第22話 ローズ
サクラへの報告、そしてその内容の吟味もひと段落し、俺たちは夕食をとる事にした。
その晩餐の場に、ローズの姿はなかった。
「……ちょっと、ショックを受けたのだと思います。食欲がない、と言っていました。」
心配そうなサクラの言葉には、それ以上のローズへの想いがあるような気がした。
俺もいつもと様子が違うローズ、そしてサクラが気にかかり、食事を終えるとすぐにローズを探した。
結構歩き回ったがローズを見つけることはできず、とりあえず部屋に戻ろうとしたその時。
ローズの姿を見つけた。
一人、月夜明かりに照らされ、夜風に髪をもてあそばれている。
少し、ナーヴァスというか憂鬱な表情で。
「ローズ、どうしたんだこんな所で。」
特別ローズを探していた、という空気を見せないように軽く声をかけた。
「あ、タカ、ヒロ……」
「よっと、となり、良いかな?」
「……うん。」
ローズの横に腰掛ける。
とりあえず、かける言葉が見つからないので、このまま月を見上げていると
「どうしたの、タカヒロ。休んでなくていいの?」
ローズはいつも通りという風に話を切り出した。
「うん、まぁ、充分休んでいるからね、こうして夜の散歩と洒落込んでいるってわけだよ。」
「そう……」
うん、何か気まずい?
ちなみに、リサとピコはちょっと離れたところにいる。
カスミは用があるとかで、ここにはいない。
「そ、そうだ、あれだな、ローズに怪我がなくて良かったよ。」
「……それは、タカヒロが庇ってくれたから、その、ええと、ありがとう。」
うーん、会話が続かない。
元より、俺は女の子と話すのは物凄く苦手なんだよ。
まして、ローズは何やら落ち込んでいる様だし、どうしたもんかな。
と、ローズがこんな事を言い出した。
「タカヒロ、ありがとう、そして、ごめんなさい。」
「何だよ、謝る事なんて」
「ううん、違うの、違うのよ……」
ローズは少し鼻声というか、泣くのを堪えているのが手に取る様にわかった。
「聞いてほしいの、タカヒロ。」
「うん。」
「私はね、小さいころ、お姉さま達に可愛がられてきたけれど……」
そういえば、ローズは第3王女って言ってたな。もう一人お姉さんがいるんだ。
「強く、そして何でもできるお姉さま達は私の憧れでもあったんだけど」
「…………」
「昔ね、プラムお姉さま、あ、これは第2王女なんだけど」
次女はプラムさんっていうのか、きっと奇麗なんだろうな、その人も。
「お姉さまと一緒に、お母様に内緒で森へ遊びに行ったのね。その時魔獣に襲われたの。」
王国内でも魔獣が出没していたんだな、あまり安全ではなかったのか、その頃は。
「お姉さまは私を庇いながら、何とか魔術でその魔獣を撃退してね、私はその時、自分の弱さとお姉さま達の強さ、その差を痛感したの。」
プラムさんとやらは魔術使いなのか。聞いた様子じゃ、結構な使い手なんだろうな。
「その時から、私はお姉さま達みたいに強くなろう、守られるだけじゃなくて守ってあげたい、お兄様や弟も、同じように守りたい、と思ったの。それからは体術も魔術も頑張って覚えた、弱い自分が嫌で、何も守れない自分を変えたくて……」
「…………」
「でもね、でも、国が奪われた時は、結局、私、何もできなかった、何も変わってなかったの。」
そんなことはないと思うが、詳しくはわからないので黙っておこう。
「山賊団になって、セラやハトリに鍛えてもらって、あの時よりも少しは強くなったと思ってた。でも、でも……今日、襲撃された時……」
ローズは堪えていた涙を一筋、零した。
「私はまだ、弱いの……誰もまも、守れない、弱いままだって……」
嗚咽を交えながらも、気持ちを吐露してくれている、が、今日の奴らって、結構な強敵じゃなかったのかな。
それに、俺が庇う前は二人ほど魔術で退けていた。
あれ程の敵を退けるって、たぶん相当な強さだと思うんだけど。
「いや、ローズは敵を二人も撃退したんだろ、弱くなんか」
「違う、違うのよ……」
「ローズ……」
「結果的に、アンタを盾にしてしまったじゃない! 下手をすれば、アンタが怪我、いいえ、死んでいたかも知れない!」
「……」
「私、また、また、大切な人を、見殺しにする所だった……」
零れ落ちる涙は、その数を増やしてローズの頬を濡らしていく。
しゃくり上げながら話すローズは、顔を上げて俺を正面から見て
「うぐっ…わ、わだしは……もっど、づ、づよぐなりだいぃ! もう、だいぜづな、人を、し、死なぜだぐ、ないの! うわあぁぁぁ!」
とうとう声をあげて泣き出してしまった。
というか、ローズなりの辛い気持ちがあって、それに向き合って頑張ってきたんだな。
でも、現実はそれを不十分だと知らしめてしまったんだな。
今日、あんな形で……
ローズの辛さが良く理解できた。
自分の手の届く範囲の外で、自分ができる範囲の外で。
物事は動いて、それに自分は置いていかれて。
辛さと後悔だけが、覆いかぶさってきたんだな。
いつの間にか、俺も泣いていた。
もらい泣き、ってものあるんだと思うけど、ローズの心中を考えると、その辛さがわかるから。
「うえぇーん、うわあぁぁぁぁ……」
泣きじゃくるローズを、思わず抱きしめてしまった。
ローズは怒るだろうな、でも、そんな事は気にしなかった。
こうせずにはいられなかった。
ローズを抱きしめると、意外にもローズは俺の胸に顔を埋めてそのまま泣いている。
もう、抱きしめる事しかできない。
掛ける言葉が見つからないんだ。
慰めでしかないけど、俺が今できるのはこれぐらいしかない。
ごめんな、ローズ。
それからローズが落ち着くまで、抱きしめたままローズの頭をなでながらその場に佇んでいた。
―――――
そこからちょっと離れた場所に、カスミとサクラ、そしてリサとそれに鎮座するピコが居た。
成り行きをずっと見守っていたようだ。
「ローズは、お父様やお母様を守れなかった事を、とても悔やんでいました。」
サクラが、その時の事をカスミ達に聞かせる。
「私たちが襲撃を防いでいた時、ローズはお父様たちの一番近くに居ました。そして、目の前で……」
カスミ達は何も言わない。ただ黙って聞いていた。
「ローズの気持ちを慮ると、わたしもつらいものが有りますが、それを伝える事も躊躇してしまいます。余計に重圧を強いてしまう、そんな気がして……」
サクラにしても、ローズの想いは痛いほど理解できるんだろう。
そんな中起こった今日の襲撃、相手が悪かったというのもあるが、現実を突きつけられたローズは尚更たまったもんじゃないだろう。
「私は、どうすべきなのでしょう……」
サクラも、それは悩みどころではあるんだろうな。
するとカスミが
「あのね、サクラ。無責任かも知れないけど、単純な事だと思うの。」
「といいますと?」
「まずい所、足りない所がわかったなら、それを正して補えばよい、んじゃないかなと思う。」
「それは、そうなのですが、どうやって、という所がわからないのです。」
「でね、そこでアイツの出番ってわけよ。」
「タカヒロ様、ですか?」
まぁ、単純に鍛えるって事じゃなく、何が足りないのか、どうすれば良いのか、何を変えるべきなのかを考える。
あたしもそうだけど、あいつだって無駄に50年以上生きてきたわけじゃないと思うの。
まして、人並外れた力を得ている今、その根源にはそれらの知恵も得たはず。
体術にしても魔術にしても、そしてメンタルにしても、ね。
「たぶん、だけど。タカヒロに任せれば、大丈夫な気がするのよ。」
「ええ、私もそんな気がしています。ですが、それはタカヒロ様に負担をかけてしまうのではないかと」
「あー、それは気にしなくてもいいと思う。」
だってアイツ、相手が女性なら負担に思わないんじゃないかな、たぶん。
というか、頼られると余計に張り切るような気がする。たぶん。
まぁ、それはそれとして、サクラに聞かれないようリサに問いかける。
(ねぇ、リサ、あれ、どう思う?)
(あれ、とは?)
(なんでアイツまで泣いてんの、とか、なんで女の子を抱きしめてんの、とか)
(あぁ、何というか、あれはタカヒロの優しさ、なんじゃないの?)
(うーん、そういわれるとそうなんだろうけど、何かねー)
(何か心配事が?)
(いや、心配というか、アイツ、無意識で誑しているよね。)
(ふふっ、それがタカヒロの魅力というやつじゃないのかな。)
するとピコが
「ピッ!」
とひと鳴きした。
(ピコもカスミと同じ事を思ったって言ってる)
(……ピコ、アンタもわかるのね……)
―――――
ひとしきり泣きじゃくったローズは落ち着いたようで、俺の胸から顔をあげた。
あーあ、カワイイ顔が涙と鼻水でグズグズじゃないか。まあ、俺も同じなんだけどさ。
「こめん、タカヒロ。なんか吐き出したらスッキリした気がする。」
「まぁ、なんだ、こんな俺でも役に立てたのなら良かったよ。」
知り合ってまだ間もない間柄だし、それほど親しいって程でもないけれど。
こういう時にそばにいてあげられる程には信頼されているってことなのかもしれない。
普通は「あっちいけ!」って拒絶されるもんな、こういう場合。
「ほら、可愛い顔が、美人が台無しだぞ。」
「!!」
といってやや草臥れたハンカチで涙と鼻水を拭ってやると
「ちょ、それくらい自分でやるわよ、もう……というか、服、汚しちゃったね。」
「いいさ、これくらい汚れた内に入んないよ。」
「ごめんなさい。」
「さ、もうごめんなさいはナシな!」
「そ、そうね。」
「戻ろう。風も冷たくなってきたし。」
そうして、俺たちは館へと戻った。
自分にあてがわれた部屋で寛いでいると、カスミとリサとピコが戻ってきた。
「おお、お帰り。どっか行ってたんだな。」
「あー、まぁ、何というか、見てた。」
「は、見てたって、ローズとのあれか?」
「そだよ。」
「あははは、何か、恥ずかしい所を見られたな。」
「つーかさ、アンタ結構涙腺緩いのねー。」
「まぁ、歳をとると緩むんだよ、しゃーない。」
「緩いっていうか、相手に感情移入しすぎな感じもする……」
「そ、それは……否定できないかも。」
「いーけどさ、アンタ、ローズの事どう思ってんのさ。」
「どうって?」
「はー、まあいいや。でさ、ローズの事なんだけど。」
「おお、何だ」
カスミはサクラが言っていたことを俺に伝えた後に
「力になってあげたいけど、アタシ等じゃできそうにないじゃない、だから、アンタに力になってほしいってわけよ。」
「力になるったって……」
ローズはもっと強くなりたい、と言っていた。
その理由は理解できたんだが、具体的に何を強化すべきなのかは今のところ分からない。
ローズが得意とする魔術、それは俺には分からないし、ローズは魔法を使えない。
……使えない?
なぜ?
魔力がないからか?
いや、本当に魔力がないのかな?
「なあ、カスミ、ローズってさ、魔力はゼロなのかな?」
「うーん、わかんないけど、実際、微力だけどない事はないと思うのよね。」
魔力がなくて魔法が使えないから魔術を習得した、んだよな。
魔力があれば魔法を使いたいはずだ。
精霊との契約、とも言ってたな。
そもそも普通の人間は精霊を感知できないらしい。
でも、俺がサラマンダ達を初めて認識した時、サクラやローズは一緒に見てたよな。
「もしかしたら……」
「何、何か閃いた?」
「リサ、お前に初めて会った時、俺に噛みついて魔力を注いだんだよな?」
「そうね、正確には私の魔力を分け与えた、という感じね。」
「それ、ローズにもできるのか?」
「うーん、タカヒロの場合は特殊だったし、不可能だと思うわよ。」
「そうか……」
「でもね、別の方法は在るかも知れないよ。」
「別の方法?」
「私にはわからないけれど、木の大精霊様ならわかるかもしれないわね。」
「ミノリさん、か。」
「大昔の事だけど、伝説の勇者は始め魔力を持っていなかったらしいの。でも、どうやってかは謎だけど、魔法が使えるようになったそうよ。」
魔法を知らなかった、ではなく魔力が無かった、か。
元々の素養が関係しているのか、俺みたいな特殊な環境だったのか、あるいは。
「いずれにしても、ミノリさんに聞くのが手っ取り早いな。」
「そうかもね。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます