第11話 夕凪の告白

夕凪の自宅を訪れて以来、あれから僕と夕凪は大学でも一緒に行動するようになった。大学とは不思議だ。男女が仲睦まじい姿を晒しても誰も気に留めない。教授ですら。まさに最後の学生生活の特権だ。別々だが互いに違うバイトを始めて会う頻度は最初と比べて減った。


気づけば夏休み。夕凪の自宅にて。

「そういえば、最終レポート全部終わった?」台所で食器を洗いながら、テーブルでゆったり小説を読んでいる夕凪に問う。「いえ。あと1つです。」「おっ。流石、早いね。僕はまだ3つ残っているよ。」「そうなんですか。じゃあ、多少アドバイスするので今から書きましょう。その分、今日の夜、伽は満遍なく淫らに。」最近夕凪、積極的だなぁ。「あ、うん。ご自由に。…よし!食器完了!」「いつもありがとうございます。本当に優次は家事が好きなんですね。」台所周辺に飛び散った水を拭く。「うん?まあ、高校3年になってから実家の掃除や料理等やり始めたからかな。」ぱたっと夕凪は小説を閉じて会話に入るよう僕を見る。

「へー。」

拭いたタオルを干して答える。

「うーん。具体的には高校卒業後一人暮らししようと決心したからかな。なるべく一人でも生活できるように?あとは運動にもなるし、料理なんかは日々献立を工夫して完成させる作業がなんか癖になるんだよなあ。」

夕凪は感心した表情をしていた。

「家でただドラマや小説を読んで空疎ではあるけど、家事もやると密度が高まってポジティブになれるし。」

テーブルにいる夕凪の向かいに座る。

「すごいね。優次は…。」

ん?表情が曇った?珍しいなあ。そのまま彼女は口を開く。

「実は私、あまり家族や親戚には恵まれなかったの。両親共に代々医者の家系で昔から勉強は強要されていたの。親戚もみんな国家公務員や公認会計士等だし。とにかく勉強に厳しい家柄なの。小学生の頃から猛勉強して認められるのに必死で遊ぶことなんて全くなかった。できなかったら父親から罰を与えられていたのも確か。」

「それはきついね…。」「うん。お金には苦労しなかったけど、これまで私に対して誰も、本当の愛を与えてはくれなかった。中学から本格的に不貞腐れて勉強が嫌いになった。そんな時小説にハマったの。今までまともに勉強しかしてこなかった私の人生観が変わった。こんなに面白い物があり脳髄が痺れたのは初めてだった。その後は、勉強だけは何とかやりつつ、自分の部屋で図書室から借りた本をよく読んでいた。高校の進路時期が始まっていずれ大学の文学部で学びたかったけど、到底親はそんな将来性のない学部に反対するだろうから、最終的に優次と同じ経営学部に入学したの。ごめんなさい。恋人なら自分の話もっと早くするべきだしたよね。」

「ううん。そんなことないよ。お互い本当の意味で打ち解けあうカップルなんて大体長期的だし。それに、僕に真剣に教えてくれてありがとう。嬉しいよ。」

「そんな、こちらこそ長い自伝話に付き合ってくれて嬉しいです。けど、私これからどうすれば良いでしょうか?」ん?「大学を卒業してもやりたいことはないし、このまま普通に就職しても親には見放されてしまいます。結局、私は小説読書のみのしがない無価値な人間なのでしょうか?」

「そんなまさか。夕凪は嫌いな勉強だってできるし、小説なんか僕より読み込んでいて好きな作家には長文のファンレターをよく書いて送ってるじゃないか。それだけでも、十分価値はあるよ。」「本当に?」僕は笑顔を作る。

「うん、大丈夫。僕と一緒に価値を見出そう。自分の人生を狭めるのは自分だけ。逆に、広げて豊かにするのも自分だけ。夕凪が力不足でも僕は気にしない。まだまだカフェや動物園等のデートもしてないし、たくさん夕凪と行きたい場所もある。…人は人がいるだけで救われる。だから、これからも一緒に。」そう述べたのは男の意地なのだろうか。

夕凪は涙ながらに、「ありがとう。」と言う。

「私"満足"したよ。」

満足?何に?

刹那、夕凪は眠るようにテーブルにストンと体を前に落として俯いた。「夕凪っ!?どうしたの!?」なんだ!?急に気絶したのか?僕は彼女に寄り支えて安否を確認する。顔が俯いたまま。すると、夕凪の口が開き突如声を発する。

「触るな。ウジ虫がっ。」

その声は夕凪だが、黒く悍ましい力が感じられた。

……えっ?「夕凪…?」

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