第34話 王国再生

 騒動の後始末は簡単ではなかった。

 俺が屠った主力級の者以外に、それに付き従う雑兵も、結構な数がニーハさんや英雄たちに始末されていた。

 その死体はもはや人の体を成していないものもあったが、それらも含めて全てかき集め、身元がわかる程度には修復されている。

 これは、前国王の暗殺と王国乗っ取りの実行犯、そしてそれに加担したものを晒すための処置だ。

 今回の騒動において、前国王側の正当性を示すための重要な証拠とするため、だそうだ。


 この世界の司法制度はいまいちわからないけど、最終判決の権利は国王側にある程度与えられているらしい。

 とはいえ、その辺りも国王の匙加減でどうにでもなる、という面も当然あるのだろう。

 三権分立という制度は、この世界というか、この国にはないのだろう。

 それはすなわち、前国王までの王政が上手くいっていたことの証左でもあるのだが。


 「タカヒロ様、コレはここで宜しいのですか?」


 ニーハさんが鉄くずを宮庭の一角に集めてくれていた。

 あのトラもどきである。

 謎でしかない、オーバーテクノロジーのロボット。

 それに、人間技ではないダルシアとかいう奴の去り際。

 恐らく根は想像以上に深い。

 これはもう王国だけの問題ではないような気がする。

 この鉄くずは、それを調べるための重要なアイテムだ。


 と、こうした物理的な後始末とは別に、政治的な後始末もある。

 実はそっちの方がもっと大変なのだそうだ。

 そっちに関しては、もはや俺は門外漢なのでノータッチを決め込むことにした。

 なにより、サクラは


 「これは王族の責務です。」


 と言ってたし。

 王族でも何でもない俺が携っていい事でもないだろうしね。

 なのでこうした「外の後始末」を買って出たわけだ。


 そんな後始末は3日に及びようやく落ち着いたのが今日の昼、なのである。

 サクラによる国賊ワキムカン討伐の宣言がなされたのは昨日、城下町はそれ以来お祭りムードだ。

 俺たちは一息ついた後、レジスタンスをはじめとした協力者も招いての食事会を開くための準備に入った。

 勝利の祝賀会と銘打たないのは、ただただ王政を元に戻す為、事情とはいえ国内で刃傷沙汰どころかクーデターを起こした事などの理由があるからだそうだ。

 こういう所が、サクラを初めとしたこの国の王族が支持される理由の一つかもしれないな。


 食事会はつつがなく、しかし大盛況のうちに終わった。

 俺は、食事会には参加しなかった。

 あくまでサポートした一員であって、さらには王国民どころか、この世界の人間じゃないからだ。

 サクラは


 「それは許されません!タカヒロ様は今回の一番の立役者なのですよ!?」


 と言ってくれたのだが、あくまで主役はサクラ達元王族の面々なんだよ。

 もちろん、ファルク達英雄はこの世界の人間であり、立役者でもあるので参加は必須だろう。

 でも、おれは何処まで行っても外様なんだよな。


 何なら、ワキムカンとダルシア以外を討ち取った咎は、俺に全部負わせても良いとまでつい言ってしまった。

 そう言うと、サクラとローズはメチャクチャ怒った。

 そりゃもう、俺は正座して小さくなるくらい激怒した。

 まぁ、そりゃそうなるよな、ごめんな。


 という事で、俺とピコは食事会会場の外、ベランダの隅っこでずっと佇んでいる。

 ここから、王国復興に沸くみんなを見ているんだ。

 感慨深いものがある。

 これだけでも、俺は満足だな、うん。

 ピコは何故だか、ずーっと俺をそのつぶらな瞳で見つめている。

 まるで俺を責めているような、労っているような、何と言うかサクラと同じ気持ちでいるように。

 まぁ、気のせいだろうけどね。

 ちなみにリサとカスミは食事会に出席している。

 彼女たちには労いも必要だし、滅多に食べられない豪華な食事を満喫してもらいたい、という思いもあって参加を促したんだ。


 リサは人型に変化してもらい着飾ってもらったんだが、これはちょっと失敗した。

 とにかく、その凛として美しい姿は目立ってしまうのだ。

 主役がサクラとローズとリサの3人になってしまい、特に見知らぬ美女のリサに注目が集まってしまった。

 そのうえ

 メチャクチャ豪快に肉にガブりつき、酒をあおるワイルドさが、さらに注目を集めてしまったのだ。

 まぁ、一応無礼講だ、こういうのもアリだろ、うん。

 と、全員からの祝杯受けが終わったのか、サクラがやってきた。


 「もう、タカヒロ様。本当にこんな所に一人でいらっしゃるなんて……」

 「ああ、サクラ、ピコも一緒だしそれはもう良いんじゃないかなー?」

 「ふふ、言ってみただけです。」


 結構飲んだのだろう、ほろ酔い、ではなく明らかに酔っている。

 でも、足取りはしっかりしているし、酩酊とまではいっていないようなので一安心ではあるな。


 「いいのか?中。」

 「ええ、ひと段落しましたので。」

 「そうか。」

 「ご一緒してよろしいですね?」

 「もちろん、というか、一緒にいて欲しいさ。」

 「タカヒロ様……」


 サクラは俺の前まで歩み寄り、そっと抱き着いてきた。


 「皆を代表して私が伝えます……ありがとうございました。」

 「ああ、力になれてよかったよ。これで恩も少しは返せたかな。」

 「いいえ、恩だなんて、私は貴方に何もしてあげられていません……」

 「いや、そんなことはないんだよ。」

 「タカヒロ様……」

 「サクラは途方に暮れていた俺を助けてくれた。それにミーア山賊団の仲間にしてくれたじゃないか。」

 「そんな事……」

 「俺はとても助かったし、嬉しかった。感謝してもしきれないさ。」


 抱き合ったままそう話し、すこし間をあけて見つめ合う。


 「でも、これでタカヒロ様はもう……」

 「そうだな、使命とやらを成すのが、次のすべき事だし、な……」

 「……イヤです、イヤです!」

 「サクラ?」


 見つめ合うサクラの瞳から、今にも雫が落ちそうだ。


 「これでお別れなんて、イヤです!私は、私は、ずっとあなたと……」

 「サクラ」

 「私は、私にはタカヒロ様が、貴方が、必要なのです、これからも……」


 ひとすじの涙がサクラの頬を伝う。

 胸が苦しくなるが、こればっかりはどうにもならない


 「サクラ、俺はこの先どうなるかわからない男だ。でも、君はこの先この国を元に戻して維持し発展させていかなくちゃならない。」

 「タカヒロ様……」

 「わかるだろう?仕方がない事なんだよ。」

 「そんな事、そんな事言わないでください……」


 「ま、まぁなんだ!サクラの他に国をまとめる人が居れば、ずっと一緒に旅でもできるんだろうけどな!あははは……」


 ちょっと物悲しい雰囲気を変えたくて、無理に明るく変な事を言ってしまった。

 俺、こういうシチュエーションは苦手なんだよ、ごめんな、サクラ。


 「……他、に?」

 「サクラ?」

 「……」


 一瞬の間をおいて、サクラは俺から静かに離れた。

 その顔には、何かに気づいた表情と、何かを決意した表情が同時に浮かんでいる。

 涙を落したまま、サクラは女王らしく凛とした表情と姿勢ににかわり、俺の前に立つ。


 「タカヒロ様。」

 「は、はい?」

 「仮初の女王として命じます。明日、私と共にモンテニアル王国へ同行してください。」

 「は?」

 「明朝、出発です。命令ですよ?」


 そう言うと、サクラは踵を返して振り返ることなく中へと入っていった。


 「何なんだろう、いったい……」


 何かを決意したみたいだが、何?モンテニアル王国?何処よそれ?

 まぁ、行くのは良いんだが、何しに?報告かなんかか?


 「モンテニアルは東の隣国……」

 「おわッ!」

 「プラム姫がいる……」

 「フ、フランさん、いつの間に?」


 しかも、またメッチャ睨んでいる。

 怖いよ、フランさん。


 「タカヒロ様……」

 「は、はい?」

 「あ、あの、その……」


 ん、睨んだままだけど、頬が赤くなってる。

 酔ってんのかな?


 「……好き。」

 「え?」

 「あ、じゃなくて、その……ありがとうございます。」

 「あの、それはどういう」

 「あの時、助けてくれた。死なずに済んだ。」

 「あ、ああ、あの時、ですか。」

 「とても感謝している、それに、好き。」

 「……」


 もう、パニックですよ。

 好き?

 俺を?

 何で?

 え?


 「フランさん、酔っていらっしゃるのですか?」

 「飲んでない。酔ってない。好き。」

 「いやあの、その」

 「でも……」

 「へ?」

 「姫達がいる。その末席でいい。よろしく。好き。では。」


 それだけ言って、フランさんは消えた。

 本当に消えたよ、何だあの人、忍者か?

 いやしかし、好きって……

 ずっと俺が憎くて睨んでいらっしゃったのでは?

 すると、いつの間にかカスミが来ていた。


 「あんたねー、ま、さしずめ混乱してるってところね。」

 「カスミ。」

 「アンタ理解できてないでしょ?さっきのフランのアレ、告白だからね?」

 「いや、そんな気はするが、だってさぁ」

 「いい歳して何で女心が分かんないかなぁ…」

 「女心っておまえ……」

 「まぁいいわよ。でさ、」


 何が良いんだろう、いや、俺は良くないんだけど


 「黙れ鈍感。それより、サクラ、どうすんのよ。」

 「鈍感てお前、ああ、いや、サクラなぁ……」

 「アンタも一緒に居たいんでしょ?正直。」

 「そうだな、俺、たぶんサクラを好き、なんだと思う。」

 「まーそう思ってる時点で確定よ。で、どうすんのさ。」

 「どうも何も、サクラはここで女王として国を立て直さなきゃいけないだろうよ。」

 「そうなんだけど、そうじゃなくて、別れても良いのかって聞いてんの。」


 良いわきゃない。

 俺だってずっとサクラと一緒に居たいさ。でもなぁ……


 「煮え切らないわねぇ、まぁ事情が事情だし、しょうがない気はするけどさ」

 「まぁあれだ、何かこう、今後も一緒に居られる方法があれば、解決なんだがな。」

 「じゃあ探せよ!それを!」

 「探すったってお前、あー、まぁそうだな、探すべきかな。」

 「ん、アンタもたいがい前向きな奴なんだから、手探りでも前に進めば良いんじゃない?」

 「そうだな、うん。」


 そうだな、俺が動かないと、サクラだって現状を甘受するしかないだろうしな。


 「ありがとう、カスミ。」

 「まあ、アンタのフォロー範囲が広すぎるってのはアレだけど、役目だしね。」

 「そうか……アレってなんだよ?」

 「やかましいわ。」


 そうして、夜は更けていった。

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