令和五年七月 夜明け

「んっ……」

 随分と懐かしい夢を見た気がする。

 仁詩と初めて体を重ねたあの日のことは今でもはっきりと思い出せるし、自分は幸せだったんだなって断言もできる。


 本気で私は仁詩のことが好きで。

 本気で私は仁詩をきっかけに与えられた夢を追いかけて。

 本気で私は仁詩の未来を邪魔しちゃいけないと思って。


 二人三脚で仁詩は無事に東京の大学に合格して、私は地元名古屋の大学に合格して。私達の恋人関係はそれで終わった。後悔はしていないはずだった。

 でも……。


 ――正式にまたお付き合いさせてください。七華ちゃん。


 今はすやすやと眠っている仁詩の頭を撫でる。あの日から私達は何度も体を重ねてきた。恋人だったときも、恋人でなくなってからも。

「ねぇ、仁詩。夕顔の話、覚えてる?」

 律儀な光源氏は身分違いにも関わらず夕顔を妻として迎えようとした。結局、生霊に殺されたからそれは叶わなかったけど。

「って、古文はもう忘れたって言ってたね」

 豊橋先生を想像すると面白いな、とも言ってたね。最初にいいじゃんって言ってくれたの、あなたでしょーが。

 私が昔のことを記憶に残しすぎているだけなのだ。


 そっと、ベッドから立ち上がり、窓から外の景色を見た。名駅のビル群に少しずつ朝の光が差しかけている。

 眠れない夜はもう終わったのだ。

 

 もう一度ベッドに潜り込んで、それからすぅとひと呼吸。

「……仁詩君」

 夢の中の……昔の自分に教えられたまま、今は動いてみよう。

「私は今でも……いや、ずっと、あなたのことが好きです。だから、また私と――」


 今日のモーニングは大須に行こう。初デートで行ったあのカフェへ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

七華の恋(R-15版) 九紫かえで @k_kaede

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画