第5話 アッシュ、冒険者になる

 建物に入って早々、俺は受付の所に一直線に向かった。


 建物の中はかなり広い。

 一階の広場には長いテーブルと椅子のセットがいくつもあって、そこから上の階の通路が見える構造になっている。

 天井はガラス張りとなっていて、太陽の光が程よく広場を差していた。


 そういえば、そこで昼寝してる職員を見た気がするが、気にしないでおこう。

 俺には関係ないしな。


「ようこそ、冒険者ギルドへ! ご依頼でしょうか?」


 受付嬢の挨拶に、俺は軽くお辞儀をした。


「いえ、冒険者になりたいんですけど、ここで合ってます?」

「あっ、新規の子ね。じゃあ、まずは名前と年齢、あと出身地を教えてもらえるかしら」

「はい。アッシュ・ケイオス、15歳です。生まれはグレイ村です」


 そう言うと、受付嬢は急に驚いたような顔を出していた。


「グレイ村……一人で来たの?」

「えっと、はい。そうですけど……ご存じなんですか?」

「仮にも冒険者ギルドの業務員だからね。周辺の土地には詳しくないと。それにしても、最近の若い子は凄いわね。この時期に冒険者になるのもだけど、一人で来るのも結構珍しいんだから」


 こういうのはよく分からないけど、目の前にいる受付嬢は良い受付嬢だと思った。

 紙に何かを書きながら、客を退屈させないように適度に話しかけてくれる。


 運が良い。

 周辺の土地どころか、右も左も分からないような俺にとっては、かなり頼りになれそうな人に出会えたな。


「じゃあ、色々と質問させてもらうわね。まず、戦闘経験はある?」

「父さんの付き添いで、狩りに何度か」

「得意な武器は?」

「ご覧の通り、剣です。まぁ、いわゆる我流ですけど」

「ふふっ、冒険者なんて、皆そんなものよ。で、魔術の経験はある?」

「簡単なものなら少しだけ……戦闘に役立つかは、まだ」

「魔術経験もあるのね。農民育ちにしては、なかなか鍛えているのね」


 これまた意外といった目で俺を見ていた。


 他の村の子がどういうのとかは、あんまりよく分からない。

 交流する機会はないし、周辺の話となると決まって農作とか貰った【祝福】が凄かったとかで、それ以上の詳しい話は聞かないんだよな。


 ただまぁ、受付嬢の話を聞くに、鍛えている方なのだろう。

 農民の中では、だと思うけど。


「戦闘経験は多少あり、と。最後に質問だけど、どうして冒険者になりたいの?」

「どうして、ですか。大した理由というか、他の人からすると怒られるかもしれないんですけど……」

「構わないわ。これは私の個人的なものだから、誰にも言わないわよ」

「……世界を旅することです」


 冒険者は、ぶっちゃけ金稼ぎの手段に過ぎない。

 誇りに思ってる人はいるだろうから、正直には言わないけど。


 聞けば冒険者には、依頼を必ず受ける義務があるらしい。

 当然の話だ。

 冒険者だって仕事の一つなのだから。


 世界を自由に旅したい俺からすれば、そういうのは足枷にしかならない。

 だからまぁ、冒険者じゃなくても良いぐらい稼げたら辞めようとも思ってる。

 これも正直には言わないけど。


「それはまた、どうしてかしら?」

「知りたいからです。父さん譲りの好奇心あるんですけど、俺は、俺の知らないことを知りたいんです。本とか人の話で聞いたものじゃなくて、直接。この足で行って、この目で見て、この手で触ったりして。……あ」

「……クスッ」


……やらかした。


 つい熱くなってしまった。

 けど、そんなに笑わなくても良いじゃないか、受付嬢のお姉さん。

 こっちは本気なんだから。


 そんな俺の視線に気づいたのか、手で『ごめんね』のポーズをして謝罪した。


「ご、ごめんなさいね。あなたがクールな人だと思っていたから。結構、熱いところもあるんだね、キミ」

「あー、えっと……クール、か」


 少し恥ずかしくなって、俺は思わず手で頭を抑える。


 クールな人、か。

 初めて言われたな、そんなこと。


 けど、ようやく合点がいった。

 村の人たちどころか、父さんにも『変わったな』って言ってたけど、自分じゃよく分からなかったんだよな。

 前は二人みたいにはしゃいでいたけど、最近は確かに落ち着いた感じだった気がする。

 やっぱり二人と別れて三日引きこもったせいか、色々変わったのかもしれない。


……夢で熱くなっちゃうところだけは、変わってないみたいだけど。

 

「はい、ということで、これが冒険者カードよ。一見何も書かれてないように見えるけど、この水晶にかざせば、所有者の詳細が浮かぶようになってるのよ」


 そう言われた俺は、出された水晶に青い冒険者カードをかざしてみる。

 すると水晶の中から文字が浮かんでいた。


――――――――――

名前:アッシュ・ケイオス

ランク:十級

年齢:男

出身:グレイ村

登録地:フェスリティア都市

祝福:なし

――――――――――


 と、こんな感じだった。

 まぁ、知っていることばかりだった。

 【祝福】も、やっぱりないみたいだし。


 とは言っても、初めて見るものに、俺は少しだけ興味が湧いていた。

 こういうものが見れただけでも、やっぱり村を出た意味はあったと思う。


「どうやってできてるんですか、これ。素人ですけど、凄いものだってことは分かりますよ」

「そうね。私も凄い技術だと思うわ。けど、できたのは百年以上も前で、誰が作ったとかの話が一切分からないらしいのよねー。あっ、あと登録料、三千ゴールね」

「…………へ?」


……サラッととんでもないこと言ったぞ、この人。


 思わず目を見開いた。

 同時に変な声も出た気がする。


 え、これそんなすんの。

 冒険者になるのに金かかるとは聞いてたけど、そんなすんの。

 いや、払えないわけじゃないんだけどさ。


 ゴールってのは、つまり俺のいる大陸で使われているお金の単位だ。

 この国では紙の貨幣が流通されているわけで、一千ゴールで安い宿が一泊二日できる。

 つまり、三千ゴールは三日分の宿が取れるというわけだ。


 俺が持っているお金は、何もせずにいれば十日しか住めない額。

 ここで冒険者になれば、もう一週間しか生きれないということになる。


「お、思ったより高いんですね。あっいや、確かに登録料がかかるとは聞いてましたけど……」

「う、うん、そうね。最近色々あって値上がりしちゃったのよね。あと三日早かったら、二千ゴールだったんだけど、ね」


 思わず空を仰ぐ……天井だけど。

 あと三日て、俺が村を出た日と同じじゃねぇか。

 どうしてそこで俺の運の悪さが出るんだよ、本当に。


「えっと、この街の学生なら無料で登録できるんだけど……払える?」

「え、えぇ、一応は……最悪、夜中このギルドに居座ってても大丈夫ですか?」

「うーん、まぁ、迷惑にならないようにしておけば、かな。あとは――」


 一旦気持ちを切り替えて、俺はお姉さんの話を聞いた。


 冒険者の利点はいくつかある。


 一つは、道具の割引。

 ここでの道具っていうのは、武器とか回復薬とか、とにかく森や洞窟を探索するのに必要なもののことだ。

 冒険者ギルドは付近のお店と提携している。

 そのお蔭もあって、冒険者に必要な道具を価格が少し安めになっているらしい。


 ……金が少ない俺にはありがたい話だ。


 二つ目は、身分を持てる。

 この街に入る時、俺は紙に色々書いたり犯罪歴がないかしっかり確認したりと、色々と面倒なことをやらされていた。

 けど、冒険者カードがあれば、それも容易になるらしい。

 カードを渡すことで、少なくともさっきみたいに紙に書いたりすることが減るみたいだ。


 最後に、冒険者ランク制度だ。

 ランクというのは、いわゆる冒険者としての強さだ。

 自分のランクが高いほど、受けれる依頼が増えていくらしい。

 ランクの高い依頼ほど命の危険も増すけど、その分報酬も高くなるようだ。


 そんなランクの階級は数字で下から十級、九級……一級のように分かれている。

 始めたばかりの俺は、当たり前だけど十級だった。


 他にも色々あるが、基本的なメリットはこんなもんだ。


「とりあえず、今はこんな所かしらね。他にもあるけど、それは追々教えるわね。これからギルド職員から基礎訓練とかも受けられるけど、どうする? 一応、無料なんだけど」

「そ、それは無料なんですか?」

「最近決まったのよね、これも。命掛けの仕事ってもあるけど、最初から強い子を低いランクからスタートさせるのは勿体ないからってのが理由で作られたらしいわ」

「なら、ありがたく受けさせてもらいます」

「分かったわ。じゃあ、訓練担当の人を呼んで来るから、広場の方で待ってて」


 そう言ってお姉さんは受付から離れた。


 まぁ、言われた通りに待つか。

 そう思って広場に行こうとした時だった。


――彼女と出会ったのは


「ねぇ、ちょっと良い?」


 そんな女性の声と同時に、後ろから肩を軽く叩かれた。


 誰だと思って、俺は後ろを振り向くと、そこには――


「あなたも、新しい冒険者だよね?」


 一人の少女が、俺の前に立っていた。

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