第24話 ローズの問題解決

 翌日、俺はサクラに断って、ローズを伴なってミノリさんの所へ行くことにした。

 昨夜カスミ達と話してたことを確かめるためだ。サクラにその事を話すと


 「申し訳ありません、そしてありがとうございます。」


 と、頭を下げられた。

 そういや、ローズとのやり取りはサクラも聞いてたんだったな。


 「タカヒロ様、ローズを元気づけてくれたこと、姉として感謝します。」

 「いや、そんな、感謝される程の事じゃないよ。」

 「そんなことはありません、感謝しきれない程ですよ。」

 「あー、まあ、そうか、受け取っておくよ、その感謝。」

 「ふふふ、タカヒロ様のそういう所が、みんな好きなのでしょうね。」

 「やめてくれよ、ちょっと恥ずかしい……」


 そんなこんなで、俺はローズと一緒にリサに跨って出発した。

 リサは二人も載せて負担にならないのだろうかと心配したが


 「平気よ、なんならカスミも載せても大丈夫よ。」


 と言った。

 ちなみに、カスミは、というと


 「先に行ってるね!」


 と近くの大木の中に消えていった。

 あれは木の精霊でもありドライアドでもあるコロルの能力なんだとか。

 木から木へ移動できるらしい。

 なんて便利な能力なんだろう。


 ピコは相変わらず俺の首飾り状態で張り付いている。

 いるんだが、心なしかいつもより輪っかが小さく、より俺に密着しているような気がする。しかも、じーっとこちらを見ている。

 何だよピコ、何か言いたいのか?


 リサは以前よりもかなり速度を上げているので、振り落とされないようにしがみつくのが精いっぱいだ。

 俺の前に乗るローズを落ちないようにしっかりホールドしていると、ローズはモゾモゾと落ち着かないみたいで、心なしか顔も赤い。

 でもな、そこに突っ込む余裕はないんだよ。

 速いんだよ、リサの走る速度がさ。


 という事でたどり着いたのは、この前来た場所だ。

 既にミノリさんは実体化して待っていてくれた。

 カスミ、いや、コロルかな、まぁどっちでもいいんだけど、事のあらましを伝えておいてくれたようだ。


 「いらっしゃい、タカヒロ様。」

 「ミノリさん、お手を煩わせて申し訳ありません。」

 「いいえ、気になさらずに。」


 ローズはミノリさんの前で跪くと


 「お初にお目にかかります、精霊様。ローズと申します。」

 「ご丁寧にありがとうございます、さぁ、楽になさってくださいませ。」

 「ありがとうございます。」


 やんわりとほほ笑むミノリさん。

 見ると、何処から出したのか、どうやって作ったのか分からないのだが、テーブルとイスが準備されていた。驚くことに、お茶とお茶請けまで。


 「では早速、本題に入ります。あ、お茶をどうぞ。人間に合う調合をしていますので不味くはないと思いますよ。」


 早速お茶を頂くことにした。一口含むと、とても美味しい。


 「ローズさんに魔力があるかないか、という事でしたね。」

 「はい、彼女には微力ながら魔力があると、カスミとリサから聞きました。」

 「結論から申し上げると、ローズさんには魔力が備わっています。と言いましても、備わったのはここ数日の事のようですね。」

 「と、言いますと?」

 「貴方の影響ですよ、タカヒロ様。」

 「は、俺の、ですか?」


 どういう事なんだろう。

 ここ数日って、俺がこの世界に来てまだ数日で一か月もたってないんだけど。

 もしかして、俺がこの世界に現れたことが要因なのだろうか。


 「それも一つの要因ですが、他にもあるようですね。」


 と言いつつ、ミノリさんはローズを見ると優しく微笑んだ。

 それを受けたローズは、なぜか下を向いてしまった。


 「いずれにしても、魔力を持つことができた、という事です。」

 「と、いう事は、魔法は」

 「ただし、だからと言って今すぐ魔法を行使できるか、というと、それはまた別問題なのです。」

 「別問題?」

 「はい。ローズさんは魔術を行使するので、魔法の術式展開などの基本も理解できていると思います。そうですね、ローズさん?」

 「は、はい。それは理解しているつもりです。」

 「そこで問題になるのが、魔術と魔法はその根本が違うという事です。」

 「そういや、前にローズから聴いたな。」

 「魔術と魔法は、顕現させる現象は類似していますが、その根源たるモノが違います。」


 そんな事をいってたな、たしか。


 「魔術を行使していた者が、魔法を取得し同じように行使すると、干渉が起こります。」

 「干渉?」

 「はい、例えば、先日のように火の玉を出すとします。すると、それが魔術なのか魔法なのかの区別が必要になります。」


 要するに使い分ける、って事なんだろうか。


 「しかし、区別しても同じ個体、つまり身体からの発動により、呪法と要素は同時に動いてしまうのです。」

 「それはどういう?」

 「術者が無意識のうちに双方へ働きかけてしまうのです。術者の意図しない所で、呪法と要素が鬩ぎ合ってしまう、わかりやすく言うと『どっちやねん!』という事ですね。」


 ミノリさん、一体貴方は何処でそのセリフを覚えたのですか?

 ま、まぁ、そのツッコミは呑み込んでおくとして、干渉、か。


 「それで、その干渉が起こるとどうなるんですか?」

 「まず、発現そのものが起こりません。いわゆるエラーになりますね。」

 「つまり、失敗して何も起こらない、と。」

 「それだけではありません。術者の神経と精神に力の逆流が起こります。」

 「それって……」

 「良くて神経の麻痺程度、下手をすると、死にます。」

 「……」


 なんてこった。

 その干渉を起こさずに、魔術は魔術、魔法は魔法ときちんと分けて発動をかけないといけないって事か。

 でも、無意識に相互発動してしまうっていうのは、どうにもならないんじゃないか?


 「ですので、一般的に魔術使いは魔術のみを極め、魔法使いは魔術を覚える事もありません。」

 「なので、棲み分けのようになっているんですね。」


 魔術と魔法、それぞれが別物のように区分されているのはそういう事なんだな。

 俺は魔法が使えるから、そもそも魔術を使うという事もないわけだ。

 いや、今は話を聞いたからリスクがある事がわかったけど、知らずにローズやセラさんに魔術を教わって使ってたら、どうなってたんだろう?


 「ただ、例外もありますね。例えば、貴方です、タカヒロ様。」

 「俺?」

 「はい。貴方は魔術も魔法も自在に行使する事が可能です。」

 「え、それはどういう事なんですか?」


 何だろう、全く分からない、というか、例外の意味もわからない。


 「そうですね、わかりやすく言うと、貴方は魔法発動時に詠唱はしませんでしたね?」

 「はい、これだっていうイメージだけです。」

 「そう、貴方がこうしたい、こう使いたいと思えば、それは最適化されて貴方のイメージ通りに顕現するのです。

 極めて弱化な物なら魔術として魔力を温存、より強力な力が必要なら魔法、と、貴方の求める結果を自動的に引き出せるのです。」

 「つまり、呪法のプロセスや要素の選択などを必要としない?」

 「端的に言えばそうなります。ただし、タカヒロ様の場合はそれ以外の理由もありますが、今は置いておきましょう。」


 それ以外の理由?なんだ、それ?


 「そのように、術の行使を、あくまでイメージとして自分が起こしたい現象を展開する、という位置づけにできるのであれば……」

 「魔術使いも魔法を使えるようになる、という事ですか?」

 「そうです。」

 「でもそれって、どうやって?」

 「まず、自分で言っておいてなんですが、普通の人間にはそれができません。」

 「え?」

 「とてつもなく厳しい練習、修行、そして数十年にも亘る長い時間が必要になると思われますので。」


 なんというか、結局はローズに魔法は習得できない、という事なのだろうか。


 「しかし、です。」

 「え?」

 「先ほども言いましたが、例外というのは常に存在するのです。」

 「どういう事なのでしょうか?」

 「過去、ローズさんのように、魔術から覚え初めてやがて魔法を極めようと考えた人がいました。

 その方は現在のローズさんと同じ状況でした。

 やはり最初は干渉によって命の危機もありましたが、それを克服する術を見つけ出したのです。」


 その話を聞いた途端、ローズは食い気味に目の色を変えミノリさんに迫った。


 「そ、それはどういう方法なのですか!?」

 「落ち着いて下さい。それを今から説明します。」


 ごくり、と唾をのむ音を立てて、真剣に聞き入るローズと俺。


 「方法は二つ。一つはその身に精霊を宿す事。もう一つは、全く別の発現手段を構築する事、の二つです。」

 「精霊を宿す、ですか?」

 「はい、契約するのではなく、宿す、です。今ここにそれを実現しているものが二人もいますけどね。」

 「もしかして、俺とカスミ、ですか?」

 「その通りです。そして、もう一つの別の発現手段というものですが……」


 一口、お茶で唇を湿らせてからミノリさんが言葉を繋げる。


 「まだ人間界では知られていませんが、それを知る者は『羅象門』と呼んでいます。」

 「『羅生門』ではなく『羅象門』ですか……」

 「はい。大仰な名称ですが、要するに魔術と魔法が干渉するなら、それすら利用して現象を起こしてしまおう、という発想からできたそうです。」

 「そんな事が人間に可能なのですか?」

 「羅象門については、普通の人間には難しいと思います。その方だから可能だった、としか言えません。

 ローズさんも良く知っている姫神子様その人ですからね。」


 姫神子様、全ての魔法を操る超常の神子様……


 「先々代の姫神子様が編み出した手法ですが、これは代々の姫神子様だけが扱えるものだそうです。

 ただ、例外として伝説の勇者、そして現在はタカヒロ様も使えるかもしれませんけどね。」

 「俺が、ですか?」

 「タカヒロ様は、言い方は悪いですけれど普通じゃありませんので。過去からこの世界に来た、というだけで、もう普通ではないのです。」

 「あ、そうですか……」

 「そういう事ですので、現状ローズ様が魔法を使えるようになるための手段は一つのみです。」

 「でも、私に精霊様が宿るなんてことは……」


 そうだよな、そもそも俺についてる精霊も人間を毛嫌いしてるもんな。

 まして、そういう土壌もないであろうローズに、どうやったら精霊が宿るっていうんだろう。


 「今のままではそれもほぼ不可能だと思いますが、幸いな事にタカヒロ様がそばにおられます。」

 「は?」

 「え?」

 「タカヒロ様に宿る精霊、その者達がローズ様を気に入り、他の精霊に勧められるようになれば、契約を結んだ後に宿す事も可能なのです。」

 「つまりは、どうゆう事?」

 「タカヒロ様を通じ、ローズ様が精霊を必要としているか、あるいはローズ様がタカヒロ様にとって必要なお方と認められるか、ではないかと思います。あるいは…」

 「あるいは?」

 「ローズ様自身が、タカヒロ様を必要としているか、でしょうか。」


 はっとしてこちらを見るローズ。

 直ぐにそっぽを向くが、なんかこう、照れてるような気がするが、うん、気のせいだな。

 しかし、結局のところローズが魔法を使えるようになるには、精霊との接触が必要ってことなんだな。

 でも、精霊にローズを気に入ってもらえるようにするのは容易ではないと思うんだけどな。


 「例えば、ですけれど。」

 「はい。」

 「全ての精霊に、一度ローズ様をお目通ししていただく、というのもアリかと思います。」

 「全ての精霊に、ですか?」

 「タカヒロ様にはまだ言っていませんでしたが、精霊は魔界にも存在します。」


 ちょっと待って、魔界ってのも確か初めて聞くワードなんだけど。


 「全ての魔族はその身に魔力を持っていますので、こと魔法に関して精霊との繋がりはそれ程必要としていません。」

 「は、はぁ。」

 「ですので、魔界に精霊が存在するという事自体が、実は魔族でもあまり知られていない事実でもあるのですよ。」

 「ちょっと待ってください。まず、魔界っていうのは何ですか?」


 いや、魔族ってのは聞いていたよ。

 勇者に結界で閉じ込められたって言ってたけど、その結界内が魔界って事?


 「魔界は人間界とは隔絶された世界です。勇者様の強力な結果によって守られ、人間界から干渉することはできない世界となっています。」

 「人間界から干渉、それって、魔界からは問題なく干渉できるってことじゃ……」

 「その通りです。」

 「いやしかし、それじゃ魔族は自由に人間界へちょっかいを出せるって事じゃないですか?」

 「人間界から見ればそうですね。ですが、魔族は人間界へ干渉するつもりは毛頭ありませんよ。」

 「は?」

 「魔族が人間を襲う、という事はないのです。それは、人間が勝手にそう思い込み、魔族は悪、と決めつけているだけなのです。」

 「はー、そうなんですか……」

 「ちなみに、ですが。」

 「はい。」

 「リサやジャネットは魔族ですよ?」

 「は?」


 言われてリサを見る。

 そういや、リサは魔力を持っているし、人型へ変化したりと、魔法っぽい事もしてたし……


 「あ、そういえば、私が魔族だって言ってなかったね、テヘ♪」


 テヘ♪じゃねえよ!

 そういうことは早く言ってくれよ!

 まぁ、そんな気はしてたんでそれ程驚きはしないけども。

 いや、それはそれとして今はその魔界の精霊ってところだ。


 「そうですね、魔界にはこちらに存在しない、光と影の精霊がおります。」


 ちょーっと待ってほしい!

 じゃあ、何か?

 フェスターとムーンって、魔界の精霊なのか?

 それも初耳だし!


 (あは。そういやそういうの言ってなかったな、テヘ♪)

 (ま、仕方がないですねー♪)


 お前ら……


 「うーん、そうですねぇ、タカヒロ様はもう少しこちらの世界の知識を得る必要がありそうですね。」

 「それはそうでしょうけど……こちらに来てからバタバタしてて、その辺すっかり抜け落ちてますけど……」


 とりあえず、その辺は後でサクラに教えてもらおう。


 「ちょっと、新たに知らない事が増えたみたいですけど、結論としてはこちらの世界も含め、ローズには精霊との接触が必要ってことですね。」

 「その通りです。それが一番の近道でしょう。それに、今のローズ様であれば、必ず精霊を宿すことができると断言します。」


 何やら方向性は見えたが、そのプロセスは多岐に渡っていて困難でもあるようにも思えるな。

 いずれにしても、それだけわかれば充分だろう。

 後はローズがどうしたいか、だな。




 ミノリさんにお礼を言って、その場を後にして拠点へ戻る事にした。

 何にせよ、解決の糸口がつかめたってのは大きな収穫ではある。

 あるのだが……


 「しかし、お前が魔族だったとはなぁ。」

 「ごめんね、言い忘れてて。」

 「それは良いんだけどな。それより、なあローズ。」

 「何?」

 「さっきの話だと、人間は魔族を敵視しているんだよな?」

 「そうねぇ、快く思っていないことは間違いないわね。王国でも、魔獣は見つけ次第始末するように通達を出してくらいだし。」

 「その魔獣ってのも、ほんとに魔族なのか?」

 「えーとね、人間の言う魔獣ってのは、魔族とは関係ない生物なんだよ。」

 「そうなのか?」

 「そうなのですか?」

 「ついでに言っとくけど、ピコも魔族だからね。」

 「おお、そうなのか?」

 「ピー!」


 なんかこう、どうもその辺りの認識は確認する必要がありそうだな。

 ともあれ、これでローズの悩みを解消するための糸口が見つかった。

 今後どうするかは、当のローズにじっくり考えてもらおう。


 拠点に帰り、ひとまず休息することにした。

 サクラはまだ執務に追われているようで、執務室兼作戦室にこもりきりだ。

 俺はというと、マリーさんの所で昼食の準備の手伝いをしていた。


 「ねえダンナ、ひとつ聞いていいかな?」

 「何だいマリー。」

 「ダンナはさ、ローズ様の事どう思ってるのかなーって。」

 「何で?」

 「いや、何でって……」

 「そうですねぇ、言ってみれば可愛い娘みたいだなって思ってるかな。」

 「む、ムスメかい?」

 「うん、俺のムスメが丁度ローズくらいの歳でね、勝気な所がなんとなく娘に似ててさ。」

 「そ、そうなんだ。そういやダンナは結婚してて子供もいるんだね。」

 「まぁ、ね。妻は死んじゃったけどさ。」

 「あ、ああ、そうなんだ、何か、ゴメンね。」

 「いや、良いですよ、別にそんな気にしないでくださいよ。」


 そんな感じで世間話みたいな会話をしつつ、昼食の準備は進んだ。

 その後昼食となりサクラが食堂にやってきたのだが、やや疲れが溜まっているようだった。


 「サクラ、大丈夫か?なんかやつれている様にみえるけど。」

 「ああ、タカヒロ様、大丈夫ですよ。ちょっと英雄対策でやらなければならないことが多くて大変ですけど。」

 「そ、そうか、無理しないようにな。手伝えることがあれば言ってくれよ、何でも手伝うよ、サクラの為に。」


 (だから何でそんな事さらっと言うんだよ!)


 とどこかから聞こえた気がするが、無視しましょう。


 「あ、ありがとうございます、タカヒロ様……」


 微妙に甘ったるい雰囲気になったような気がしたが、それをぶち壊す知らせが届いた。


 「お頭!! 英雄一行がこちらへ進撃を開始したそうです!」


 場の雰囲気は一気に緊張感につつまれたのだった。

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