第9話 洗礼の手合わせ
呼び止める声がした方を見ると、ニーハさんと数名が揃って立っている。
「あ、ニーハさん。」
「タカヒロ様、不躾ですみませんが、少々お付き合いをお願いできますでしょうか?」
「あ、はい、いいですけど。」
何か、いささか不穏な気配もするんだが、どのみち暇だし断るのもダメみたいだし、付き合うか。
少し開けた場所まで移動すると、ニーハさんが口を開く。
「昨夜はリサ様の話、そしてサクラ様からの通達により、我々は貴方様を客分として迎える事に賛同しました。」
「は、はい。」
「しかし、我らと行動を共にする以上、貴方様の力、つまり実力は把握すべきと考えました。」
「はい、それって……」
「お察しの通り、我と手合わせをお願いしたい。」
あー、そういう展開なわけね。
いや、そんな事言われたって、俺に戦う力なんざこれっぽっちも無いんだけども。
夕べカスミが変なことを言っていたが、俺は喧嘩だってしたくない平和主義なんだぞ。
まぁ、多少の武道の心得はあるけど、明確な実践なんてあまりしていない、つまりは、ド素人なんだけど。
しかし、ここは断るのはダメなんだろうな、きっと。
よし、適度にボコられてさっさと終わらせよう。
「あー、わかりました、受けます。」
「ありがとうございます。」
「しかし、俺は戦闘の経験は皆無に等しいです。弱い人間なのでお手柔らかにお願いします。」
そう言うと、ニーハさんは笑いながら
「はっはっはっ、御冗談を。タカヒロ様からはただならぬ力の片鱗がうかがえます。手加減無しで行きましょう!」
ちょっと待ってほしい!
伺えるって、何?
マジで俺、喧嘩すら嫌な弱い人間なんだけど!
「ちょ、ちょっと……」
「タカヒロ様の獲物は何でしょうか?」
獲物って言われても!
「えーっと、ありません!」
あるわけない、そんな経験すらないですもの!
「なるほど、無手ですか、ならばこちらも同じ使い手で相手致します。」
違う違う、そうじゃ、そうじゃない!
なんでそうなる!
いや、そんな配慮いりませんから!
と、前に出たのは
「あんたの相手、俺が務めさせていただこう。」
なんと、ダイゴさんだ。
この人、メチャクチャ強かったよな、盗賊相手にした時。
というか、ダイゴさん徒手空拳使い、拳法家なのか。
まぁ、俺じゃてんで敵うはずもないだろうから、せめて大怪我しないように逃げに徹しよう。
向かい合い対峙し、ニーハさんの「始め!」の号令で模擬戦が始まった!
号令とともに攻撃してくるダイゴさん。
と、始まったはイイが、ダイゴさん手抜きすぎじゃね?
確かに隙は無いけれど、攻撃は全部見切れる。
というか、突きにしろ蹴りにしろ、ゆっくり過ぎる。
突きは横に捌き、蹴りは同じ蹴りで止めたり流して捌く。
それにしても、まるで反撃を誘っているような攻撃だ。
……反撃しても良いのかな?
「クッ!攻撃が当たらねぇ!」
んな訳ないだろうよ。
なんだろう、もしかして芝居なのか?
とりあえず、ダイゴさんの突きを捌いたところで懐に飛び込んでしまったので、とりあえず反撃してみる。
ダイゴさんの空いた脇腹に右拳を添えて、腰を入れて突きを繰り出す。
いわゆる、1インチパンチだ。
「ふんッ!」
「グハアッ!」
え?ダイゴさん、吹っ飛んだよ……
「それまで!」
いや、ニーハさん?これ、どんな茶番ですか?
そんな俺の思惑を他所に、皆さん驚愕の表情で俺を見てますけど?
というか
いつの間にかローズさんまで見てますが?
みなさん口をあんぐりと開けて固まってますよ。
吹っ飛んだダイゴさんはノロノロと起き上がる。
「ご、ごほッ」
「だ、大丈夫ですか?ダイゴさん?」
そんなにジャストミートというか、入ってないと思うんだけど……
「いや、大丈夫だ、すげえなあんた、無手で負けたのは初めてだよ。」
いやいや、負けってアンタ、メッチャ手ぇ抜いたでしょ。
「いや、ダイゴさんワザとですよね?」
「何言ってやがる、アンタこそ手抜いたろ。」
いやいや、こちとら必死でしたけど。
ふらふらと立ち上がるダイゴさんだが、相当効いているようで足取りはおぼつかない。
そんなに強い打撃じゃないはずなんだけど、もしかして体調が悪いのかな?
「タカヒロ様、見かけによらずお強いのですね」
ニーハさんは顔色一つ変えずに言ってきた。
が、その目は何というか、獲物を捕らえた獣のようですよ?
怖いですよ?
「無手でお強いのは理解しました。」
「は、はぁ……」
「しかし、剣でならどうですかな?」
あのね、確かに剣道も少し齧ったことはあるけども。
察するにこの世界、剣が主力武装の、中世欧州みたいな世界なんじゃないかな。
そんな剣に慣れ親しんだ人たち相手に、剣で挑むなど自殺行為じゃね?
「いや、剣は少し習った程度で本格的に扱った事はありません。」
なので、もうやめましょうよ。
と思ったら、ニーハさん、うっすらと笑みを浮かべてこんな事を言い始めた。
「剣撃こそあらゆる場面で有効な攻撃手段です。もちろん、防御でも然りです。」
「は、はぁ……」
「ですので、タカヒロ様の剣の腕前も、把握する必要がございますな。」
そういいながら、木刀?を2本持ち出した。
「では、タカヒロ様、今度はこれで少しばかり遊びましょう。」
遊ぶってアンタ、こっちは戦々恐々だっての。
ただでさえアウェー感半端ないこの状況で、やったこともない剣の手合いなんざムリでございますよ。
「い、いや、ちょっと」
「今度は私がお相手しましょう。」
うわぁー、この人マジだよ。何だろ、闘争本能みたいのを刺激してしまったのかな?
渋々木刀を受け取ってしまったが、もうやるしかない状況だよね、これ。
「お怪我をさせるつもりはございません。が、タカヒロ様は本気で向かってきていただいて結構です。」
うーん、相当腕に自信があるみたいだな。
というか、戦闘オーラもハンパなく感じるし、構えにも隙がない。
体もかなり鍛えているようだし、率直に言って一本入れる事すらムリだろな、これ。
「では、いきますぞ!」
言うな否や、両手で木刀を構えこちらに突進してきた。
が、初撃ということもあって手加減しているのだろうか、迅いんだけど、よけられない程ではない。
初めに横薙ぎに繰り出し、俺はそれをバックステップで躱すと再び間合いを詰める。
ニーハさんはそのまま木刀を切返し、逆方向へ薙いだ、のだが。
やはり手加減しているんだろう、その動きも読めた。
なので、まずはニーハさんが剣を握っている手を右ひじの肘打ちで叩き、そのまま左手にした木刀をニーハさんの脇腹に打ち込んだ。
左腕での攻撃だから、そんなに有効な打撃じゃないだろう。
ところが……
ニーハさんも吹っ飛んだ。
そのまま気絶した。
……え、嘘だろ?
周りを見ると、再び皆さんは口をあんぐりと開けて固まってます。
「う、うそでしょ?」
いち早く我に返ったローズさんがそうつぶやいた。
「ダイゴもニーハも、国では並ぶものがいない程の強者よ……」
ええ、確かにそんな気はしますけども、凄く手を抜いていたと思います。
だって、そんな人達に、素人の俺の攻撃なんざ当たる訳ないもの。
「うぅ、こ、これほどとは……」
ニーハさんが気が付いた。というか、気づくのも早いな。
まぁ、そんなにダメージがあるわけない、というか、ダメージなんか受けて無いと思うんだけど。
「お、おみそれしたしました、タカヒロ様。」
「え、いや、ダイゴさんもニーハさんも、手を抜いたのではないですか?」
「いや、お怪我をしないよう手加減は致しましたが、模擬戦であろうとも攻撃で手を抜くことは致しません。」
「そんなワケ……」
「タカヒロ様の強さのほどは概ね理解いたしました、試した無礼をお許しください。」
「いえ、その、なんというか、ありがとうございます。」
そんなこんなで、一応の試験的な洗礼というか、通過儀礼は終わった、と言って良いのだろうか。
この一件で、ミーア山賊団の面々の、俺を見る目が変わった気がした。
特に、ローズさんの、俺への評価はすっかり変貌したみたいだ。
俺を見る目が、若干和らいだように思う。
で、その日の夕方。
夕餉の準備を手伝っている。
「客分にそんな事をさせるわけにはいきません!」
と、食事担当の女性、マリーさんに言われたのだが
「いえ、お世話になっているのに、何もしないってのも気が引けまして。」
とお願い倒した結果、手伝う事を渋々了承してもらったのだった。
そのさなか、マリーさんはシチューを煮こみながら言ってきた。
「しかし、ダンナはお強いのですね。」
「いえ、そんな事はないと思いますよ?」
マリーさんの作るシチューは、団員全員が絶賛する美味しさなんだとか。
そのシチュー作りを見ながら答えると
「いやいや、ダイゴやニーハから一本取れる者なんて、我が団にはいませんよ。」
「そうなんですか?でも、あれは完全に手を抜いていた感じでしたよ?」
「違うさ、ダンナがそう感じたなら、ダンナはそれだけ実力があるってことじゃないかな。」
百歩譲って、俺に単純なパワーがあったとしよう。
しかし、ドが付くほどの素人の攻撃なんて、余裕で躱せるだけの実力者なんじゃないか、この人達って。
「ダンナは何か、剣術とかやってたのかい?」
「うーん、いくつかの武術は習いましたが、全部齧った程度ですよ。」
「へー、どんなの?」
「空手とか剣道とか、銃剣道とか、あとは見様見真似でジークンドー、とか?」
「んー、どれも聞いたことがない術だねぇー。」
そうか、こっちにはそういうのは無いんだ。
「ま、いずれにしてもダンナはそういった術を知っていて、それが強さの一因だってことだね。」
「それならば多少は納得できない事もないですけどね。」
「ははッ、何だいえらい謙虚だね。ま、ここだけの話だけどね。」
「ん?」
「ダンナ、カッコよかったよ、惚れたね、私は。」
と、ちょっと悪戯っぽい微笑みで面と向かって言ってきた。
マリーさんは大柄だけど、とても美人でスタイルも良く容姿は端麗だ。戦いの腕前も高いそうだ。
そんな姉御肌のマリーさんにそんな事を言われると年甲斐もなく非常に照れくさい。
「いや、その……ありがとうございます、マリーさん。」
「あはは、私の事はマリーでいいよ、それと、敬語もナシだ!」
「あーはい、いや、わかったよ。」
そんな事を話しているうちに、マリーさん特製シチューは出来上がったようだ。
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