第26話 二人きりの迎撃隊

 さて、サクラは重武装で馬にまたがっている。

 俺はいつものようにリサに跨り、カスミも同乗している。ピコもいつも通りだ。

 俺たちは街道の入口、つまりラディアンス王国側へと走り出した。


 最低限の食料、そして旧王国門外不出の秘薬、というものを携行している。

 その秘薬ってのは、怪我などをすぐに直すという、いわゆるポーションみたいなものだそうだ。

 市場には出回る事のない秘薬、ラディアンス王国の極秘事項の一つだと、サクラは教えてくれた。

 こんな便利なものを市場へ流さない理由は、たぶん、アレなんだろうな。

 この世界にゲームのようなポーションというモノは流通していない。

 そんな便利なモノがあると無茶をする者が後を絶たず、さらには悪用される恐れもあるんだと思う。

 もっとも、その製造は普通ではできないっていう理由もあるんだろうな、きっと。


 夜の帳が降りたころ、俺たちは野宿するために止まった。

 焚火をして持ってきた食料を食べて、早めに寝る事にした。

 体力は可能な限り温存しておかなくちゃな。

 とはいえ、すぐに寝られるものじゃない。

 英雄との対決や拠点の心配など、考えることが多いからなぁ。

 ぼんやりと月を眺めていると、サクラも寝付けないのか、横に座った。


 「眠れないのですか?」

 「そうだな、ちょっと気が張っているみたいだ。」

 「あの、こんな時に言うのもなんですが、その、ローズの事、ありがとうございました。」

 「あー、良いんだよ、そのくらい。力になれるならお安い御用だ。」

 「優しいのですね、タカヒロ様は。」

 「そーかな?そんなことはないと思うんだけどね。」

 「いいえ、そんな所が、貴方の魅力だと思います。」

 「魅力、ねぇ、そんな事言われたの、初めてだよ、何か、照れるな。」

 「ふふ、そういう所も、ですけれどね。」


 いわば危機的な状況にもかかわらず、穏やかな時間だなぁと感じる。

 何となくだけど、サクラとこうしていると安らぐんだよな。


 「なぁ、サクラ。」

 「はい。」

 「サクラも色々と、悩みとかあるんじゃないの?それこそローズ以上に。」

 「なぜでしょう?」

 「いや、そんな気がしてさ。」

 「そんなことはありませんよ?」

 「俺さ、助けてくれたサクラの傍にいて、力になりたい、そう思ってるんだよ。」

 「え、え?それは……」

 「俺の今の居場所は、ミーア山賊団なんだな。で、その居場所を与えてくれたのはサクラだもんな。」

 「……」

 「事情も事情だし、正直俺の使命とかは実感もないし実情も分からないから、それよりもサクラ達のほうが放っておけないんだ。」

 「……」

 「ローズもだけど、俺はサクラを、君を守りたい。今はそれが俺のすべき事だと思ったんだ。」

 「……」

 「? サクラ?」


 なんかぼーっとして俺を見つめてらっしゃる。

 どうしたんだろ?

 すると、ハッとして


 「は、はひ!」

 「い、いや、大丈夫か?」

 「だ、大丈夫だす。」

 「だす?」

 「い、いえ、大丈夫ですよ?」

 「あ、ああ、そうか。」


 そうして、言葉が出なくなったところで俺は月を見上げた。

 サクラはなんか、まだ俺の顔をみてる。

 何だろう、俺、鼻毛伸びてんのかな?


 そんな時に、後ろの方からリサとカスミのため息が聞こえた。

 お前ら寝てたんじゃないのかよ。


 と、月の下の方に一直線に移動している光があった。

 流れ星じゃない、そういう速さじゃない。ゆっくりと、確実に移動している。


 「あ、あれは……」


 俺はあの光跡を見たことがある、というか、知っている。

 いや、俺の元居た世界ではごく普通に見られたものだ。


 「あ、“神の方舟”です!」


 サクラがその光をみて言った。


 「神の方舟?」

 「はい、時折夜空を漂う光の事を、神の方舟と呼んでいます。」

 「時折、というとたまにこうして見えたりするのか?」

 「はい、その正体は不明なのですが、神の方舟を見る事ができると幸運がもたらされる、と王都の女性の間では有名なのですよ。」

 「幸運?」

 「例えば恋愛成就とか、勝負事で勝てる、とか。」

 「流れ星に願いを、みたいなものか」

 「流れ星はすぐに消えてしまうため、それじゃ可哀そうだと、こうしてゆっくり流れてくれる光を神が流している、だそうですよ。」

 「へぇー、粋でロマンチックな事するんだな、神ってのは。」

 「ふふふ、神の存在は誰も信じていないのに、不思議ですね。」


 そうなのか、この世界は無神論者が普通なのか?

 でも、教会とかそういうのもあるんじゃないのかな?

 こないだの建物なんかモロ教会のあとみたいだったし。


 「これは、英雄との対決が上手くいく、という事なんでしょう、きっと。」

 「はは、そうだといいな。」

 「それに、私の……」

 「ん?」

 「い、いえ、何でもありませんよ?」


 何か消え入りそうな声でつぶやいたみたいだが、私の?

 ああ、そうか、悲願達成に明るい兆しがってことか。


 「はー……」


 またなんかため息が聞こえた。

 なんだっつうの、お前ら。

 というか、だ。


 あれは人工衛星で間違いないよな。

 ここが未来の世界だってのは、これでまた一つ証明された事ではあるんだが。

 1万年以上も残ってるものなのか、あの手の構造物って。

 まぁ、もはやデブリ化しているとは思うけども。


 異様に大きな月、人工衛星、そしてこの世界の文化や文明度合い。

 何もかもアンバランスに感じる。

 それらもこれから明らかになっていくんだろうか。

 まぁ、それよりもとりあえずは目先の問題解決が先だな。


 「さ、無理してでも寝ておこう。体力は温存しておかなきゃな。」

 「そうですね。」

 「あ、昼間の飲み物なんだけどな。」

 「あ、あの、変わった味の飲み物ですか?」

 「ああ、あれ強壮には良いんだが、夜に飲んじゃだめだよ。眠れなくなるから。」

 「は、はい! 絶対に飲みません!」


 ま、まぁ、不味いしな、あれ。

 あと3本あるけど、そうそう不用意に飲むことはないだろな、きっと。

 俺も飲みたくないし。

 あれ、どう調整してもあの味になるんだよなぁ。

 と、掛け布にくるまって横になろうとすると


 「タカヒロ様、冷えるといけませんので……」


 といい、サクラは同じ布に包まってきた。

 添い寝状態なのである。

 俺はまぁ嬉しいのだが、良いのかサクラ、それで。

 とも思いつつ、睡魔に身を任せるのであった。


 夜明けとともに再出発した。

 街道入口には今日中に到着するだろう、との事だ。

 そこで迎撃の準備をする予定なのだが、準備といってもそれほどすることはない。

 最低限、逃走経路の確保くらいなものだ。

 万が一どうにもならない状況になった場合、さっさと撤退するようにしている。

 まぁ、そうならないように俺が頑張るしかない訳だが、備えあれば憂いなしだ。

 聞けば、後方1キロあたりにジャネットさん達人狼族の群れが追走しているそうだ。

 状況を理解して、援護に来てくれたらしい。

 リサが教えてくれた。


 ありがたい事だな。いつか何かお礼をしなきゃな、ジャネットさんにもミノリさんにも。


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