殲滅のアッシュ~真の勇者は平穏に暮らしたい~

幻想タカキ

第1章 勇者再臨編

第1話 ただ世界を見てみたかった

《古代の遺跡 ■■■■》


「……ぁぁ」


 やばい、死にそう。

 いや絶対に、死ぬ。


 ……どうしてこうなったんだろう。


 貫かれた心臓・・・・・・を見ながら、そう思った。


『ゼンインヤッタカ』

『ニンゲン、コロシタ』

『アノオカタノ、サクセンドオリダ』


 体は黒く、二本の角を頭から生やし、まるで絵本で見る悪魔のような化け物達。

 そんな化け物達が、倒れた人達を見ながらケラケラと笑っていた。


「……さいあく、だ」


 俺はただの凡人だ。

 どこにでもいる平穏な村で育った農民の息子。

 女神からの【祝福ギフト】を持たない、普通の人間。


 それが俺、アッシュ・ケイオスだった。


「……たく、ない」


 将来は世界を旅して、素敵な嫁さんを見つけて、そんで平穏に暮らしたい。

 そんな普通の夢を胸に、精一杯頑張って生きていたつもりだった。


 それが一体どうして、よく分からない怪物に殺されかけないといけないのか。


 俺が一体、何をしたって言うんだ。


「ぐッ……まだ、死にたく、ない」


 吐血と同時に、本音がこぼれ出す。


 本当に、どうしてこんなことになったんだろうか。


 いや、原因は分かっている。

 だけどあまり思い出したくなかった。


 だってそれは、俺の不幸な人生の始まりだったから――



――――――――――



《グレイ村 村長の家》


 それは、突然のことだった。

 

「アッシュ、将来の話、なかったことにして欲しいの」


 アリスは躊躇いながらもそう言い放った。


 茶色の長い髪を垂らした俺の幼馴染にして初恋の人。

 将来は結婚しようと、子どもの頃に約束した仲だった。


「……そう、なんだ」


 村長の家。


 俺は、対面に座ったアリスに、そう言い返した。

 他に言葉が思いつかなかった。


「私、ルーク君を支えていきたいの。【勇者】になれたくてなれなかった私に、『一緒に来い。一緒に【勇者】になろう』って、そう言ってくれたの。だから私、【聖女】として、【勇者】のルーク君を支えようって決めたの。私は、自分の夢を諦めたくない。だから、ごめんね。一緒に世界を旅するのは無理なの。本当にごめんね」


 ……ルーク君、か。


 【勇者】とは、【魔王】を倒す為に女神から選ばれた者のこと。

 そして【勇者】を支える為にいるのが、【聖女】と呼ばれる女性達だそうだ。

 既に【勇者】を支える【聖女】のメンバーは5人いるとかで、噂じゃ全員と付き合っているとか。


 もっと言えば、【勇者】のパーティーは固定の【聖女】以外にも何人もいるらしい。


 アリスは、【聖女】の一人として選ばれていた。

 そして、【勇者】と一緒に行きたいと言ったのだ。

 夢を語り合い、将来の約束までした俺ではなく。


 色々と押し潰れそうだけど、まだ終わらない。


「お兄様、私も同じです。最初は胸とか触ってきたりして、最低な人だと思っていました。けど、分かってしまったんです。あの人こそ、本当の【勇者】様なんだと。先祖代々からの使命を果たす為に、私も【勇者】様と一緒に行きます。だからお兄様と一緒に行くことはできません。それに……お兄様は、本物ではありませんでしたから」

「……そうだな」


 義理の妹、リリィからの言葉に、俺は否定するものがなかった。。


 『本物ではありません』、か。

 確かに俺は偽物だった。


 リリィは、代々【勇者】を支援する為に生きる家系だったらしい。

 だけどある日、一族が一斉に襲撃を受けたらしく、そんな中でリリィは生き残り、どういうわけか父さんが拾って養子にしたのが、俺との出会いだった。


 ……『息子は【勇者】だ』という嘘を言って。


 多分、父さんはリリィに希望を与えたかったんだろう。

 聞けば、襲撃を生き延びて発見された時の彼女の姿は酷くボロボロで、呪いのように『勇者の為に』と呟いていたそうだ。


 それを知っていた俺は、今日まで本当のことを言わずに過ごしてしまった。

 リリィが怒っているのも、当然のことだった。


 【勇者】の条件は二つある。

 女神からの【祝福】で、【神聖力】と【全能】を授かっていること。

 そして、聖剣【リヒト】を引き抜けることだ。


 俺は、そもそも【祝福】を持っていなかった。

 そして条件を満たしていた本物の【勇者】と出会ったことで、リリィは俺が偽物だと気づいたんだ。


「で、二人はこう言っているが、どうする?」


 神官の男が、俺にそう聞いてくる。


 つまり、二人とは別れるよな、と言っているのだ。


 大人達からの圧力が、嫌というほど感じる。

 王国の関係者、そしてアリスの親である村長までもが、俺に無言の圧力をかけていた。


 知っているんだろう、俺達がどんな約束を交わしていたのかを。

 微笑混じりの神官の姿が、その証拠だ。


『アッシュ一人だけなんて心配だし、私が【勇者】になって【魔王】を倒した後なら、一緒に旅しても良いよ』

『わ、私もお兄様とお供します! あっ、アリス姉様は帰って来なくても大丈夫ですからね』


 夢を語り合った日、そう笑顔で二人から言われたのを、今でも覚えている。

 そう言ってくれただけでも、俺は幸せだった。


 アリスは、とても可愛いかった。

 村で同じ年だったのが俺とアリスだけで、小さい頃からずっといた。

 【聖女】に選ばれる前から剣が上手くて、凄く優しくて、俺がアリスに惹かれるのに時間はかからなかった。


 そんな彼女と一緒にいられる時間がずっと続くと、そう思っていた。


 全てが変わったのは、三年前。

 12歳で必ず受ける、【祝福】を授かっているかを確認する為、王都の神殿に行った時のことだった。


 ……それが俺の、辛い三年間の始まりだった。

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