テーマ 幻覚 正

@Talkstand_bungeibu

underdog


 職場で一緒になった女性がいる。


 彼女は外国から来たらしく、一生懸命自分に対して伝えたいことを話してくれる辿々しい日本語をとてつもなく可愛らしく思えた。

 来たばかりで話す人がいないのか、いつも一人で何かを調べている彼女を愛おしく思えた。


 彼女と話す中で、彼女の好きなものや、彼女が暮らしていた場所の事を知れた。演劇を観に行くのが趣味なのだそうだ。

 その中でも特にオペラ座の怪人が好きで、悪役である怪人ファントムを心から愛しているらしい。


「アンダードッグ効果かな」

 俺の発した言葉に、彼女は目を見開いた。

「あ?」

 低い声で脅すようにそう言う彼女。

 誤解させてしまったか、と思い、翻訳機を使って、アンダードッグ効果について話してみると、彼女は首を傾げて、自分のスマホを取り出し、アンダードッグ効果について調べ始めた。


 アンダードッグ効果。

 不利で負けが確定しているような弱い者に対し、同情し、つい応援してしまうという人間の心理。


 彼女はスマホを見てから、俺の顔を見つめ、聞いたことのないくらい低い声で吐き捨てるようにこう言った。


「負け犬?」

 眉を潜める彼女。

 髪を耳にかける仕草。

「弱いから好き?」

 首を傾げる彼女。


 彼女は呆れたように息を吐き、何かを考えながらこう言った。


「너 왜 항상 그래?」

 彼女の発する言葉の意味が分からなかった。

「봐봐!! 아!! 짜증나!! 다 말할게!!!」


 立ち上がり、大声をあげ、俺の知らない言語で、まるで捲し立てるかのように、恐らく怒っている様子の彼女。


「突然どうしたの?」

 俺の言葉に首を傾げる彼女。

 そして、少し黙ってから俺に「なんで?」と尋ねた。

 なんで、か。

 俺は彼女になんと言えば良いかわからなかった。


「ただ、好きだから…」

 好きだから、貴方のことが、貴方の全てが気になる。

 そう言いたくてそう言った。

 すると彼女は目を見開き、下唇を強く噛み締めた。

 そして、息を吐いた。


「あのね」

 優しい声色の彼女。

 しばらく何を話そうか悩んでから、こう言った。「ありがとう」と。


 よかった。嫌われたわけではなさそうだ。

「そっか」

 俺がそう言いながら笑いかけると、彼女は俺から目を反らし逃げるように「スケジュールがあるから」とその場を立ち去った。


「じゃあ、また明日ね」

 俺がそう言うと、彼女はそのまま振り返らずに立ち去った。


 渡せなかった。

 そう思いながら、手元のチケットに目をやる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る