第27話 救国の英雄立ちはだかる

 街道入り口に到着したのは夕方近くだった。

 逃走経路の確認はすぐに終わり、いくつかのパターンを組んで最速で逃げられるルートの打ち合わせも終わった。

 警戒はしつつも他にすることが無いので、焚火で暖をとりゆっくりと体を休める。

 夕食は焼いた肉を挟んだパン、それとあったかいスープだ。


 俺のバッグは色々と際限なく物が入るようで、調理具などもこの中に仕舞っていた。

 しかも、生鮮食品を入れておくとそのままの状態で保存してくれる。

 つまり、バッグの中は時間経過がない、という事みたいだ。

 ますます何とかポケットみたいだな、これ。

 どういう理屈かはわからんが、便利なアイテムである。


 すると、ダイゴ子飼いの間者という者が現れた。

 その人が状況を教えてくれる。


 「英雄一行は明日昼前にはここに到着する模様です。」


 英雄一行は馬車ではなく馬での移動のようだ。

 今頃は同じように休息しているんだろうな。

 間者さんはそれだけ言うと姿を消した。


 さて、という事は明日の朝まではゆっくりできるという事だな。

 リサがいれば害獣も寄ってこないだろうし。

 昨夜同様、サクラは俺と同じ掛け布に包まっている。

 今日は昨日よりも落ち着いて眠れそうではある。


 で、朝。

 街道の向こうを見ると、意外と早く英雄一行が来たようだ。

 夜明け前に出発したんだろう。

 英雄一行は4名。

 あの先頭に立つ男が英雄なんだろうな、チクショウ、イケメンじゃねえか。


 俺は迎え撃つべく、街道のど真ん中に通せんぼをするように仁王立ちで立つ。

 俺の横にはリサ。サクラとカスミはちょっと離れた後ろに。

 やがて英雄一行は俺たちの前まで来て進行を止め、下馬して徒歩でこちらに近づいてきた。


 「あなた方は?ここで何をしているのですか?」


 極めて冷静な様子で質問を投げかけてきた。

 隣に立つ巨大な狼の姿のリサを見ても、顔色一つ変えないのはさすが英雄、という所か。


 「あなた達はもしかして、英雄様御一行ですか?」

 「はい、僕たちはこの先に巣食う、極悪な山賊団の討伐へ行くところです。道を開けていただけませんか?」


 極悪な山賊団、ときたか。

 その極悪の定義を問い質したい所だが、そんな時間をかけているヒマはない。


 「残念ですが、ここを通すわけにはいきません。何故なら、民の為に尽力している善良な者たちが、極悪非道な英雄を騙るものに襲われるとお聞きしましたんでね。」


 外連味たっぷりに言ってみた。

 どういう反応をするのか、確認したいこともある。


 「善良な者たち?英雄を騙る者?」

 「その通り。英雄が民を守る山賊団を討伐するなんて、そんなワケがありませんよね?

 まして、わざわざ策を弄して挟撃するなんて、ね。」

 「何を言っているのですか、僕たちは国王直々に依頼され事情も理解しました。

 とある山賊団が商人一行を惨殺、その護衛も一人残らず惨殺し金品を奪ったとの事。」

 「それは、誰情報なのですか?俺たちはこの近辺を拠点していますが、そのような話は初耳なのですが。」


 つまりはアレか、この人達は事実と異なる適当な作り話をされたうえで、討伐を請け負ったわけだ。

 という事は、英雄一行に手を出すのは良策、とは行かなくなったな。

 さて、どうするか。


 「それに僕たちは極悪非道と謂われる覚えはありませんし、英雄を騙っている者でもありません。」


 お、徐々に闘気らしきものが出てきたな。

 とりあえず、事の真相を明らかにする事を優先しよう。

 手を出すのはまだ早計だな。


 「一つ、英雄さんに聞きたいんだが、よろしいですか?」

 「……何でしょうか。」

 「依頼した国王って、誰なんですか?」

 「それは……ラディアンス王国国王です。」

 「俺はよそ者なのでその国も国王も知らないんだけど、貴方はその国を、国王をよく知っているのですか?」

 「ッ…!」


 動揺がみえた。

 どうやら、ラディアンス王国の事件の事は知っているようだな。

 山賊団の話も、おそらくは眉唾で聞いたってところか。

 王国の現状すら知っているだろうに、なぜ英雄と呼ばれるほどの者がそんな作り話に乗っかっているんだろうな。


 「それは貴方が知る必要はありません。僕たちは、依頼されたことを実行し達成するだけです、さあ、そこを退いてください。」


 英雄さんは剣に手をかけて、そう言い放った。

 そこにサクラが割って入る。


 「お待ちください!ファルク様!」


 俺の隣まで来たサクラを見て、ファルクさんとやらは驚いた表情を見せた。


 「ひ、姫様!姫様ではないですか、なぜここに!?」


 あー、なるほど、彼らを知ってるって言ってたな、そういや。


 「現国王であるワキムカンに何を言われたのかはおおよそ想像ができますが、それが嘘だと見抜けない貴方ではないはずです。」

 「そ、それは……」

 「なぜ、罪もない山賊団を討伐する愚行を遂行しようとしているのですか。」


 たぶん、それは英雄としての存在意義、あるいは矜持の問題だと、彼らは思っているんだろうな。

 その作り話は、おそらく国中に喧伝、広報されているんだろう。

 断れば英雄としての名声は地に落ちる、そう思っているんじゃないだろうか。

 そんな肩書が本当に必要なのかは俺にはわからないけど、この世界じゃ、この人たちにとっちゃ必要なんだろう、きっと。


 「あなたが討伐しようとしているのは、私がリーダーを務める山賊団です。」

 「!!」

 「現国王が、元王族である私達を抹殺しようとしています。貴方はそれを知りながら討伐へ向かうというのですか?」

 「し、しかし……」


 「ファルク……」

 「ファルク、どうする?」

 「……」


 一行の人たちも一緒に、明らかに現状に戸惑っているなぁ。

 ここで俺たちに手をかければ、元王族の抹殺者として民衆から不興をかう、いや、糾弾すらされるだろう。

 そうなれば英雄という称号なんて軽く吹っ飛ぶだろうな。

 しかし、ウソ話とはいえ外堀を埋めた状態の国王からの依頼を放り投げてしまうのも、英雄としては取れない選択だ。

 なにしろ英雄としては国家からの要請は絶対と思っているはずだしな。


 「えーと、英雄さん、聞いてほしいんだけど。」

 「……はい。」

 「まだ自己紹介してなかったな、俺はトモベタカヒロ、サクラの団の一員だ。」

 「姫を呼び捨てに?」

 「あー、そこはスルーしてくれ。それで、君たちは結局国王のウソの依頼も、元王族の抹殺もできない状況に置かれた、そうだろう?」

 「……」

 「そこでだ、大義名分を保ったまま、解決する方法があるんだが、聞いてくれるか?」

 「それはどういう?」


 うん、話は素直に聞いてくれるみたいだな。


 「今ここで、俺と決闘しようじゃないか。それで敗走しその旨を国王へ報告すれば、君の立場も、サクラ達も救われると思うんだが。」

 「それは、できない相談……」

 「できない、じゃなくてしたくない、だろ?」

 「ッ!」

 「救国の英雄、だったよな。己じゃなくて、国、国ってのはすなわち民を救うっていうのが英雄なんだろう?」

 「そ、それは……」

 「これが、お互いにとって最適な回答だと思うんだが、どうかな?」


 ま、策としてはこんな所なんだが、英雄さんからしたら、俺は英雄に決闘を申し込むような強者には見えないだろうな。


 「ですが、貴方が僕の相手をして、ただで済むと思っているのですか?」

 「あー、知らねえよ、うん。」

 「言っておきますが僕は腐っても英雄と呼ばれている者です。僕と相対するなんて自殺行為ですよ。」

 「うん、英雄だそうだな。

 でもさ、俺は相手が何であろうと、大切なものを守る為なら戦うんだよ。自己の保身なんざ要らないんだ。」

 「ッ!!」

 「英雄なんだろう?相手にとって不足はないぞ。」

 「……わかりました、受けましょう。僕と貴方の一騎打ちですね。」

 「タカヒロ様、大丈夫なのですか?」

 「サクラ、今は俺を信じて、応援してほしいな。」

 「はい、わかりました。」


 そうして、俺は英雄と対峙した。

 正直、勝てる気はしない。勝ち目は微塵もないだろう。

 ただ、死にはしない事だけはわかる。


 俺はバッグをサクラに手渡し、腰だめにシューティングスターを構える。

 対して、英雄さんは両手で剣を握り前に構える。

 うん、さすが英雄さんだな、隙が無いように見えるし圧も凄い。


 「いくぞ。」


 先手を放ったのは俺の方だ。

 わざわざ声をかけたのは、こちらに殺意がない事を示すため、それとこちらが戦下手であると思ってもらうためだ。

 突進し左拳で英雄さんの左肩を突く。

 さすがに英雄と呼ばれるほどの者だ、そんな素人の俺の攻撃が通る訳がないなんてわかりきっている。

 そう、通るわけが。


 「がぁッ!」

 「え?」


 英雄さん、左肩を突かれて数歩下がった。

 構えはそのままで再び対峙するが、今度は英雄が仕掛けてきた。

 隙を見せないままに剣を振るってくる。

 戸惑いと葛藤で動きが鈍っているのだろうか、余裕で英雄の剣を躱し、空いた腹部に蹴りを放り込む。

 体をくの字に曲げ、動きを止めてしまう英雄さん。

 すかさず間合いを詰めて脇腹に拳を入れると、英雄さんはその場に崩れ落ちた。


 あっけにとられる一同。

 サクラも驚いているようだ。

 というか

 一番驚いているのは俺なんだが。

 というか、絶対手を抜いてたよな、英雄。


 「ゴホッ、ば、ばかな、この僕が一方的に、なんて」

 「おい、英雄さん、アンタワザとだろ?何で避けない、てか何で本気でかかってこないんだよ。」

 「そんな、僕は油断もしていないし手も抜いてません。あなたは、何者なのですか……」

 「んなわけないだろ、いくら何でもさー。」

 「いずれにしても僕の負けです。悔しいですが……」

 「うーん、じゃあ、これで一応決闘は終わり、でいいのかな。」


 英雄との闘いは、あっけなく終わった。

 英雄が手を抜いていたのかどうかなんてのは、もはや関係ない。

 さっきの俺の提案を飲んだのか、というのも、もうどうでも良い、かな。

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