第10話 シューティングスター

 夕餉を終えて、皆が寛いでいる。

 マリーのシチューはやっぱり絶品で、3杯もおかわりしてしまった。

 なんか申し訳ない気がしたが、うまそうに食べる俺を見て、みんな「どうだ、マリーのシチュー旨いだろ!」と言わんばかりにドヤ顔でこちらを見ていた。

 リサはリサで、昼間獲ってきた来たという害獣の肉を旨そうに食べていた。

 お茶を頂きくつろいでいると、ダイゴさんが話しかけてきた。


 「なあ、タカヒロさん。」


 いつの間にか、「あんた」が「タカヒロさん」に変わっていた。


 「武器は所持してないって言ってたよな?」

 「え、ええ、そうですね。」

 「無手でも強いけど、武装したらもっと強くなるんじゃないか?」

 「そう……かもしれないですけど、俺凶器というか武器を使って実戦したことはないです。」

 「まぁ、剣なんてのは腕の延長だ、戦闘ではあって困るもんじゃないさ。」


 実際そうなんだろうな。

 剣道を齧って、そんなことを思ったこともあるし。


 「で、だ。」


 そういうと、ダイゴさんは一振りの小太刀を取り出し見せてきた。


 「この短剣な、すげぇ武器なんだ。」

 「凄い、とは?」

 「使う者に相応の力があれば、その力を増幅して、さらに特殊な効果を発揮するらしい。」

 「それって、何か付加価値が付いてるって事ですか?」

 「ああ、だがな、実はこの短剣を使いこなせた者は未だかつていないそうだ。」


 つまりは、ダイゴさんよりも力のある、あるいは特別な能力がある者しか使いこなせない、ってことだろ?

 俺は絶対に使いこなせない自身がある。だって、素人のジジイだぞ、俺。


 「というわけでだな、これをタカヒロさんに進呈する。」

 「は、そんな大層な短剣を俺に?」

 「おーっと、断るのはナシだ。実をいうとだな、」


 ダイゴさんは一つ咳ばらいをして


 「タカヒロさんに武器を与えてくれと、お頭から頼まれたんだよ。丸腰じゃ危ないだろうからってさ。」


 確かに、この世界は帯刀してるのが当たり前のような感じもする。

 でも、だからと言って俺が切った張ったのチャンバラをするとは思えない。

 そもそも、そんな危ない事に首を突っ込むつもりは毛頭ない。

 仮に護身用だとしても、いや、護身用だからこそ、そんな高価っぽい武器は分相応じゃないと思う。


 「ま、実際に抜く抜かないは別として、お守り程度に思って帯刀しておけばいいさ。」

 「あ、ああ、わかりました。では、承ります……」

 「はは、そうこなくっちゃな。あ、それと、俺に対しては敬語はやめてくれよ。呼び方もダイゴでいい。」

 「は、いや、ああ、わかったよ、ありがとう、ダイゴ。」


 その後、他の団員団たちとも会話をして解散とあいなった。

 俺はちょっと酒も入ったことで暑くなり、夜風にあたろうと外に出て夜空を眺めていた。

 隣にはリサがいて、夜風の冷たさを防いでくれている。


 「しかし、月がデカい気がするんだが気のせいかな?」

 「ワゥ?」


 そう、明らかに月が大きく見える。

 確か月って、毎年数センチずつ地球から遠ざかっているはずだ。

 ここが何年先かはわからないけど、未来だというなら逆に知っているよりも小さく見えているはずだ。

 こんな所も、状況理解の妨げになる疑問なわけだ。


 「ここにいらっしゃったのですね、タカヒロ様。」


 声に振り向くと、そこには月明かりに照らされたサクラさんが立っていた。


 「あ、こんばんわ、どうされたのです、か……」


 言葉に詰まってしまう。

 なんなんだろう、この美しさは。

 名前通りの桜色の長い髪が、月明かりを受けて輝いて見える。

 美麗な顔も、薄暗いはずの月光でも明確にその美しさを際立たせている。

 月下美人、そんな言葉を思い出したが、そんなレベルじゃない。

 もはや女神と言われても納得できる。

 そのまま見惚れていると


 「仕事がひと段落しましたので、夜風にあたろうと出てきたところで、貴方様を見かけたもので……」

 「…………」

 「お隣、よろしいでしょうか?」

 「……あ、は、はい、どうぞ……」


 やばい、すごくとても緊張してきた。

 何か話そうとしても何も思い浮かばない。

 頭んなかが真っ白だよ、思春期かって思うくらい、ドキドキする。


 サクラさんは隣に腰を下ろし、夜風に舞う髪を押さえる。

 所作の一つ一つが、すごくきれいで絵になっている。

 とても山賊の頭とは思えないくらいだ。


 「夜風が心地よいですね。」

 「そ、そうですね。でも、ちょっと寒くはないですか?」

 「うふふ、まだ大丈夫です。タカヒロ様は寒いですか?」

 「いえ、そんなことは……」


 いかん、会話にならないな、これ。

 どうしたもんだろう……


 「あら、その短剣。どうやら無事ダイゴは役目を果たしたようですね。」

 「は、はい。これ、何やらすごい小太刀みたいですね。」

 「それは、”流星”と呼ばれる聖武具ですよ、一説によると、魔力を攻撃に転化する力があるそうです。」

 「魔力、ですか?」

 「はい、ただし、その力が無い者が使うと、普通のナイフでしかないそうです。」

 「そうですか、これが……」


 そういいながら、短剣を鞘から抜いてみる。

 刃は驚くほど美しく、見るだけで切れ味は最高級だと思える。

 すると、不思議な事に刃が淡く光りだした。


 「ありゃ、なんだ、これ?」

 「え?こ、これは、え?、まさか、そんな……」


 サクラさんは驚いた表情で、口元を両手で押さえる。

 刃紋に沿って光が波打ち、刃全体が青白く光っている。


 「た、タカヒロ様、一つ、よろしいでしょうか。」


 いつの間にか真剣な表情になったサクラさんが立ちあがり、俺に言ってきた。


 「あの木、あの木の枝を、斬っていだけますか?」


 あの木って、10メートルくらい先に立っているあの木?


 「はぁ、それは構いませんが……では、ちょっと待っていてください。」

 「あの、ここから、で。ここから斬ってみてください。」


 いやいや、それは無茶というものですよ、サクラさん!どう考えても届かないでしょうに!


 「恐らく、ですが。タカヒロ様ならできると思います。」

 「いや、それはいくら何でも無理では……」

 「短剣に『あの枝を切り落とす』と思いを込めて、ここで薙いでみてください。」


 何のパフォーマンスをお望みなんだろう?と思うが、サクラさんの表情は真剣そのものだ。

 なので、言われた通りにしてみる。

 半信半疑で。

 短剣の柄を握り、頭の中であの枝を『斬る』と念じ、柄を握る手に力を込めて鞘から抜きざまに剣を振るった。

 すると……


 結果から言うと、枝はスパンと切り落とされた。

 枝に向かって短剣を振ったところ、刃から何か出て枝めがけて飛んでった。

 光の刃、とでも表現したらよいのだろうか、若干赤みが入った光だったけども。


 「え?え?」


 驚いたのは俺だ。

 んな馬鹿な?と思うのは当然だと思う。

 だって、ありえないんだもの!


 「やはり……」


 サクラさんは、何やら納得した様子で落ち着いている。


 「タカヒロ様、やはり貴方は特別な力の持ち主だと、これで確信しました。」

 「ど、どう言う事なのでしょう……」

 「この短剣を扱える程の特別な能力の持ち主、という事でございます。」

 「特別な……能力?」


 殆ど実感のない事ではある。

 でも、事実として俺にフェスターとムーンという、二つの精霊が宿っているという事もあるし。

 もしかして、それがそういった“能力”の原因というか源、なんだろうか。


 すると、昨日来俺の周囲に見えていた光たちが人型へと姿を変え、朧気ながら視認できるようになっていた。

 どうやらサクラさんにも見えるらしく


 「こ、これは……!?」

 「やあやあ!ようやくこっちの世界に馴染んだようだね!」


 一つの人型の光が、話しかけてきた。


 「え?え? も、もしかしてこれは……精霊様?」


 サクラさんにも聞こえているようだ。


 「えーと、もしかして君たちがカスミの言っていた精霊たち、なのか?」

 「そうだよ。こうして見えて話せるってことは、タカヒロが完全にこっちの世界で確立したってことさ!」

 「確立って……」

 「今あの枝を切った術は、わたしの力を剣に載せたものだよ!」


 話しているのは、若干緑がかった光を放つ精霊のようだ。


 「あ、わたしはいわゆる“風の精霊”って呼ばれるヤツだね!」

 「タカヒロ様、本当に精霊と意思疎通ができるのですね……」


 サクラさんは驚愕しきり、というか驚愕を通り越して妙に冷静になっているみたいだ。

 俺の周囲に漂う5つの人型の光、それらは俺とサクラさんの前に空中で並ぶと


 「えーっとね、わたしたちはそれぞれ司る分野が異なる精霊だよ。こっちから順に教えるね。」


 そう言うと、向かって左端にいる風の精霊の隣から順に自己紹介を始めた。


 「あたしは“火”を司る精霊だよ」

 「ウチは“水”の精霊かな」

 「あたいは“土”の精霊よ」

 「オレは“金”っていた方がわかるかな」


 火に水、土、金、そして風……それって、もしかして五行のシンボルじゃなかったっけ?

 いや、五行は風じゃなくて“木”だったような……


 「あー、なるほど、じゃあ、君たちはフェス…光と影の精霊の仲間ってことか?」

 「そうだね、わたし達は仲間というか、同じ空間世界にいる生命体ではあるよ」

 「空間世界?」

 「うん、つまりね、本来わたしたちはこの世界とは別層位の次元空間で活動しているんだよ」

 「ウチらは、その次元空間からこの世界を観察して、時には仕事をしてるってわけよ」

 「仕事って、精霊って仕事してるのか……」

 「あはは、まぁ、人間が考える仕事ってのとはまた違うかも知んないけどね」

 「言ってみりゃあたい達は、この世界の要素の秩序を守るための監視役ってとこね」


 なるほど、っていうか、精霊ってホントに居たんだなぁ。

 まぁ、フェスターやムーンがいる時点で何となく分かってはいたんだけど。


 「タカヒロ様、やはり貴方は私たちとは違う、選ばれた者のようです。」


 サクラさんは納得した様子でこちらを見て言う。


 「もしかすると、この世にはびこる厄災から民を救う、勇者様のような存在……」

 「い、いーやちょっと待ってください!」

 「いいえ、昨日おっしゃられていた使命というのは、そういう事なのではないでしょうか」

 「それは……まだ詳細が不明なので何とも言えませんが……」


 何とも表現しがたい空気になってしまった。

 精霊たちは笑いながらこっちの様子を伺っている。というか、これ以上詳しい話をするつもりはないみたいだな。

 けっこう、妖精とか精霊っていたずらっ子なのかな?


 「と、とにかく、今はその、不確定な要素が多すぎて、確信するのは早計ではないかと思いますよ?」

 「それもそうですね、しかし、私は貴方様とこうして出会え、この場に立ち会えたことは何か運命のように思います。」

 「そう言っていただけると、嬉しいやら困惑するやら、ちょっと複雑ではありますけど……」


 「ま、とにかくね、わたし達がタカヒロを守護している以上、タカヒロは心配することはないよ」

 「そうね、あたし達があなたの力になることは確定事項なのだし」

 「オレ達は普段顕現しないけど、常に一緒にいるから大丈夫だぜ」

 「ま、あたいらの存在は公にしない方が助かるけどね」

 「あの、ウチらの事、よ、よろしくお願いします、ね」


 えーっと。

 もうね、次から次へといろんな事が起こりすぎて、正直ついていくのも厳しい。

 でも、現状ではサクラさん達に厄介になって、精霊たちやリサに守ってもらわないと、何もできないってのも事実だしなぁ。

 これはもう受け入れて納得していくしかないか。


 「うん、わかったよ。手間かけるだろうけど、みんなよろしくな。」


 と、ずっと成り行きを見ていたリサが


 「うふふ、これでタカヒロは私達とも普通に話す事ができるようになった、という事ね。」


 と話しかけてきた。

 おお、狼状態のリサと会話ができた。これは素直に嬉しいな。


 「あの、サクラさん。」

 「は! はい……」


 ん?

 心なしかサクラさんの俺を見る瞳が、潤んでいるような。

 というか、ちょっと頬というかご尊顔が赤らめているような。

 というか、なぜ両手を胸前で組んで奇跡を見たような、祈るような恰好で俺を見つめているのでしょうか?


 「サ、サクラさん!夜風に当たりすぎて熱が出たのではないですか!」

 「はッ!い、いえいえ、そんなことはございませんのことよ?」


 ハッとして姿勢を整え、普通に向き合うサクラさん。

 ちょっと言葉がヘンじゃなかったですか?


 「サクラさん、あの、改めてお世話になります。ご迷惑をかけないように気を付けますので、よろしくお願いします。」

 「もちろんですわ。こちらこそ、貴方と共に在りたいと願っています。」

 「ありがとうございます。」

 「でも……」

 「はい?」

 「一つ、お願いと言いますか、条件がございます。」

 「えーっと、できる事であれば何でもおっしゃってください。」

 「はい、では」


 まぁ、どんな条件だろうと飲むしかないだろ、この状況じゃ。

 何しろ衣食住のうち、食と住が確保できるか否か、なのだ。


 「今後、私の事はサクラ、とお呼びください。

 いかなる場面においても“さん”や“様”は絶対に禁止です。」

 「え、そ、それはちょっと……」

 「そして、私に対して敬語も禁止です。お友達のように話しかけてくださいな。」

 「しかし、それじゃ他の人達に」

 「宜しいのです、タカヒロ様はおそらく私達よりも大きな使命を背負い、しかもお強いのですから当然でしょう?」

 「うーん」


 なんというか、どう考えても身分とか気品とか気位とか、サクラさんの方がすごく高貴な感じはするんだけどなぁ。

 そんな人を呼び捨てとか、どうなんだろ。しかも団のトップだし、俺居候だし。

 とはいえ、この人けっこう頑固というかそんな気がする。

 ここで断っても、引かないような感じはするな。

 ならば、いいかな、飲んでも。


 「はい、じゃない、わかったよ。サクラ」

 「はい!」


 満面の笑みで返された。

 そんなに喜ばしい事なんだろうか、これ。


 「じゃあ、サクラも俺の事はタカヒロでもタカでも、呼び捨てでいいんだけど?」

 「それはできません!」


 ええー?何で?


 「タカヒロ様はタカヒロ様です、これはもう、私の中では固有名詞で決まっていますので!」

 「そ、そうなのか……」


 力強く否定されてしまった。

 これって他の人が聞いたらどうなるんだろう?

 そんなやり取りの後、体も冷えてきたので部屋へと戻る事にした。


 「では、明日は出発ですので、ゆっくりとお休みください。」


 「ああ、おやすみ。」

 「はい、おやすみなさい。」


 なんというか、甘酸っぱい時間のような感じもした。

 結構ハードな話を聞いたってのに、サクラといるとなんかこう、和らぐような感じがした。

 まぁ、これはこれで気が楽になっていいか。

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