第3話 夢への一歩は懺悔から

 二人がいなくなってから、三週間が経った。


 俺はある一つのことを決めていた。

 そして今日、それを実行することにした。


「アッシュ、どこ行くつもりだ?」

「……父さん」


 日が沈みそうな時間。

 村から少し離れた・・・・・・・・場所で、俺と父さんは対面していた。


 父さんの顔が怒っているのは、多分気のせいじゃないだろう。

 というか、そうさせてる自覚はある。

 だって俺は――



――村を出ようとしたのだから。



 『同じ過ちは犯すな』、父さんが信条にしている言葉の一つだ。


 数年前に、俺が一人で王都に行こうとして失敗した。

 そのことは忘れたわけじゃないし、今でも反省してる。

 もう無茶はしないとも、しっかり約束した。


 これは、間違いなく約束を無視している。

 前と同じ危険なことを、俺はもう一度しようとしている。


 だから父さんはきっと、怒っているんだろう。


「アッシュ、もう一度聞くぞ。どこに行くつもりだ、一人で?」


 殺気、というんだろうな、これ。

 体が、俺の意志とは別に震えている。

 父さんが殺気を浴びせる姿は見たことあったけど、喰らうのは初めてだった。


 下手な嘘はつけられないな、これは。


 ……端からそうするつもりはないけど。


 正直、バレずに村を出れる可能性はかなり低いと思っていた。

 父さんの信条は、父さん自身も心得ているからだ。

 また息子がまた出て行かないように、ある程度見張っていたんだろう。


 だからすぐに気づいて、先回りができたってわけだ。

 俺を引き戻すために、多分仕事を放り投げて。


 けど、今回ばかりは譲れない。

 もう決めたことだから。

 立ち止まりたくないから。

 俺の夢を、絶対に叶えたいから。


「村を出ようと、思ってる」


 だから、俺は正直に話す。

 これが俺の、最初の試練だ。


「どうしてだ?」

「俺の夢だから。知ってるだろ、父さんなら」

「世界を旅する、か。ずっと言ってたもんな、お前」


 ふっ、と父さんは笑った。


「笑わせるな、アッシュ。まともに戦ったこともない奴が、村を出るなんて言うもんじゃないぜ。しかも俺にバレずにコソコソとしてたんだから、なおさらだ」

「言えば、父さんは却下するだろ。前のこともあるし、そう簡単に『良い』と言ってくれないだろう?」

「まぁな。けど、それだけじゃないだろう。アリスは? リリィのこともあるんじゃないか?」

「……痛いとこ突くな、今日の父さんは」

「そうさせたのはお前だ」

「……うん、そうだね」


 否定はしない。

 近所の人達には、口では『大丈夫』って言ったけど、実際はそうじゃない。

 たまに夢に出てくるし、二人の話を聞くと少しだけ吐き気も出てくる。


 だけど、二人のことがあったから、村を出ていくわけじゃない。


 そもそも俺は――


「俺は……二人が羨ましかったんだ」

「羨ましい、か。怒りではなく、嫉妬ということか?」

「違う、羨ましい、だ。似てるようで、全然違うよ」


 そう、全然違う。

 恨んでいるわけでも、怒っているわけでもない。

 俺は、二人が羨ましかったんだ。


「二人はただ、自分が目指していたものになりたかったから、その道を選んだだけ。自分勝手なのは、多分俺の方だ。俺は、【魔王】討伐よりも、一緒に旅に行って欲しいって思いの方が強かったんだ。本当に、酷い話だろ、父さん」


 本当は、【勇者】なんて危険な道を進んで欲しくなかった。

 二人が王都に行く前から、俺がずっと思っていたことだった。


 好きな人を、大切な人を、誰だって危険な道に進ませたくなんてないだろう。


 ……まぁ、俺の世界を旅するってもの十分危険なんだろうけどさ。


 もしも俺達の中で最低な奴を選ぶんだとしたら、それは俺だ。


 俺が、最低だったんだ。

 弱くて自分勝手で、それで二人の夢を邪魔していた。

 そんな最低な男だったんだ、俺は。


 それが、引き籠ってた間に出た、俺の答え。


 そして、そんな情けない自分を変えたいと思った。


「変わりたいんだ、今の弱い自分から。ここに居続けても、俺は過去に縛られたままだ。それじゃあ、いつまで経っても変われないッ。そりゃあ剣の腕は未熟だし、お金だってそんなにないけど、それを理由に、もう立ち止まりたくない。だから俺は、村を出る。これが理由だ、父さん」

「ふっ、合格だ!」


 そう言って父さんが投げ渡してきたのは、一本の長剣だった。

 しかも新品だ。


「父さん、これは?」

「いつかのために、前から買っておいたやつだ。そんなボロい剣で我が子を旅に出させるかっての。あと金もな。こんくらいありゃ、とりあえず一ヶ月はどうにかなるだろ?」

「い、良いのか、父さん。うちって、貧乏なんじゃ?」

「アッシュ、親は子のためにいつだって蓄えているもんだぜ。子の知らない所でな」


 思わず絶句してしまった。


 前から思ってたけど、父さんって何者なんだ。

 農民なので何故か槍術の心得があったり、やたら知識が豊富だし、何故か行商人と結構顔見知りだし。


「んで、これは親からの助言だ。最初に向かうなら、中立国のフェスリティア都市に行くと良い。あそこは、身分の差とかそこまでないから生きやすいだろう。それにフェスリティアには、冒険者ギルドもある」

「冒険者、か」


 父さん曰く、冒険者というのは冒険者ギルドから仲介してもらった仕事を受ける者たちのことらしい。

 森林や洞窟なんかに生息する凶暴な生物を退治したり、古代の遺跡を探索したり、そしてある時には困っている市民を助けたりと、とにかく何でも屋みたいな仕事だ。

 世界ではなくとも、旅をしながら稼ぐ者もいるから、今の俺にとっては確かにうってつけの職業だった。


「フェスリティアは特に、新人の冒険者が登録する上で人気な場所だ。それに、稼ぎながら世界を旅するのにもうってつけだからな、冒険者は。まずはフェスリティアで基礎を学べ。それで仕事が安定してきたら、また別の場所に行けば良い。そこからは、お前の自由だ。どう変わるかは、お前次第ってことだな」

「父さん……本当にありがとう」

「ふっ、感謝されることはしてねぇよ。お前には、色々と辛い思いをさせたからな。これでも足りないくらいだ」


 そう言って、父さんは俺の肩に手を置いた。


「あとは、これだけは忘れるな。『一人でどうにかしようとするな、必ず仲間を頼れ』。この言葉は、絶対に忘れるなよ、アッシュ」


 経験談なんだろう。


 ……寂しいな、少しだけ。


 けど、これで良い。

 激励を貰ったんだ。

 なら、もうあとは進むだけだ。


「ああ、忘れないよ、父さん。じゃあ……行ってきます」

「おう、無理して身体壊すなよ」

「父さんこそな!」


 そうして俺は、グレイ村故郷を後にした。


 走る。

 ただひたすらに、俺が選んだ道へ。


 ここからだ。

 これから始まるんだ。


 俺の冒険が、俺の旅が、俺の夢が――始まったんだ。

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