第2章 王国奪還

第25話 救国の英雄

 「救国の英雄」と呼ばれる一行が、どうやらミーア山賊団をピンポイントで討伐しに出国したらしい。

 先般の懸念が現実になった、という事だ。

 昼食もそこそこに、全員が食堂に召集された。


 先ほどの報告を受けた時、サクラは立ち上がるとふらふらとよろめいた。

 とっさに受け止めて倒れることはなかったが、疲労も合わせてそれ程衝撃は大きかったんだと思う。

 全員が集合したところで、サクラが口火を切った。


 「やはり救国の英雄がこちらに差し向けられたようです。我々は、これを迎え撃たなくてはなりません。」


 一同、声も出ない。

 全員が緊張の面持ちで、ゴクリと唾をのむ音がかすかに響く。


 「諜報からの連絡では、約3日後に街道入口に到達する見込みだそうです。こちらは、今から出撃すれば、街道の外で迎撃できますが……」

 「お頭、よろしいですか。」

 「何でしょう、ダイゴ。」

 「出撃は可能ですが、相手は英雄の一行だけなのでしょうか?」

 「報告ではその通りです。物資等の兵站は同行していないそうですね。」

 「英雄にとっちゃ、いつもの討伐と変わらない、という事ですか……」


 そこにニーハさんが口を挟む。


 「であれば、何とか我々でも追い返すことは可能かと思われます。こちらは主戦力総出で向かえばよろしいかと。」

 「一応ですが、この時の事を想定して人選、装備などの準備をしてあります。」

 「ならば、時を開ける愚は犯せませんね、さっそく…」

 「ちょ、ちょっと、いいかな。」


 俺はどうも気になることがあり、たまらず話に割って入った。


 「タカヒロ様、何か?」

 「えーとだな、先日の盗賊に偽装したと思われる襲撃者の事を考えると、どうもその英雄だけを差し向けたとは思えないんだけど。」

 「それは、どういうことでしょうか?」

 「相手は名目上は俺たち山賊団の討伐、なんだろ? でも本当の狙いはこのミーア山賊団、いいかえれば前国王の残党のせん滅、じゃないのかな?」

 「その線が高いとおもいますな、という事は…」


 ニーハさんもそれは感じていたようだ。


 「つまり、英雄一行も本命ではあるんだろうけど、別動隊がひそかにこの本拠地へ襲撃をかける可能性が高いってことだな。」

 「……」

 「しかも、単なる雑兵じゃない。こないだと同レベルか、あるいはそれ以上か……」

 「まさか、騎士団が……」

 「その伏兵がどういうものか、現時点じゃわからないけど目的を考えると差し向けられることはほぼ間違いないと思う。」


 サクラはしばし黙考する。

 そこで俺は


 「聞いた限りじゃ、こちらの戦力を二分して追い返せるほど英雄一行は安易な存在じゃないみたいだし、かといって伏兵の程度も分からない以上、こちらの守りも手薄にはできない。」

 「それでは、私達が取れる対応は限られる、あるいは、無い、という事に……」


 全員が黙り込んでしまう。

 それはそうだろうなぁ。

 規模こそ不明だが、相手はここで一気につぶしにかかってきているとみて間違いないはずだ。

 なので、唯一取れる策としては、この拠点を固く守る事、に尽きるだろう。

 何しろ、今からじゃ援軍は期待できない。

 もっとも、その援軍そのものが居るかどうかも、俺には不明だし。


 「で、だ。」


 俺はそのうえで取れる策を一つ提案した。


 「英雄の相手は俺が一人でする。みんなはここを守ることに全力をあげるってのはどうかな?」

 「そ、そんな!タカヒロ様にそんな危険なことはさせられません!」

 「いや、守り抜ける確率が高い方法は、これが一番だと思う。俺にはリサ、カスミ、それに精霊たちが付いている。ピコもな。」

 「し、しかし、それでも相手は救国の英雄、人間の限界をはるかに超えた、勇者にも迫る程の猛者たちです。」

 「それに、タカヒロ様にもしもの事があれば、私たちは……」


 おお、英雄とやらはそれ程の評価なのか。

 てことは、かなりの強者、ミーア山賊団の面々でも勝てるかどうか、いや、敵わない程の者なんだろうなぁ。

 でも、だ。


 「あー、仮にだよ、この襲撃でもしこの団がなくなったら、俺は途方に暮れてしまう。

 何より、俺の変わりはたぶん他にも居るだろうけど、君たちの変わりはいないんだよ。」

 「そんなことは……」

 「少なくとも、ミーア山賊団、いや、元王国の王族、忠臣のみんなは国の再興を成さなけりゃならないだろう。苦しんでいる民の為に。」

 「そ、それは……」

 「大丈夫、俺は死ぬつもりというか怪我すら負うつもりはないよ。英雄一行に対して、勝つ必要はない、負けなければいいんだ、追い返すことが条件だからな。」

 「だとしても、それはあまりにも危険すぎます。」

 「危険の度合いなら、おそらくは伏兵も一緒だ。恐らくは英雄ほどの戦力はないと思うがいかんせん規模がわからない。注意すべきはそっちだと思うんだよ。」


 そんな問答を続けたのち、サクラは少しの沈黙を挟んだのちに決断してくれたようだ。


 「では、作戦を指示します。」


 一同は顔をサクラに向け表情をただし、清聴する。


 「街道以外の側道、獣道に警戒部隊を展開、ミーア山賊団は全員でこの拠点を防御、籠城します。」

 「おお」

 「さらに、トリス、ネリス公国へ援軍要請に走ってください。状況を説明すれば、最適な対応をしていただけるはずです。」

 「そして、防衛戦の指揮は、ローズを指名します。」

 「え!? お姉さま、それはどういう…」

 「これは命令です。誰一人損失することなく、守り抜きなさい。今のあなたにはそれができます。」

 「そうじゃなくて、お姉さまはどうするのですか、まさか……」

 「私は、タカヒロ様に同行します。」

 「「「「「 !!!!!! 」」」」」


 全員が驚愕した。

 俺も驚いた。

 かまわずサクラは続けた。


 「いかにタカヒロ様が強いといっても、単身で英雄の相手は無理があります。なので微力ながら私が援護します。」

 「それならば、私も」

 「ニーハはここを守るための要になります、同行は許可しません。」


 何というか、こういう時のサクラはすごく威厳がある。

 有無を言わさない覇気みたいなのを発揮する。

 そこにきて頑固な人だ、もう何を言っても覆すことはないだろうなぁ。

 団の皆も、それが解っているんだろうな。

 だれも反論しない。


 「以上です。すぐ行動に移ってください。解散!」


 その言葉に、全員が素早く行動を開始した。

 なかなかに統率が取れている。

 さすがに元王国の重臣達だな。

 いや、それにしても、だ。


 「あのー、サクラ?」

 「はい、何でしょうタカヒロ様。同行は取り消しませんよ?」

 「いや、サクラが行くって、その方がかなり危ないじゃないかなーって思うんだけど……」

 「問題ありません。彼らの事は知っておりますし、私もそれなりに戦う事はできます。」

 「お姉さま、タカヒロになら私が一緒に」

 「ローズ、籠城防衛戦に関しては、私達兄弟姉妹の中でもあなたが一番実力があります。あなたはここを守り抜いてください。」

 「は、はい。」


 まー、ローズにはそういう知識や経験なりがあるんだろうけども、何というか言いくるめている気もしないでもない。

 普通は頭が陣頭指揮を執って、最前線には出ないモンだと思うんだけどな。

 でも、英雄に面識があるってのも事実なんだろうし、もしかすると戦闘を回避できる可能性は高くなるのかな。


 「では、準備出来次第出発します。良いですね、タカヒロ様。」

 「あ、ああ、わかったよ。」


 とはいえ、さっきまで疲労の色が濃かったサクラだ。

 このまま出撃なんて無茶も良いところだろう。

 なので俺は、マリーのいる厨房に向かった。

 この間、滋養に良い飲み物をマリーと一緒に作ってみたんだ。

 それを頂きに行ったってわけだ。


 「ありがとう、マリー。」

 「こっちこそだよ、ダンナ。サクラ様を、英雄を、頼みましたよ。」

 「ああ、サクラは絶対に守るさ。英雄も追い返してやるって。」


 まぁ、言うほど自信はないけども、たぶん何とかなる。

 その確信だけはなぜかあるんだよ、これが。


 「サクラ、はい、これを飲んでおいてくれ。」

 「タカヒロ様、これは?」

 「疲れが溜まっているだろう? これは疲れた体に良い飲み物だよ。俺とマリーで作ったモノだよ。」

 「そうなのですか、タカヒロ様が。」


 サクラは瓶を手に取ると、何故か目を閉じて瓶を胸前で握りしめてから


 「では、ありがたく頂戴します。」


 といって一気に飲み干した。


 「あ、おい!それ!」


 この栄養ドリンクはかなり苦いし辛い。

 ぶっちゃけ激マズなのだ。

 それを一気に飲むなんて、言わなかった俺も悪かったが、サクラも確認ぐらいしようよ……


 「!!!!!」


 そういう顔になるよな、うん。

 しばし体を震わせて、すぐに何事もなかったように体を正した。


 「では、行きましょう、タカヒロ様、ごほッ。」

 「あ、ああ、大丈夫か?」

 「もちろんですわ!」


 この子、何というか、凄いな。

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