりそうだなぁ?」
少女の状態を気遣っている暇はなかった。こちらに向かって徐々に距離を詰めてくる敵に対し、一定の距離を保ちながら槍で攻撃を繰り返す。しかし、大して効いているようには見えなかった。勢いを付けない一撃では軽すぎて、相手の防御力の高い装甲を通らないのだ。
徐々に焦りから攻撃の精度が悪くなる莉桜を見て、相手はまたにやりと口を歪めると、一気に勝負を決めようというのだろう、右腕を振りかぶった。
「んぁ?」
相手の動きがぴたりと止まる。何が起こったか分からない、しかしそのチャンスを逃す莉桜ではなかった。右腕の盾を構えたまま突進する。盾に押されて相手が後退し、背後のビルとの間に挟まれて動きが取れなくなる。
その心臓部に正確無比な動きで槍を叩き込んだ。
『GAME SET!!』
相手の神器がちりちりと焼けながら霧散して行き、プレイヤーの姿をさらす。物騒な見た目にカスタムされたアバターで気が付かなかったが、相手プレイヤーも女性だった。それも、大学生から高校生くらいの若者である。
「くっそぉ、あんたヤるなぁ?」
言葉の割に対して悔しくなさそうなそのプレイヤーは、負けたと言うのにその場に偉そうに仁王立ちして大声で笑った。
「いやぁ、久し振りに興奮するバトルだったぜぇ、あんた名前はぁ?」
「…狛坂莉桜」
「へぇ。あたしは
「真琴ね…なんであの子を狙ってたの? 君、神堕ち?」
莉桜の鋭い声音の言及に、真琴と名乗ったプレイヤーは目を何度か瞬かせた。
「なんで…? そりゃあゲームだからに決まってるじゃねえかぁ? あんたはゲームの対戦相手を倒すのにわざわざ理由を付けるのかい?」
「…まあ、確かにそうだけど…」
「まぁとは言えあたしは満足したぜぇ? よければフレンドにならねぇか? あんたと組んで戦うのは面白そうだぁ」
「えっ…」
言いよどむ莉桜の後ろから、どんっ、と突っ込んで来た者がある。振り向くとようやく追い付いてきた乾の姿と、自分に抱き着く先程の少女が目に入った。
「うわああん、助かりましたー!」
「ちょっと莉桜、大丈夫?」
「いや、君達いきなり三人で私を囲むなよ…」
「まぁそうだなぁ、こんなとこで立ち話もなんだしなぁ? そこの茶店にでも入るかぁ? おごるぜぇ」
おごる、と言われて、莉桜に抱き着いたままの少女が明らかに嬉しそうな顔をする。こうなると仕方がない、乾と顔を見合わせて溜息を吐く。
そのまま一行は、真琴に連れられて近くの喫茶店に移動していた。
「私、
「真琴でいいぜぇ」
「…でも、アグリノーツやってれば戦闘なんて日常茶飯事でしょ? 戦えなきゃ話にならないんじゃない?」
莉桜の追及に、空は困った顔をしたが、眼下のテーブルを見つめてぽつりとつぶやいた。
「私ゲーム苦手なんです…でも、友達に誘われて無理やり巻き込まれて…。ほんとは闘ったりケガしたりしたくないんです」
「ふうん、で、その友達は今?」
口をはさんだ乾に対し、少し怯えた目を向けた空は、それでも応える。
「ちょっと前にゲーム辞めちゃって…私とプレイしててもつまんないからって」
「はぁー? 自分勝手だなぁそいつぁ?」
盛り上がる一同に、また深い深いため息を吐いた莉桜は、とりあえず携帯端末を取りだした。
「そういう事情なら仕方ないね…とりあえず君達二人、フレンドになろうよ。それからこの四人でパーティ組まない?」
「パーティ!? 本気なの、莉桜」
「だから仕方なくだよ」
「いいんじゃねえかぁ!? 面白そうだぜぇ」
「私からもお願いしたいです、皆さんといると心強いです」
今度は乾がため息を吐く番であった。しかし別段断る理由もない、とりあえずパーティ申請を済ませ、後日パーティ名を話し合って決めよう、と言う事でその場は決着した。
面倒な気持ちが先だったのは事実である。仕方なく、というのも嘘では無い。しかし、こうしてわいわいと大人数で騒ぐのが初めてな莉桜にとっては、結構な刺激だった。正直、ワクワクしている。
明日からの皆でのアグリノーツプレイを思うと、なんだか胸の辺りが温かくなるのだった。
少女は一人帰り道を急いでいた。今日は随分遠くの狩場まで来てしまったから。しかし、あの場であの人とパーティを組めるとは収穫だった。
「明日からちょっとは安心してゲームが出来ますね…」
少女――空は小さくつぶやく。その背後に、幾人かの影が迫る。
影は見る間に近づき、三人のアバターの姿を現した。
「お嬢ちゃーん、君みたいな華奢な子が一人でうろつくと危ないよー? 俺達みたいな神堕ちが襲っちゃうからー!?」
「ほんと、私ゲーム苦手なんですよ」
「…は?」
とびかかった三人の身体が硬直し、その場に転がる。空は彼らに近づくと、順番にアバターの頭を丁寧に踏み砕いて行った。
「ゲーム苦手なんです、簡単に勝てちゃうから」
「お、お前…」
「言い忘れてましたけど」
少女の背後にまばゆい光輪の如く神器が点灯していた。
「私、ランキング二位のアマテラスと言います」
にっこりと笑う空に、三人の神堕ち達は震えあがり逃げて行った。
「あの人には少し期待できると良いですね…」
夕日が間もなく沈む。
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