第6話 我が名はカスミ!
ここは携帯の電波はない。
というか、この世界に携帯のシステムはない。
もっと言うと、電話すら存在しない様子。
そもそも、電源は切っていた。
それなのに、ああ、それなのに。
携帯が鳴り、通話ボタンを押したら女性が何やら叫んでいた。
もう次から次へと「???」が押し寄せてくる。
しばし固まってしまったのはしょうがないよな、うん。
「ちょっと、あんた何無視してるのよ!」
携帯から音声が漏れ出ている。
いつの間にかスピーカーモードになっているようだ。
「えーと、間違い電話ではないのでしょうか?」
「この電話すらない世界で、間違いも何もないでしょう!?」
「電話すらない世界なのに、なんでかかってきてんだよ!」
至極もっとな突っ込みだと思うのだけど、帰ってきた返事は意外な事だった。
というか、電話すらない世界?
やっぱりそうなのか?
「あのねー、そもそも電話してるんじゃないんだってば!」
「は?」
「トモベタカヒロ君だね、私の名はカスミっていうの。」
「は、はぁ……」
一連のやり取りをミーア山賊団の方々はあっけにとられて眺めている。
「まず最初に謝罪しておくわ。ごめんなさい、本当に。」
「は?何を?」
「実はねー、あんたを見つけてこっちへ転送したのは、私なんだ。」
なんだって?
「私が実行した訳じゃないけど、あんたに白羽の矢を立てたのは私だよ。」
混乱に拍車がかかった頭だが、努めて冷静に話を聞こうと思った。
「あーその、まずは話が見えないというか、理解が追い付かない。」
「だよねー、だからまず、説明をしようと思っていたのよ。」
そんな会話の中。
いちはやく我に返ったサクラさんが聞いてくる。
「あ、あの、タカヒロ様、この箱、というか板はいったい?」
「ああ、すみません。これは、その、スマホといいまして……」
「すまほ?」
「簡単に言いますと、いわゆる、遠く離れた人と話ができる機械です。」
「そんな便利な機械が?」
やっぱりこの世界にこういう文明の利器は無いみたいだな、うん。
「あー、カスミとやら、ひとまず話を聞こうか。他の方たちもここにいるが大丈夫なんだろ?」
「あーだいじょぶダイジョブ、というか、どっかから電話かけてる訳じゃないからね。」
うーん、やっぱりよくわからない。
「と、とりあえず座りませんか、皆さん。」
「そ、そうですわね、では……」
スマホを中心に、皆で車座で周りを囲むように座り、カスミの話を聞くことにする。
「えー、オホン。まずは私の事を説明するわね。」
「たのむ。」
「はーい。まず、私は幽霊ですッ!」
「は?」
「えーとね、平成7年のアレでね、死んじゃったのよ。」
「平成7年のアレって言うと、地震?テロ?」
「テロってなに?あれよ、大地震よ。」
「ああ、そっちか……」
そういや、あの地下鉄テロ事件は大震災の後か。
「でね、なんだか知らないけど他の人たちは成仏していくのに、私だけなぜかそのままだったのよ。」
「死んだ人って、成仏するとどうなるんだ?」
「成仏してないから知らないよ。」
「そ、そうか……」
「で、何でかなーって思ってたら、なんか優しそうな声で、これこれこういう人物がいるはずだ、その人物を探し出してくださいって頼まれたのよ。」
「はあ……」
「私としても、そのままただフラフラしているのもなんだなー、と思ってその頼みを聞いてね。」
「何というか、ポジティブなんだな、あんた……」
「カスミでいいよ。というか私たぶん、あんたと同い歳くらいじゃないかな。」
「何年生まれ?」
「えー?女性にそれ聞く?フツー。」
「ああ、すまん。」
話が逸れた。
山賊団の皆さんは黙って聞いてくれている。
「ま、いいわ。でね、たまたま自分のお墓に返ってきた時にあんたを見かけたのよ。で、よく観察したら頼まれた条件にピッタリだったみたいなので、依頼主へ連絡したわけよ。」
「依頼主って?」
「んー私もよくわかんないんだけど、すっごく高位で偉い人みたいだったよ。」
「高位?」
「うん、なんとなくだけど、人間じゃないわね。もしかしたら、神様?」
「神様って……」
「それは良いんだけど、あんたあの時息子さんと娘さんが一緒だったじゃない。」
「そうだ、3人で妻の墓参りに行ったんだからな。」
「転送そのものは、その神様みたいなのが精霊たちの力を使って実行したみたいなのね。」
「あんた、じゃないカスミがやったんじゃないのか。」
「うん、でね、私はそのフォローを頼まれて、それが終わったら同じようにこっちに連れてこられたってわけよ。」
「フォロー?」
「まぁ、それはまた別の話だから後でね。で、私は幽霊だから実体がないじゃない?だから、そのケータイを依り代にしてるってわけよ。」
なるほど、カスミの事は概ね理解できた、かもしれない。
「因みにね、このケータイは私が憑いている間は電源の心配はないよ。」
「はい?」
「私の霊力を動力源にしているから、電気は使わないんだってさ。」
「そうなのか。いや、それは良いんだが……」
「ん?」
「肝心の、俺がここに連れてこられたのは何でなんだ?」
「それはね、私にもよくわかんないんだけど、とりあえずこの後説明してくれる者が現れるってさ。」
何となくだが、このカスミは、要はパシリというか使い魔的に利用されたって事なんだろうな。
真相は知られるわけにいかない、というか、知らせる必要がないって事なのかも。
そう考えると、この人、というか幽霊も不憫と言えば不憫なのか。
「というか、カスミはなんで成仏しないでこっちに連れてこられたんだよ。」
「あー、それはね、んー、正直に言うとね、野次馬根性、かな?」
「何それ?」
「あうん、なんかこんな騒動にあんたを巻き込んじゃったわけじゃない?私も無関係じゃない訳だし、顛末を見届ける責任はあるのかなーって。」
「で、本音は?」
「面白そうだから付いてきた、いや、憑いてきた!」
「……まぁ、良いんだけどな、やっぱりお前ポジティブだよな、幽霊なのに」
「まあね!幽霊ではあるけど、意思は人間のまま持っているからねー。というか、過ぎたことを悔やんでもね、死んじゃったわけだし。」
いや、やっぱり前向きすぎるだろ、お前。
「あ、あのー、結局どういう事なのでしょうか?」
サクラさんが狐につままれたような状態から抜け出し、理解できないという風に聞いてきた。
「えーとですね、つまりは俺をこの世界に連れてきたのはこの箱に取り憑いている幽霊で……」
「は、はぁ……」
「この幽霊は、私と同じ世界というか、時代の者だった、という事らしいです。」
「ゆ、幽霊なのですか……タカヒロ様の世界の幽霊とは、ずいぶん変わった幽霊さんなのですね……」
恐らくだが、サクラさん達は現実味がないんだろうな、というか、理解が追い付いていないみたいだ。
「そういやあんた、精霊たちとはもうコンタクトしたんでしょ?」
「あ、ああ、何だっけ、光と影だったか。」
「え?まだ2体だけなの?」
「だけなのって、他にもいるのか?」
「うん、今もあんたの周囲にいるんだけど、まだ見えてないの?」
そういえば、気にはなっていたんだけど何か視界にチラついている。
飛蚊症にでもなったのかと思ったんだが、どうも違うみたいだ。
5つの光る何かが、視界に入っては消えしていたんだが、それどころじゃなかったので気にしない事にしてたよ。
「もしかして、この光ってふわふわ漂っているのが?」
「そそ、そのコ達が他の精霊よ。このコ達も、あんたに宿るというか、繋がるはずね。」
「精霊、ねぇ……」
「もう少し経てば、あんたの存在がこの世界で確立するはずだから、そうなったらちゃんと見えて意思疎通もできると思う。」
つまり、フェスターやムーンみたいに話すことができるってことか。
というか、フェスターとムーンは姿は見えないんだけどな。
「でね、あんたは今まだ完全にこの世界に馴染んでいないから、無茶したらダメらしいよ。」
「無茶って言われても、そもそもそんな事しねぇし、現状把握だけでいっぱいいっぱいだよ……」
「まぁ、そうでしょうけどね。でも、信じられないかも知れないけど……」
カスミは一瞬間を置いて言う。
「この世界では、あんた最強の人間だからね、現時点で。」
なんだそれ?
普通のオッサンが最強な訳ないだろ、いくら何でも。
というか、ここにいる山賊団の方々のほうが圧倒的に強いだろ。
「でもね、さっきも言ったけど、まだ存在が確立されていないから、その力も出し切れないし下手したら死なないまでも大怪我はしちゃうかもよ?」
「そ、そうなんだ。ま、まぁ、なるべく大人しくしとくさ。」
結局、カスミと俺の会話をずーっと聞いていたミーア山賊団の方々は、言葉を発することもなくその成り行きを見ていた。
なんとか内容を呑み込めたのは翌日の事で、それも全員ではなく一部の人だけだったみたいだ。
その日は遅くまで話をしていたが、いい加減腹が減りすぎてお腹が悲鳴をあげたところで一旦食事となった。
俺とリサは同じメニューなのだが、なにやら山賊団の方々よりも豪華な感じがした。
申し訳ないというか何というか、とても美味しいはずなんだけど味なんてわからなかったよ。
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