第2話 放浪、そして邂逅

 未舗装の道を歩き始めてから3時間は経過しただろうか、スマホの時計を見てみると午前11時30分と表示している。

 はて?墓参りが終わった時点で昼を過ぎていたはずなんだが、時計狂ったのか?

 うーん、謎だ。というかすべてが謎だ。


 そんなことを思いつつも歩く、ひたすら歩く。

 何故かと言うと、他になす術がないからだ。

 よくよく考えるとそれもどうなんだろうとは思うけども。

 時間と太陽の位置関係から、俺はどうやら北東へと進んでいるらしい。

 それは良いんだけど

 ここまで歩いてきて誰一人として行き交う人がない道。ホントに誰とも出会わない。

 俺の田舎の実家辺りでも、こんなに人気がない所なんて無いけどなぁ。


 そうして歩いているのだが、ちょっと困ったことがある。

 腹が減ったのである。

 ここが何処で、この先何かあるのかないのか分からない状況じゃ手持ちの食料を消費するのは若干危険ではないかと感じているのである。

 という事で我慢して歩くことにしたのだが、ホントに何もないし、この先民家とかあるかどうかも怪しい。

 一軒でもあると助かるんだけども。


 ちょっと疲れたので道端の石に腰を下ろして小休止しようと、林側の石に向かったその時。


 「ガルルルル!」


 ん?なんか聞こえた、というか気配がする。

 木々の間から見える草木が動いている、というか、それらを掻き分けて何かがこっちに向かって来ている。

 ちょっと緊張しながらそっちを見ていると……


 「ガウ!」


 で、でっけぇ!

 でっかい犬が出てきた!

 え?犬?きつね色のハスキー犬、か、これ?

 体長は2メートルは超えているであろうでっかい犬は俺の前に立ち塞がり、どうやら威嚇しているらしい。


 見たこともない大きさの犬。

 よく見ると、犬らしからぬ顔つきをしている。

 金色の毛に額に白いアクセント、威嚇してる口には鋭い牙。


 「ガウ!ワウ!」


 何といか、犬ってより狼っぽいな、これ。

 かなり怖いが、ひとまず敵意がない事を見せないとと思い、しゃがんで手を前に出しておいでおいでをしてみる。


 「ガルルルル……」


 しかしよく見ると……

 金色のツヤツヤの毛並み、もっふもふの尻尾、きりっとした顔。

 こんな怖くて危ない状況なのに、見とれてしまうくらい美しい犬だ。


 「よーしよし。何にもしないからな、襲ってくんなよ。」


 といいつつしゃがんでおいでおいでのポーズのまま固まる。

 攻撃されたらひとたまりも無いだろうし、走って逃げたところでそりゃムリ、イヌと駆けっこして逃げ切れるわきゃない。

 と、冷や汗を垂らしつつ固まっていると


 「グル?」


 何やら犬が威嚇を止め俺を見て首をかしげている。

 お、敵意がない事をわかってくれたか?


 「グルル……」


 何か考えているようだ。

 と、突然


 「ワオーン!」


 と小さく吠えた。

 びっくりしたわ!

 ま、まぁ尻尾は警戒の状態ではあるが、ひとまず襲ってくることはない様子ではある。

 ゆっくりとこちらに歩き出して俺の所まで来ると、あちこち匂いを嗅ぎだした。

 俺は身動きが取れない。なんというか、非常に怖い。

 そして、正面で止まると、差し出している俺の腕をスンスンと嗅いだ。

 と思ったら……


 「ガーウ。」


 と声を出して大口を開け、ゆっくりと


 「パクッ!」


 とは言わないが、噛みついた。

 恐怖である、というかパニックである。


 「わーーーッッッ!」


 噛みつかれた!

 腕をもがれる!

 こりゃダメだ!

 が、微妙に力が入って無さそう。

 甘噛み?みたいな感じなのだが、しっかりと牙は俺の右腕に食い込んでやがる。

 でも、そんなに痛くは……ない。


 「ちょ、おま、いきなり食うなよ!というか放してくれると助かるんだが!」


 そう言うと、犬は瞳だけこちらに向けて


 「ガウ」


 と小さく声を出した。

 噛まれた状態で、30秒ほどだろうか、感覚的にはすごーく長い時間に感じたが。

 犬は口を開けて腕から離れ、噛んだ所を舐め始めた。


 「グアゥ、ガウ」


 何か話しかけるような声を出しているんだが気のせいかな、というよりも、完全に襲ってくる様子が無くなった。

 と、その刹那


 (やー、ようやく接続できたかな?)


 頭の中で声がした!

 な、なんだこりゃ!?


 (お前、まだこの世界とリンクできていないから話せなくて困ってたんだよ。)


 は?


 (オイラは光の精霊だ、今お前ん中にいる。)


 は?


 (ボクは影の精霊です、同じく中にいます。)


 は?


 えーと、まったく訳が分からない。

 分からないままの俺を放置し、精霊とやらは一方的に説明を続けている。


 曰く


 俺は何者かによってここへ転移させられた、と。

 ここは何と、俺からしたら遠い未来の地球なのだ、と。

 転移の影響で俺本体が消滅しないように、この精霊たちは俺に宿ったというか同化した、と。

 なぜ俺が転移されたかは、おいおいその首謀者が教えてくれるだろう、と。


 あはははははは!

 これはあれだ、夢なんだ!

 俺は何かで倒れて、今病院かどこかで寝てて、とんでもない夢をみているんだ!


 だって、あり得ない。

 漫画やアニメじゃないんだ、こんな事は普通に考えてあり得るはずはない。

 精霊?転移?未来?うん、ないない。

 あり得ない。


 (まー信じられないのはしょうがないけどね、このままじゃお前ノタレ死んじまうだろうからね、早く意思疎通して状況を説明しようとしてたんだけど。)

 (ボクたちを認識して意思疎通するには、あなたがこの世界に馴染むためのきっかけが必要だったんです)

 (で、グッドなタイミングでこの子が現れたもんだからさ、噛みついてもらって“魔力”を注入してもらったってわけさ。)


 この子?

 この犬の事?

 魔力?

 そう言われて犬を見ると、お座りの状態で尻尾を緩く振りつつ、こちらを見ている。

 うん、カッコいいというかカワイイというか、奇麗な犬だ。

 いや、そうじゃない、そんなことは今は良いんだ。


 「ちょ、ちょっと待ってくれ」

 (何だい?あ、オイラ達と話すときは念じれば良いよ、考えるんじゃなくて念じるんだよ。)

 (人前で一人で声を出して僕たちと話すと、残念な人と思われますからね。)

 (あ、そうなの?じゃなくて、すまん、全く理解も納得もできない。というか、これからどうすりゃ良いかも見当もつかん。俺にどうしろと?)


 正面では犬が「ワウ?」と首をかしげて見ている。

 この犬、でっけぇけど、マジカワイイなぁ。

 だから今はそうじゃねーっての。


 (まぁ、しばらくはそこの狼がお前をサポートしてくれるってよ。よかったな!)

 (よかったな、じゃねえよ!)

 (それにボク達が宿っている以上、簡単に死んだりしないから安心してください)

 (おお、そりゃ助かる、じゃねえって!)

 (とにかく、オイラ達が居るから安心して、この道をそのまま進んでいけばいいよ)

 (えぇ……まだ歩くのかよ)

 (二日も歩けば、峠の入り口に到着するだろうさ。そこには「人」がいるはずだから、そこで一息つけると思うぜ。)


 なんだか無責任かつ投げやりになっているようないないような、そんな精霊?の話を聞くだけ聞いて、歩き出す事にした。

 と、その前に


 「えーと、なんだ、お前ってやっぱり狼なのか?」

 「ワフ」

 「? 俺の言ってる事わかるのか?」

 「ワフン」

 「で、一緒についてきてくれる、と?」

 「ワウ!」


 自然と涙があふれてきたよ。

 感激して思わず抱きついてしまったよ、毛フッサフサだなおい。


 「ワフー」


 そうか、犬だの狼だのじゃ、呼ぶのも変だよな。名前……は無いよな、野良っぽいし。


 「ところで、お前の名前ってあるのか?」

 「ワウー、ワフガウ、ガフ!」

 「あーすまん、悪かった、わからんわ」

 「キュウー……」

 「じゃあ、名無しじゃ困るし、名前というか呼び名つけよか?」

 「ワウ!」


 お、どうやら認知してくれたようだ。


 「うーん、俺、名づけとか苦手なんだが、どうしような」


 お座りのまま尻尾を早く大きくフリフリしつつ狼は待っているようだ。

 大きな体躯、金色の毛並み、もっふもふの尻尾、鋭い牙、強靭そうな足。

 と、そんな要素は全て無視して、何故か閃いた名前が


 「リサ、ってのはどうだ?」


 と言った瞬間、狼は大きく遠吠えをした。

 何となくだが、とても納得して驚いて喜んでいるように思えた。


 (あ、そうそう言い忘れた)


 精霊?がなんか言ってきた。


 (もうしばらくして魔力が馴染んで蓄積すりゃ、その狼とも話ができるようになると思うぜ)


 は?何だそりゃ?


 (ボク達の力ですよ。)


 おお、何か便利な力だな、なんか精霊っぽいぞ。

 いや、精霊か。


 (そういや、お前たちの名前は?話すんのに名前なしじゃ困るよな)


 (精霊に個々を識別し表す名前なんてないぜ)

 (ボクたちは基本、意思疎通は話じゃなくて同調で済みますからね)


 そういう問題か?

 いや、知らんけど、実際に俺とは話しているだろうよ。


 (あーでもさ、オイラ達いっぱいいるから識別の為には必要かもな)

 (そうだね、ゆくゆくはあなたが困るだろうしね)


 いっぱいいる?まぁいいや。


 (じゃあ、ひとまず“オイラ”の方は光の精霊だったな、じゃあ“フェスター”ってどうだ?)

 (おお、良いんじゃないか?どういう意味かは知らないけどな。)

 (じゃ、それで。んで、“ボク”の方は影、なので、そうだな、“ムーン”はどう?)

 (うん、良いですね。意味は分かんないけど)


 こうして、何が何やら解らないまま独りではなくなり、歩を進めることになった訳である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る