第36話 姉弟
俺はそのまま何と、4つほど離れた部屋へと入れられた。
部屋の扉の前で、手錠というか手枷が外されたんだけど、ドアが開かれるとその中へ文字通りぶち込まれた。
なんというか、乱暴なんだけど、犯罪者の扱いというよりも、違う感情で手荒になっているような気もする。
「くそッ、羨ましい奴め……」
「言うな、悲しくなる。俺だって……」
「だってよ、うぅぅ……」
何か言っているがよく聞き取れない。
何だってんだ、いったい。
一人残された部屋の中で茫然としていると、さっきの女性が一人で入ってきた。
よく見ると凄い美人だ。
というか、どことなくサクラにもローズにも似ている。
「あのー」
「まず、座るがよい。そこだ。」
示されたのは、ふかふかなソファーだ。
言われた通りソファーに腰を下ろした。
すると、なんと女性は、手ずから茶を淹れ俺に差し出した。
「遠慮なく飲むがよい。」
そういわれましても、とてもじゃないけどそんな気分ではないですよ。
とはいえ、女性は普通に寛いで飲んでいらっしゃる。
毒とかはなさそうですが、安心はできませんよ。
「さて、では聞こうか。」
整った顔は美しく、しかし一切の笑みを漏らさず冷たい表情でそう言った。
「ええと、何を、でしょうか?」
「そちは何故ここへ来たのだ。」
えーと何これ、トンチか?
「いえ、何故も何も、今まさに連れてこられたんですが?」
「そちはたわけか?」
「そうかもしれませんが……」
「そうではない、この地に、何をしに来たのかを聞いておるのだ。」
「それは……」
「あの者とはどういう関係なのだ。」
「いや、あの者って」
「そちは何者なのだ。」
矢継ぎ早に質問を繰り出す女性。
そんな事より俺が聞きたい。この状況は何なんだ、と。
「あの、良いですか?」
「何だ?」
「なぜ、お、私はここへ連行されたのですか?なぜ捕縛されたのですか?なぜ茨の牢獄ってところに投獄されるのですか?そもそもあなたは何者なのですか?」
「なんだ、そんなことか。」
「そんな事って……」
「そちには元王族をかどわかし、あまつさえラディアンス国王殺害を扇動し、今度は隣国モンテニアルへと侵攻をしているという『疑い』がかけられておるのだ。」
「はい?」
「わらわは寛大ゆえ、そちの言い分も聞いてやろうと言っておるのだ。ちなみに茨の牢獄とはここの事だ。さあ、話せ。」
「いえいえ、ですから、貴女はいったい?」
「おお、そうであったな。わらわは、えーと……偉い人だ。」
「はい?」
「うむ、それこそ、とっても偉い人なのだ。これで充分であろう。」
充分じゃない!
何となくだが、この人、楽しんでないか?
すると、やおら腰に挿した剣を抜き、俺に突きつけた。
「さあ、話すのだ。」
いや、危ないですって。
というか、何だろう、そんな行為すらかっこよく見えてしまうのは、この人が美人だから、なのだろうか。
いやいや、んなことは今どうだっていい事だな、うん。
「わかりました、お話しします。」
その言葉に、ピクリと方眉を動かした。
「うむ、しょ・う・じ・き・に、な。」
コホン、と咳払いをして
「王族をかどわかし、国王殺害を扇動し、隣国へ侵攻する、という事実はございません。」
「ほう……」
「以上です。」
「それだけか?」
「これだけです。」
一瞬の静寂が訪れた。
「そちは、今己が置かれた状況は把握しているのか?」
「はい。状況は理解しているつもりです。」
「ならば、そちが何者かのかを話せ。」
「その必要はないと思います。」
「……では、連れの者は何者なのだ。」
「それも話す必要はないと思います。」
気のせいか、この女性剣を突き付けている割には殺気がない。
というか、また一瞬ニヤっとしなかったか?
「貴様、死にたいのか?それとも、連れがどうなっても良いのか?」
「死ぬつもりはありません、それに、連れの者へ危害を加えるというのなら……」
「加えるなら?」
「暴れます。」
「暴れるか、暴れてどうするつもりだ。」
「連れを救出して逃げます。」
「ふむ、そうか、ならば……」
その時、ドアが突然開かれ、入ってきたのはサクラだった。
「そこまでです、いい加減にしなさい。」
サクラは部屋に入るなり、そう言い放った。
「サクラ?」
「ふむ、どうやらわらわの楽しみはここまでのようだな。」
「は?」
「なんか騒がしいと思ったら、やっぱりお姉さまでしたのね。」
ローズもやってきた。
リサとカスミもやってきた。
リサは今人間形態だ。
「お姉さま?」
「はい、この子は私の妹、第二王女のプラムです。」
「はー……」
「まあ、多少は楽しめた。これで満足するとしよう。すまなかったな、タカヒロ殿。」
「はぁ……」
「もう、相変わらずそのいたずら癖は治らないようですね、プラム。」
「姉上、いたずらではありません。これはわらわの遊び心です。」
「本当にすみません、タカヒロ様、妹がこのような事を。」
「いや、それは良いんだけど、しかし、なぜこんな手の込んだ事を?」
いたずらにしちゃ兵まで動員して大掛かりすぎないか?
「うむ。実はな、早馬の知らせを受けたのちにここまで迎えに来たのだが、せっかくだからそなたの事を知っておこうと思ってな。」
「俺?」
「そうだ。我が王国復権に助力し、姉上が信頼し、聞けば英雄よりも強いという、そなたの本性をな。」
「本性って。」
「試した事はすまぬが、そなたの本性が垣間見えてよかったぞ。」
「垣間見えた、ですか。」
「そなた、自身よりも姉上の事を一番に考え答えておったであろう。
普通なら、姉上の素性をペラペラとしゃべって自己の保身を優先するであろうな。しかし、そなたは一言も言わなかった。」
それは当たり前だと思うけどな。サクラを危険に巻き込むなんてできないだろ、普通。
「タカヒロ様……」
「あんな大事の後だ、何があってもおかしくないと思える現状で、それだけ他者へ配慮できるというのは、並みではない。」
「実は、顛末の詳細はプラムへは知らせておりません。要点だけを伝えていたのです。」
「うむ、その中にな、そなたの事が妙に詳しく書かれておったのだ。」
「プ、プラム!」
妙に詳しくってところがちょっと引っかかるな。
「そこでな、普段の姉上では考えられない書き方であった事がひっかかってな、
それ故こうして一芝居うったわけだ。ちなみにだが、この剣も衛士の槍も模造であるぞ。」
「それが模造刀ですか?本身にしか見えませんが。」
「良い出来であろう。わらわの弟の作品だ。」
まぁ、俺の事がどう書かれていたのかは知らないが、サクラの事を心配した結果、というのはよく理解できる。
方法はどうあれ、安心してくれたのなら騙されたというか、揶揄われた甲斐はあったってもんだろ。
「わかりましたプラム姫。この件について私は何も気にしませんので。」
「そうか、そなたは優しいのだな。」
「いいえ、プラム姫こそ、サクラ達、いや、サクラ姫を案じての事だと理解しておりますから。」
「ところで、だ。」
「はい。」
「姉上をサクラと、妹をローズと呼び捨てにするならば、わらわも呼び捨てでなければならぬ。わかるな?」
「あ、いや、それは…」
「いやも応もなかろう、普通に接しなければそのほうが不自然ではないか?な。」
「あー、はい、わかりました。プラム。」
「敬語も不要だ。」
「わかったよ……」
「ならば!」
といいつつ今度は兵士の一人が乱入してきた。
まだ何かあるのかよ!
「そういう事であるなら、我の事も呼び捨てにせよ!」
誰だよ!
「ラーク、あなたまで来ていたのですか?」
「あー、ラークお兄様!」
お兄様?ってことはもしかして
「我はラディアンス王国第一王子、ラークである!」
やっぱりか。
しかし、これまた美男子すぎるだろ。
なんだ、ラディアンスの王族は顔面偏差値マキシマムなのか?
「貴殿の事は兄上と呼ばせてもらおうぞ!」
「ちょーっと待ってください!」
「敬語も要らぬ!」
「いやだから、なんで俺が兄上に?」
「これは異なことを。此度は婚姻の報告に参ったのであろう?」
「「「婚姻?」」」
俺とローズとカスミは一斉にサクラを見る。
さっと顔をそむけるサクラ。
「ん?違うのか?書簡には良人とともに訪問すると書かれておったぞ。」
「いやいやいや、俺たちはそんな、まだ」
「まだ、と言ったな。なら遅いか早いかの違いだ、ならば今ここで婚姻を約束すればよい!」
「は?」
「さあ、今すぐ誓いのチューをせよ、さあ、早く、チューを!」
「しねーよ!」
「ぬう、やはりそなた、姉上をかどわかして」
「違うから!」
なんなんだ、この姉弟は!
「俺はまだ、サクラに告白もしてない!好きだけど、今はそれどころじゃないんだよ!」
「何を言う!男子たるもの、思いに忠実でなければならぬであろう、兄上、さあ、今すぐ!」
「だから待てって!」
もう、本気で疲れる。
「あのな、俺はサクラが好きだ。それは誓って本気だ。でもな、俺はやらなくちゃいけない事がある。サクラにも国の王としてすべき事がある。」
「タカヒロ様……」
「だから、一緒になる事ができないってのが現状なんだ。それを解決できる何かを見つけるまで、無責任に告白もできないんだよ!」
「笑止!」
「へ?」
「無責任?だから何なのだ?男は惚れた女を手に入れる、娶る、守る、それが責任であろう!」
「そ、それはそう……いやいや!違うから!」
あぶないあぶない、納得しそうだった。
「ちッ、抜け目ないな兄上。」
「兄上はやめよう。だから、解決策を見出すまでは、事を大きくしたくないんだ。サクラに負担になる。」
シーンとする一同。
あれ?俺、間違ってるか?
「理解した。そなた、その決意を信じよう。また、その言葉、ここにいる全員が聞いたこともわらわが証明しよう。」
「プラム……さん?」
「では、今日のところはこれで解散だ。ラーク、引き上げるぞ。」
「しかし姉上……」
「よい、わらわ達も拙速すぎたようだ。明日がある。わかるな。」
「そうですね、わかりました。」
「では、騒がせたな、わらわ達はこのまま帰る。明日再びまみえる時を楽しみにしておるぞ。」
「帰るって、今からですか?」
「そうだが、何か? あ、それとだな、夫のフリはもう必要ないぞ。」
「へ?なぜそれを?」
帰るって、今から?
もう夜8時くらいだろ?
ま、まあいいけど。
「あ、そうそう、兄上、姉上は兄上を」
「ラ、ラーク!」
「あ、あはは、ではな!」
「もう……」
騒がしい兄弟だったな。
もしかすると、サクラも素はあんな感じなのかもしれないけど。
……そうなのかな?
「タカヒロ様、すみませんでした。妹たちが、その」
「あ、ああ、いいんだ、そんな事。あの人たちもサクラの身を案じての事だし、たぶん。」
「しかし、私にも原因が、その…」
「あー、それなんだけど」
申し訳なさそうに小さくなっているサクラの手を取る。
「サクラ、その、俺の口からきちんと伝える。でも、それはまだ待ってほしい。」
「タカヒロ様……」
「俺の気持ちはさっきの通りだ、でもまだ解決の糸口さえ見つけられていない。」
「タカヒロ様、それは……」
「でも、きっと解決できる手が、何かあるはずだ。それが見つかるまで、待っていてほしい。」
「タカヒロ様……」
「あーゴホン!」
あ、まだローズもカスミもリサもいたんだっけ。
「あー、なんか暑いわねココ!さ、部屋に帰ろ、ローズ、リサ。」
「う、うん。」
「?????」
なんかリサだけ事態を把握していないのか、?マークが頭にある。
そうして3人は出て行った。
「あー部屋に戻ろうか。」
「はい。」
これはまた、今日は寝られそうにないな。
ローズとカスミ、リサは部屋に向かって歩いている。
「ねえ、ローズ、アンタはこれでいいの?」
「ん? 何が?」
「いや、アンタもタカヒロの事好き、なんじゃないの?」
「うん、大好きだよ。」
「じゃあ」
「ん?何か問題でも?」
「いやいや、問題もなにも、アンタはタカヒロの事あきらめるっての?」
「何で?あきらめるわけないじゃない。あたしも結婚すればいいだけだし。」
「は?」
「え?」
この日、俺たち一行はリサを除いてみんな眠れなかったようだ。
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