第2話 好きな人は【勇者】のものに
『こ、この子達は、二人共【聖女】の【祝福】を持っている!』
一人の神官の叫び。
一瞬にして周囲の大人達は、二人をまるで王族みたいに対応するようになっていた。
その一方で、俺は何の【祝福】も授からなかった。
珍しい話ではない。
【祝福】を持つことの方が、普通は珍しいのだから。
だけど、それを聞いた時のリリィの顔が、とても落ち込んでいたのを今でも覚えている。
それから二人は王国の人達に連れて行かれて、一週間後には【聖女】として世界に発表されていた。
発表された場には、アリスとリリィ以外の【聖女】と……【勇者】がいた。
同じ年で、顔立ちが良い。
生意気で不誠実そうな金髪の少年、ルークという男が、【勇者】として選ばれていた。
そして二人が村に帰って来たのは、発表から一ヶ月経った後だった。
『最初は断ろうと思ったの。私は【聖女】じゃなくて、【勇者】になりたかったからさ。選ばれた【勇者】の子も、偉そうで変な目で見てきてたし。でも、お父さんもお母さんも喜んでたからさ。とりあえず、15歳まで【聖女】として頑張ってみようって決めたの。その後に、もう一度考えて良いって』
『そ、そうなんだね。じゃあ、二人は三年後に帰って来るってこと?』
『はい。使命はありますが、私もあの人が【勇者】なんて到底思えませんでしたからね。とは言っても、【聖女】として鍛える為に利用させて頂こうと思います。お兄様も、サボらず訓練して下さいね。もしかしたら、【勇者】の力が覚醒するかもしれないんですから』
『分かってるよ、僕だってちゃんと頑張るから。二人共、気を付けてね』
それから二人は王都の学校に通うことになり、同時に【聖女】としての訓練も受けることになった。
忙しいだろうに、二人は月に一回手紙を送って来てくれていた。
手紙の内容は、王都での過ごし、学校の勉強、【聖女】としての訓練とかだった。
そして決まって必ず、【勇者】への愚痴が書かれてあった。
手紙を見る限り、どうやら【勇者】は相当の女好きらしい。
会って早々に胸とか尻とか触って来たり、他の女の子と同じように口説いて来たりと。
それは物語に出てくるような、誠実で優しい、アリスが憧れ、リリィが慕うような【勇者】の姿ではなかったそうだ。
……【勇者】って何だ、マジで。
とにかく、俺は完全に安心しきっていた。
だけど一年が過ぎた頃、変化が起きていた。
徐々に二人は【勇者】に対してフォローが入るようになった。
それどころか、称賛するようなことまで書いていたのだ。
当然、俺は不安になった。
一度だけ、父さんにも言わず一人で王都を目指したことがあった。
ただ、その時の記憶はよく覚えていない。
気づいた時には家で身体中包帯を巻かれた状態でベッドの上にいた。
父さんが言うには、野盗に襲われていた所を助けてくれたらしい。
それで今までにないくらいに説教されて、俺は大人しくすることしかできなかった。
その間も来る手紙には、もう【勇者】に対する不満はなくなり、『ルーク君』『ルーク様』と呼ぶようにまでなっていた。
そして最後に来た手紙には、こう書かれていた。
『アッシュと違って、ルーク君は【勇者】様なんだよ』
『お兄様、ルーク様は、本当に【勇者】様かもしれません』
それきり、手紙が来ることはなくなった。
何が起こっているのか、嫌でも分かった。
……俺は、振られたのだ。
半年後に二人が村に帰って来た時、俺はそれをより確信した。
誰でも分かるくらいに、二人は【勇者】に心底惚れ込んでいた。
【勇者】の取り巻きでも構わないというくらいに、心の底から。
アリスの方は、【勇者】の呼び方から明らかだった。
俺の名前を呼ぶ時と、弾んだように言う『ルーク君』。
ずっと一緒にいたからこそ、それが好意を持った言い方なのは、嫌でもすぐに分かってしまった。
リリィの方は、まぁ、当然の話ではあった。
偽物である俺ではなく、正真正銘の【勇者】を支えること。
それが彼女の役目で、そして一番やりたいことだったのだから。
もう、俺の力ではどうすることもできなかった。
ここで泣き叫んだとしても、多分二人からの俺の評価が下がるだけ。
いや、この場合は周囲の王国関係者達も、か。
……笑い者にされるのは、嫌だな。
だから俺の答えは、一つだけだった。
「……分かりました。将来の話は、なかったことにします。アリス、リリィ。俺は、二人の将来に祝福があることを祈っているよ。【魔王】を倒す旅は大変だと思うけど、俺は応援してるから」
「ありがと、アッシュ! 私、【聖女】として、必ず【魔王】を倒すから!」
「お兄様……今までお世話になりました。必ずルーク様を立派な【勇者】にさせて、使命を果たしてみせます!」
その後、二人はすぐに王国の人達と共に【勇者】のいる元へと去って行った。
一泊する余裕がないくらい、【勇者】パーティーの仕事は忙しいらしい。
二人の姿が見えなくなるまで、俺は感情が動くことはなかった。
最初は、何も思ってないそんな自分に、少し腹が立った。
だけど、すぐにそれは違うんだって気づいた。
「……あ、え?」
無理してたんだと思う。
二人の姿が見えなくなって、自分の部屋に戻った途端、涙が溢れ出ていた。
覚悟していた筈だった。
納得できていたつもりだった。
だけど心は、気持ちは、半年程度じゃ納得できなかったみたいだ。
二人がいなくなって、ようやく自分の気持ちを理解した。
本当に、好きだったんだ、アリスのことが。
本当に、大切に思っていたんだ、リリィのことを。
二人共、本当は行かないで欲しかったと、叫びたかったんだ。
だけど……もう二人はいない。
好きだった女の子も、大切にしていた妹も、もういない。
『ぁ――ぁあ、アアアアアアッ!!』
だから泣いた。
泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣きまくった。
多分、生まれて一番泣いたと思う。
たくさん泣いた後、俺はしばらく部屋で引き籠るようになった。
「アッシュ、飯、できたぞ」
「……あぁ」
「……そうか。扉の前に置いとくから、ちゃんと食っとけよ」
「……あぁ」
幸いにも、父さんは何も言って来なかった。
慰めることもなく、叱ることもなく、一人の時間をくれた。
多分、知っていたんだろう、下手な言葉が余計な刺激になることを。
そのお蔭か、三日ぐらいで外に出れるようになっていた。
だけど、一つだけ問題があった。
――俺は涙を流せなくなっていた。
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