第3話 幸せへの冒険
三十三年前、ノラは奇跡を起こし、三キロ離れたとこから戻り、猫好きの夫婦と七歳の女の子の家に引き取られた。毎日が幸せの連続だった。でもこの幸せも、死にそうな老猫のアドバイスのお陰だ。何とかその老猫にお礼をしたいと、頭の片隅から片時も離れなかった。
でも、行動に移せられなかった。三キロ先の老猫への道のりを覚えていなかった。色々な所を歩き回ったからだ。下手すると再び、野良猫に戻ることも考えられる。それが一番の恐怖だった。野良猫の悲惨さを肌身に感じていたからだ。毎日が幸せであればあるほど、食べ物がなく死にそうな老猫を見捨てて良いのか、心の中に葛藤があった。
このままだと後悔するのではないかとの危惧が付きまとっていた。
引き取られて2週間後、ノラは外に出た。驚くべき光景が目に飛び込んできた。若い白猫と大きな黒猫が、ものすごい取っ組み合いの喧嘩をしていた。あまりにも体格差があり、黒猫の一方的な争いだった。
かわいそうなので、白猫に助太刀した。隙をみて黒猫の背後から足を攻撃した。
意表を突かれた黒猫は慌てて逃げて行った。
「ありがとよ。助かった」立ち上がりながら言った。
「なぜ、勝ち目のない喧嘩をするんだ」
「彼女に良いとこを見せたかった」
「女の取り合いで喧嘩になった? それほどいい女なのか」
「そうよ。一目惚れだ。なんなら、見に行くか?」
「ぜひ拝んでみたい」
近くの豪華な家の庭に入り込んだ。白猫が大きな叫び声をだした。
つんと澄ました女王猫みたいのが現れた。毛並は黒光りし、青い宝石のような眼をしていた。
「何か用?」
「俺と付き合ってもらいたいのだけど」おどおどした口調で言った。
「冗談じゃない。熱意は買うけど」
先ほどの喧嘩を見ていたようだ。一方的にやられていたのがバレタのだ。
「だめ?」
「そう。私には王子様のような強い猫が、幸せになれる団子を持って現れるの」
「本当かよ」
「あなたと一緒じゃ、幸せになれないわ」つれない返事だった。
「幸せになれる団子? そんなもの、あるの?」
「あるわ。天からのお告げがあったの」
その団子を持ってこなければいけないとのことだった。
「じゃ、幸せになれる団子を持ってくれば、付き合ってくれる?」
「いいわ。でも、団子を持ってこないとだめよ」
「分かった。必ず、持ってくる」と言ってシロとノラは庭から出た。
ノラは呆れかえった。シロは自分の彼女と言っていたが、全くの勘違いをしているようだ。
「なにが彼女だ。彼女は高嶺の花だ。諦めな」冷たく言い放った。
「そんなこと言うなよ。幸せになれる団子って、聞いたことある?」
彼女も何か勘違いしているようだ。白馬に乗った王子様が現れると信じていれば、一生独身に終わるだろう。
「ない。そんなものあるわけないじゃない」シロのためにキッパリと言ってやった。
「あるかもしれないじゃない。誰か、知っている人がいないかな」藁をも掴むようだ。
このままだとシロが少し可哀そうになり、ノラは脳漿を絞っていた。
「そうだ。あの老猫なら知っているかもしれない」
ノラが最悪の逆境にいたとき、死にそうな老猫が、そこから抜け出す方法を教えてくれたのを思い出した。なんでも知っている仙人みたいだだった。
「その老猫の所に、連れて行ってくれないか」
「簡単に言うなよ」
ここから三キロも離れた所である。行く道は全く覚えていないのだ。道に迷い野良猫になる可能性がある。野良猫として保健所につかまり、殺処分されるかもしれないのだ。
「命がけだぞ」
ノラはいつか行かなければいけない。お礼したいと、常々思っていたのだが、ノラに葛藤があった。
「お前、そこから戻ってきたのか?」
「老猫の言う通りにしたら、奇跡的に戻ることが出来た」
それで、現在の主人に飼ってもらうことになったのである。
「本当か? 俺はどうしても幸せの団子を見つけたい。命を懸けてもいい」
「お前は単純でいいな。俺はかなり複雑なんだ」
ノラは老猫の所に行きたいことはやまやまだった。しかもそこから戻ってきた。
「ある程度の感覚はあるだろう」
「多少はあるけど、自信はない」
「リスクを取らなければリターンはないぞ」
しばらく思案を巡らせていた。
「よし分かった。俺も決めた」
シロと一緒なら、成功する予感があった。すぐに行かないと、老猫は死んでしまうかもしれない。半月前、腐った饅頭が最後の餌だと言っていたからだ。
「今、すぐ行こう」シロが盛んに催促した。
「準備がいる」
「なんの?」
「老猫への餌をどう運ぶかだ」
「なるほど。恩返しに、餌を持っていくのか?」
「そういうことだ」
家にエプロンで作った服があるのを思い出した。それには大きなポケットが付いている。それを着て行く事にした。
「なんのために、そんな服を作った?」
その服を着せられ、写真を撮られた。SNSの投稿に使ったようだ。
「それを着ていこう」ノラが目を見張って言った。
「どうやって着るんだ?」
「とにかく俺の家に行こう」
家に入り、エプロンで作った服を箱から引っ張り出した。それを銜えて、台所で料理を作っていた母親の所に行った。
ノラは服を床に置き、
「ニャー・ニャー」と優しく鳴いた。
彼女は振り向き、不思議そうな表情を浮かべた。
「俺の背中にその服を載せろ」と言いながら床にうつぶせになった。
シロがその通りにしているのを母親が見て、
「お友達を連れてきて、何をしているの? この服を着たいわけ? 」と尋ねた。
「ニャー」と答えた。
彼女は包丁を置き、ノラに服を着せてくれた。
隣の部屋に行き、シロにポケットいっぱいに、餌を入れて貰った。自分では入れられない。シロに入れて貰うしかないのだ。
二人はすぐに外に飛び出し、あてのない旅が始まった。試行錯誤を繰り返し、迷い迷い歩き回った。苦労の連続だった。
「ノラ、腹が減って死にそうだ」
「なにを言っている。まだ一日しか歩いてないぞ」ノラが目を丸くして言った。
「何日、歩けば到着できる?」
「七日か十日か、まったくわからない」
「それまで我慢しろと言うのか」
到着する前に死んでしまうのではないか。ポケットの餌を食べようとせがんできた。
「直ぐ無くなるよ」ノラが心配そうに言った。
「無くなれば、途中で補給すればいいじゃないか」
シロはあまりにも楽観的だと思った。
「どうやって補給するのだ?」
「その時に考えればいい」
「しょうがないな。少しだけだぞ」
シロの言っている事に的を射ている部分もある。妥協することにした。
老猫に届けるはずの餌は五日で無くなった。
「シロ。最近、世の中は厳しくなった。野良猫に餌をくれないぞ」
「こうなったら、野良猫の餌を奪うしかないな」シロが言い切った。
ノラは喧嘩には自信がなかった。縄張り争いとなると死活問題である。
「厳しい戦いになるぞ」
「元野良猫のくせに情けないな」
シロは、かなり積極的で、前面から行く作戦だった。ノラは後方支援に回ることになった。
「頼むぞ」シロだけが頼りだ。
「二人で組めば大丈夫だ」
夜中の一時ごろ、物陰に隠れてあたりの様子をうかがっていた。その横を大きな野良猫が通り過ぎて行った。
「カモが来たぞ」
「少し大きすぎるのではないか?」ノラは目を大きく見開いて言った。
「馬鹿を言え」
大きいと言うことは、大きくなるまで餌を食っていた。いい餌場を知っているということだと凄い意見を述べた。
「飼い猫だろう。そんな事をよく知っているな」
「野良猫に聞いた」
さとられないよう、後をつけた。
大きな野良猫は飲食店の路地に入って行った。大きなポリバケツの端に飛びつき、体重をかけてひっくり返した。その衝撃で蓋が取れた。中のものを取り出そうとしている。
「ノラ、餌があるぞ。後方に回れ」
大回りして野良猫の後ろについた。
シロは歯をむき出しにし、唸り声をあげて近づいて行った。
野良猫もシロに対峙して戦闘態勢をとった。
その瞬間、ノラは突進して野良猫の右後ろ脚にかみつく。
野良猫は足からノラを振るい落とそうとし、後ろを向く。
その瞬間、シロが野良猫の首にかみついた。ものすごい騒動となり、ついに野良猫は逃げ去った。
二人はハイタッチした。
「ノラ、うまくいったじゃないか」
「お前の作戦通りだ。早く食ってポケットいっぱいに詰め込んでくれ」
バケツの中には、肉や魚など旨そうなものが沢山あった。久々のご馳走で腹がいっぱいになった。
狩りの方法を知った二人は、太っ腹になった。ポケットの中の餌は三日で無くなった。
歩けど歩けど、目標の場所が見つからなかった。
今度の餌場はコンビニの裏だった。前回と同じ方法で、大きな野良猫を撃退させた。餌を満喫しているところに、四匹の大きな野良猫に囲まれた。仕返しに来たのだ。二匹ごとに分かれ、もう然と襲い掛かってきた。一匹はノラの背中に爪を立てて首にかみつき、もう一匹が左足にかみついた。
ノラも激しく戦ったが、とても歯が立たなかった。
「悪かった。許してくれ!」と悲鳴を上げた。
そのうち、攻撃を止めて二匹はシロとの争いに参戦した。
シロはボコボコにやられていた。
「謝って、止めろ!」
シロは徹底的にやられた。二人は体中に傷を負った。特に戦いを選択したシロは、ほとんど歩けない状態だ。
逃げを選んだノラも歩くのも辛かった。何とか近くの物陰に移動するのがやっとだった。
「終わったな。俺はもうダメだ」シロは完全に弱音を吐いた。
「いいか。諦めるな。老猫の教えだ。ここに二・三日いて、回復を待とう」
「とても二・三日で直るケガじゃないぞ」
「分かっている」
ここはポジィティブに考えないとだめだ。俺たちは立ち直れると強く潜在意識に訴えるのだ。老猫の教えだ。
「難しいことを言うな」感心した表情を浮かべた。
そこで三日間、安静にしていた。ノラは少し良くなった。でもシロはまだ歩ける状態ではなかった。
ノラは立ち上がり歩いてみた。少しなら歩ける。
「どこに行くんだ」
「近くを回って餌を要求してみる。食べないと傷も癒えぬ」
「頼むな。腹がすいて死にそうだ」
ノラはびっこを引きながら、各家の戸口で、
「ニャーニャー」と必死に鳴いてみた。
全くの音沙汰なしだ。足の痛みの限界までやったが、無駄だった。シロの所に戻った。
「その顔を見ると、だめだったな」
「世の中、厳しい」ノラは泣きそうな表情を浮かべた。
「馬鹿なことしたな。こんなことしなければ、飼い猫で安泰だったのに。つい欲が出てしまった」
「まだわからん。逆境の時が運命を変えるチャンスだ」
「死にそうだというのに、なにがチャンスだ。お前、頭がおかしくなったのか」
「老猫の教えだ」
翌日。場所を変え、各戸口で鳴き叫んだ。まったく反応なしだった。諦めて帰ろうとした。その時、後ろから、
「ノラ、ノラ」と言う声がかかった。
振り返ると、六十歳ぐらいのおばちゃんがボウルを差し出し、手招きしているではないか。
びっこをひきながら、急いで近づいた。門の中に招かれた。
彼女は門を閉めた。近所の人に見つからない様にしているのだろう。
ボウルの中には、旨そうな鮭の切り身とご飯が入っていた。むさぼるように食べた。
「うまい!」と舌鼓を打った。
でもシロの分は残した。
「びっこを引いているけど、怪我でもしたの。見せてごらん」と言って左足を手に取った。
「あら大変だ。このままだと化膿する。ちょっと待って」
言っていることは分からなかったが、すぐ帰るのは失礼と思い、ちょっと様子を見ることにした。
彼女はすぐ戻り、抗生物質入りの軟膏を傷口に塗ってくれた。
お礼に、彼女の足にじゃれついた。
「かわいいね。こんな服を着せられて捨てられたのかい。かわいそうに」と言って頭をなでてくれた。
彼女と別れ際、ボウルに残っていた餌を口いっぱいに押し込んだ。シロの所に戻り、足元にあった紙箱に吐き出した。
「おう! ありがたい。何日かぶりの飯だ。どうやってこれを?」
「親切なおばちゃんにもらった」
びっこを引いていたので、同情して餌をくれたに違いない。ピンチの時が運命を変えるチャンスなのだ。老猫の言う通りだった。
「傷の手当までもしてくれた。早く食え」
「なるほど。ピンチの時はチャンスか」と感心していた。すぐに、むさぼるように食べ始めた。
「うめい。助かった! 傷の手当だと?」思い出したように言った。
「そうだ。明日、一緒に行こう。手当てをしてもらえれば早く治る」
「これじゃ、無理かもしれない。明日、様子を見よう」
二人は久しぶりにぐっすり寝る事ができた。希望の光りが見え、ストレレスが解消されたからだろう。
目が覚めてシロが言った。
「足の様子はどうだ?」
「あれ! 見違えるようによくなった。傷の手当のお陰だ。お前はどうだ?」
「俺もだいぶ良くなった。ご飯と熟睡のお陰だ。無理してでも、その親切なおばちゃんの所に行ってみせるぜ!」
シロは足を引きずるようにゆっくりと歩を進めた。
おばちゃんの門の前で、ノラは必死に鳴いた。
満面の笑みを浮かべ、おばちゃんが出てきた。
「あらあら、お友達を連れてきたの。早く門の中に入りなさい」と言って門を開けてくれた。
シロは足を引きずりながら入った。
ノラも後ろに続いた。
「あら、お友達のほうが悪いようね」足を手に取って言った。
「これは重傷ね。早く手当てをしないと、切断しなきゃならないかも」
門のドアを閉め、急いで家の中に入って行った。彼女は戻ってきてシロの足に軟膏を塗り、包帯まで巻いてくれた。
「ちょっと待ってね。ご馳走を持ってくるから」
二人は親切なおばちゃんのお陰で、すっかり元気を取り戻した。もう餌の心配は無くなった。シロを置いて、ノラは目的の場所を見つけることに専念した。方々を根気よく探し回った。
三日後、執念のかいがあってついにその時が来た。捨てられた公園にたどり着いたのだ。ここから、老猫の家はすぐ近くだ。猫専用の入り口から家の中に入って行った。
老猫が居間にぐったりと寝そべっていた。死んでいるのではないかと思った。
「大丈夫?」と声を掛けた。
何の反応もなかった。急いで老猫に近づき、
両肩をゆすって、
「先生、しっかりして」
「ああ」とか細い声を出した。
ノラは逆立ちした。ポケットから、ステーキを半分にした二つがずり落ちてきた。一個を老猫の顔に近づけた。
「天国はいいな。何もしないでもステーが出てくる」と言いながら食べ始めた。
やがて、はっと我に戻った。
「誰だ?」と言ってゆっくり頭をもたげた。
「先生に、逆境からの脱出法を教えてもらった野良猫ですよ」
「おう、お前か。危なく三途の川を渡るとこだった」
ノラが声をかけなければ、死んでいたかもしれない。
「間に合ってよかった」胸をなでおろした。
「このステーキはお前が持ってきたのか?」
「そうです」
先生は最大のピンチは運命を変えるチャンスだと言った。その通りだった。ピンチを乗り越えて飼い猫になれた。そのお礼に三キロ先から命がけで来た事を告げた。
「お前は他の猫とは違うと思っていたが、猫界のヒーローだ」
大げさな誉め言葉だったが、すごくうれしかった。
「ありがたい。この肉は新鮮だな。何処で手に入れた?」ステーキを食べながら尋ねた。
「この近くの親切なおばさんにもらいました」
「すると、お前は食べずに俺に?」目を大きく見開いて言った。
「ええ。あと半分は相棒の分です」
「相棒が、なぜ、わしに? 」
「相棒が先生に聞きたいことがあるので」
「そうか、友達を連れてこい」
「明日、一緒に来ます。食料も持ってきます」
「食料はこれで十分だ」
老猫には死に時が分かるようだ。あと少しのようだ。
「少しでも長生きしてください」
「本当によく来てくれた。お前の心意気はステーキよりもはるかに大きな愛だ」
「ありがとうございます」
老猫はケイコ先生が言っていたことを思い出していた。人間は最後の五年が大事なようだ。(いつ死ぬか分からないが)どんなに苦しみ、辛いことがあっても、最後の五年が幸せなら、(いい人生だったな!)と思いながらあの世に行ける。反対に、若いころどんなに活躍して名誉を得ても、最後の五年が不幸なら、(つまらない人生だったな!)と悔やみながらあの世に行くことになる。例えば、がんになっても、薬物治療や放射線治療はあまり効かない。逆に、薬の副作用や放射線で、ケイコ先生のように苦しみながら死ぬケースが多いようだ。猫でも同じことが言える。
「だから死ぬまで健康で幸せに生き、ころりと逝く必要がある」
「そんなにうまくいきますか?」
「長生きすればその確率は高くなる」
老猫の主人のケイコ先生は、今、がんで苦しんでいる。老猫も先生がいないので、悔やみながらあの世へ行くところに、ノラが現れた。
「おかげで、いい猫人生だった! と思ってあの世に行ける」
「そう言っていただけると、命を懸けてここに来たかいがあります」
老猫は心の底から喜びが溢れ、押し隠すことが出来ないでいた。
「来てくれて、ありがとう」
今までの経緯を詳しく話した。
シロのいる所に戻った。
「ついにやったぞ!」顔一面に満悦らしい笑みを浮かべて言った。
「老猫の居場所が分かったのか?」ひしめき合うように沸き起こる幸せ感を浮かべて言った。
「当たりだ!」
二人は抱き合って思わず快哉を叫んだ。
翌日、シロと一緒に、老猫の所に行った。
シロは幸せになれる団子があれば、自分もパートナーを見つけられると信じていた。だから老猫に会えた時、期待と不安で胸が高鳴っているようだった。
老猫は昨日のステーキに感謝を述べ、
「俺に聞きたいことってなんだ?」と率直に尋ねた。
「幸せになれる団子ってあるのでしょうか?」身を乗り出して尋ねた。
老猫は少し脳症を絞っていた。老猫は以前、ケイコ先生から青い鳥の話を聞いていたのを思い出した。
チルチルとミチルが幸せになれる青い鳥を探しに旅に出た。しかし、どこを探しても見つからなかった。それは幻であり、本当の幸せはすぐ近くにあり、自分で掴むものだと気づいたのである。
老猫はおもむろに切り出した。
「お前の身の回りにいくらでもある」
シロはあたりを見回しながら、
「えっ!どこにあります?」と目を白黒させて言った。
「ノラだよ。話は聞いた。ノラと親友になれたのだろう。それで幸せを感じないか?」
ノラのお陰で命拾いした。先生に会うこともできた。
「確かに、今は幸せです」
「俺も幸せだ」
シロが背中を押してくれなければ、ここに来ることは出来なかったので、ノラが口を挟んだ。
シロはうなずき、
「食べれば、幸せになれる団子はないのでしょうか?」と真剣な表情で尋ねた。
「そんな物はない。しかし幸せに欠かせないものがある」
「なんでしょう? 」
「幸せの第一原則。健康」
「それは身に染みています」
シロは餌争いで瀕死の重傷を負った。健康でなければ何もできないのは自覚していた。
「幸せの団子はまだあるぞ。お前が望んでいるパートナーだ」
「そうです。無いのでしょうか?」
彼はパートナーがどうしても欲しかった。それには、幸せになれる団子を、持ち帰らなければいけないので必死だった。
「無理だな。団子でなく、違う方法で口説くと良い」
「ほかの方法と言うと?」
「幸せの第二原則。人間関係」
「人間関係? 猫界でも通じるのですか?」
「もちろんだ」
ケイコ先生が口癖にしていた。人間関係で大事なことは(相手を認めること)と(大きな愛を貰ったら、必ず、恩返しをする)ことだと。老猫はこの事をどうしてもシロに伝えたいようだった。
「ノラがその良い見本だ。命を懸けて恩返しをした」
「なるほど。相手を認めるとはどういうことでしょう?」
誰でも自分を認めてほしい願望がある。だからケイコ先生は積極的に認めるように努めていた。これは非常に大事で、ぜひ、シロも実行して貰いたいと思っているようだ。
「ですが実際の場合、なかなかできないですよ」
自慢話を聞くのはつらい。つい反発してしまう。
「そこが味噌だ」
他の人がやりたくない事をやってやれば、相手は好意を持つはずだ。
誰でも、自分のここを褒めてほしいというところがある。それを察知し、言葉に出してほめることが重要だとケイコ先生が言っていたのを思い出したようだ。
「なるほど。言葉に出すことが重要なのですね」
「そうだ。心で思っているだけではダメだ」
「なるほど。なかなか口には出せません」
「幸せの第三原則。生活ができる程度のお金。猫では毎日の餌だ」
「それは言えていますね」
シロは今まで餌は当然、もらえるものと思っていた。この冒険で初めて飼い猫のありがたみを感じたようだ。幸せになれる団子は手に出来なかったけど、老猫に会えることが叶えられたことが何よりも有意義だったようだ。
「この冒険をやってよかったです」
「そうか。言いたいことは全部を話した。帰りは大丈夫か?」
「大丈夫です。要所、要所に、小便をかけてきました」ノラが割り込んで言った。
帰りは五時間ほどで到着した。その足で女王猫の庭に入り込んだ。
シロが大きな声で叫んだ。
女王猫が現れ、シロの包帯が巻かれている足を見て言った。
「その足、どうしたの?」
「幸せの団子を見つける旅でケガをした」
「それで、見つかったの?」
「幸せの団子を持ってくることは出来なかったけど、すぐそばにあるって」
「なにを言っているのかわからないわ。骨折り損のくたびれ儲けね。じゃね」
と言って踵を返した。
「待てよ。これから話すから」
取り付く島もない。女王猫は姿を消した。
「クソッタレ!」とシロは天を仰いだ。
「無理だ。諦めろ」ノラは冷たく言った。
「命を懸け、幸せの団子を見つけに行ったのに。なんだ、あの態度は! 」
「お前の誠意を無視する猫は馬鹿だ」
こんなのとパートナーになれば、間違いなく不幸になるとノラは強く思った。
「行こう」
庭から出てそれぞれの家路につこうとした時、かわいい雌猫に逢った。
「シロちゃんじゃない。ここのとこ姿を見せなかったわね」
「ハナちゃんか。ちょっと旅に出ていた」
彼女に会い、シロが溢れる喜びを押し隠すことが出来ないようだった。
ノラがシロの横腹を突き、
「第二原則。第二」と小声で言った。
シロがちらっとこちらを向き、思い出したように言った。
「ちょっと見ないうちに、きれいになったね」
「そう? 変わらないと思うけど」彼女は浮かぬ顔して言った。
ノラはまたシロの横腹を突き、
「違うだろう」と言った。
シロは思案を巡らし、
「ハナちゃんが優しいせいかな。話をしていると、ほっとするよ」喜色満面になって言った。
「そう言われるとうれしいわ。何しに旅に出たの。びっこを引いているのはそのせい?」
「そうなんだ。命がけで幸せの団子を見つけに行った」
「そんなものがあるの? 見つけられた?」
「すぐそばにあるんだ」シロは心に喜悦を禁じ得ない状態だった。
「どこ?」辺りを見回していた。
「目の前だよ。今、見つけた。ハナちゃんが幸せの団子だよ」
シロの目が嬉しくてたまらないというようにきらきらと光らせていた。
「なんだかわからないけど、嬉しいわ」嬉しそうに顔を輝かせ息を弾ませていた。
ノラは、
「ありがとう」と言ってその場から離れた。
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