第4話 愛の大冒険物語

        

      愛の大冒険物語


        (一)


ノラは眠りから覚めて外に出た。太陽が沈み、夜の帳に包まれそうになっていた。とりあえず、友達のシロの所に行った。ハナといちゃついていた。この前の冒険で、二人はパートナーになったのだ。

「シロ、ハナちゃん。相変わらずだな」内心では彼らの仲睦まじさに嫉妬を抱いていた。

ちらっとノラに視線を向け、

「羨ましいのだろう? 」減らず口を叩いた。

見透かされたようで、その場を離れた。いつも行かない路地に入った。


ぐったりと横たわっている雌の黒猫と、それをいたわるように寄り添っている、かわいい白の雌猫がいた。昨日は雨が降り、体は泥だらけになっていた。

「どうしたの? 黒猫、死んでいるように見えるけど」とノラが投げかけた。

彼女はゆっくりと振り向きながら、悲しげな表情を浮かべて言った。

「そう。二日前から、意識がないの」

「二日間も、添い寝をやってあげているの?」

「せめてそれぐらいしてやらないと、この子があまりにもかわいそうよ」

「友達だったの?」

「野良猫だけど、私の大事な話し相手だったの」

交通事故に巻き込まれ、歩けなくなったのだ。毎日、餌を運んでやったのだけど、日に日に弱っていったようだ。

「大変だったね」


彼女の一途さに衝撃を受けた。これほど友達思いの猫に逢ったことがないため、心が動揺した。なんと心優しい猫だ。今まで感じたことがないものが、込み上げてきた。これが恋というものか。



「俺、ノラと言う。それだけでいいのでは。腹がすいただろう」

白猫はゆっくり立ち上がって、

「私、ユメ。おなかがすいているけど、帰るところがないの」

「野良猫なの?」

「飼い猫だったけど、もう家に帰りたくないの」

「どうして?」

彼女の飼い主は酒を飲むと人が変わり、暴力をふるうのである。人間に対して信頼感を失いかけていた。餌はくれるので、事故に巻き込まれた猫に持っていくため、我慢してきた。

「彼女がいない今となっては、もう帰りたくない。死んだほうがましだわ」


「つらい思いをしてきたのだね。よし、俺の家に行こう」

ノラの家族はみんな、猫好きだから歓迎してくれるに違いない。一緒に住もうと提案した。

「うれしい。でも大丈夫かしら」

「任しとけ」胸を張った。


二人は家に入った。そこに、

「ご飯ですよ」と言って母親が現れた。

彼女は白猫を見て目を丸くして言った。

「こんな汚い野良猫を連れてきたらダメよ。ノミだらけなの」

ノラがこの家に来た時もそうだったのかもしれない。大変だったのだろう。


彼女はユメをつかみ取り、家の外に放り投げた。

ノラは唖然として見ていたが、すぐに飛び出して彼女を追った。

後ろから、

「どこ行くの。ご飯、食べないの?」と言う声がした。

ノラは面目丸つぶれで、怒り心頭に発していた。


「ごめん」

母親はてっきり猫好きかと思っていた。全く違う面を目の当たりにして戸惑いと怒りを覚えた。

「仕方ないわ」

昨日、雨が降ったから、ユメは泥だらけになってしまった。母親が嫌うのも無理がないと感じているようだ。

「優しいね。怒らなくていいの?」

「猫は自分の意志で、飼い主を変えることが出来ないわ。そこが悲しいとこね」

ユメが言う事は的を射ていると感じた。ノラはそれが出来たら最高だとしみじみと感じた。


「これからどうしようか?」

「家に帰ればいいじゃない。私は野良猫で生きていくわ」

「なにを言っている。野良猫で生きていくのは大変だよ」

「そう?」

「第一に、どうやって餌を見つけるの。分かっている?」

「分からない」悲しげな表情を浮かべた。


ノラはしばし考えを巡らせていた。家に帰り、毎日餌を彼女に与えることも考えた。母親は一人分しか餌をくれない。それを二人で分けることは、長期的に考えれば続かない。そんなことより、ユメに、恋に落ちてしまったのだ。一緒に暮らしたいとの欲望の炎が激しく燃え上がっていた。しかし、その打開策はどうしても頭に浮かばなかった。


「思い出した! 仙人に聞こう」思わず手を打った。

「えっ! 仙人?」ノラの顔をまじまじと見つめて言った。

「死にそうな老猫がいる。物知りで何でも知っている」

飼い猫になれたのも、老猫のアドバイスのお陰であると伝えた。

「すごいわね」

「三キロ、離れた場所だけど」

「三キロも離れた所? どうやって行くの?」

ユメは五百メーターも離れたところに行ったら、確実に迷子になりそうなので不安になっているようだ。

「大丈夫。何回も行ったり来たりしている」

三時間ほどで行けるのは間違いない。問題はまだ生きているかが心配だった。

「すぐ、行きましょう」

ユメは溢れる喜びを押し隠すことが出来ない様子だ。


二人は旅立った。ほとんど迷うこともなく老猫の家に着き、猫専用の入り口から中に入った。


居間に、老猫は死んでいるかのように、ごろりと横たわっていた。

身体を揺り動かしながらノラが言った。

「駄目だ。意識がない」底知れぬ不安が襲い掛かってきた。

「気つけ薬がないか、探すわ」

彼はふと、名案が脳裏をかすめた。

「大丈夫だ。俺はAEDを持っている」胸を張って言った。

「AED。何?」

「見ていな」

老猫の鼻に尻をつけ、強力なおならを発した。


老猫ははっと目を覚まして言った。

「ここはどこだ? お前らは誰だ?」だるそうに頭を上げ、目を白黒させて言った。

「あの世ではありません。俺ですよ」右手を自分の顔に当てて言った。

老猫は完全に気を取り戻して言った。

「お前か」何か一安心しているようだった。

「大丈夫ですか?」

「ケイコ先生はもうすぐこの世を去る。俺も一緒に去る。一緒に逝けるのもお前のお陰だ」消え入りそうな声で言った。


「紹介します。恋人のユメちゃんです」

「泥だらけじゃないか。こんなのに惚れたのか?」

なぜ泥だらけなのかを説明した。

「大事なのは心ではありませんか」

「お前はだいぶ成長したな。で、なんだ?」

「俺たち、一緒に暮らしたいのです」

「お前の飼い主は猫好きだったのではないか?」不審そうに尋ねた。

「私もそう思っていました」

自信を持って彼女を家に連れて行ったが、母親は怒ってユメを家の外に放り投げた様子を伝えた。

「本当の猫好きなのでしょうか?」

「泥だらけの姿を見れば、嫌がるだろうな。でも本当の猫好きではないな」


「俺たち猫は飼い主を選べないのでしょうか?」憂いを顔に浮かべ、真剣に尋ねた。

この願いを何としても叶えたいと思った。

「それは難しいな」

しばし口を真一文字にして考え込み、

「方法はないとは言えないぞ」と切り出した。

二人は身を乗り出し、

「その方法を教えてください」と思わず口から飛びだした。

「断っておくが、かなり困難な道だぞ。しかも後戻りはできない。その覚悟があるか?」

「あります」ノラはすかさず言い切った。


「困難で後戻りはできないのですか?」

ユメは目を見開き、唇をかみしめた。顔には恐怖や不安が浮かんでいた。彼女はノラの無茶な決意に反対したかったが、彼の熱い眼差しに今までは言葉が出なかった。

「そうだ。ここから五十キロも離れたとこに行かなければいけないのだ」

彼女は衝撃を受け、我慢できずに言い放った。

「絶対に無理! そんな道を選んだら、ノラちゃんは必ず、不幸になる。止めた方がいい」

息を呑み、顔をしかめた。声には震えと不安が込められていた。

「ポジィティブに考えないとだめだよ。無理だと思えば無理になる。出来ると思えば出来る。そうですよね、先生」

「ノラは俺の言ったことが身についてきたな。必ず、出来ると潜在意識に訴えると、その通りになる」ユメを諭すように言った。


ユメは自分が幸せになるより、迷惑をかけることを懸念しているのだ。痛いほどわかる。

今の飼い主の所に戻れば、幸せになれるとでも思っているのだろうか。今までは確かに幸せだった。野良猫から飼い猫になれたからだ。でも今はステージが変わったのだ。ユメと一緒じゃないと幸せになれない。


「やるしかないじゃない。必ず、出来る!」

「後悔するわ」

「やらないほうが後悔する。失敗したっていいじゃない」

「ノラの言う通り。失敗を恐れてはだめだ。よし。決まりだな」老猫が決めた。


先生のことだから、当然、五十キロも離れた所まで行く秘訣を知っているに違いない。

「行く方法をがありますよね」

「当たり前だ。ちゃんとした当てがあるから、お前らに勧めるのだ」

「当てと言いますと?」身を乗り出して言った。

「ここからまっすぐ、西に向かうといい」

「西? 何のことですか? 」

「いいか、よく覚えておくがいい」

太陽は東から登り西に沈む。太陽が沈む方向に進めばよいのだとアドバイスを貰った。これだと簡単で行けそうな気がした。


「なるほど。目的地は?」

「日本一のしだれ桜がある公園の近くだ」

「目印もいいですね。どんな飼い主が住んでいるのですか?」

「本当の猫好きだ。お前らをきっと受け入れてくれる」

「先生はなぜ、それを知っているのですか?」

ケイコ先生の妹のようだ。二人が保健所の収容場所に来て老猫と弟を引き取ってくれた。ケイコ先生と妹、老猫たちがその家に住んでいた。十一年ほど前、妹が結婚して弟とそこに住んでいるらしい。

「以前、一緒に住んでいた」

「そうですか」


これで我々猫達が飼い主を選べると言う事になりそうだ。

「俺はもうすぐこの世を去る。形見に、俺の首輪を付けて行け」

「ありがとうございます」

首輪は手作りで、半分がゴムになっていた。すぐ外せた。 ユメに首輪をつけてもらった。

「幸せになるのだぞ」

「必ず、成功させます! 」と潜在意識に強く訴えかけた。


家を出た二人は空を見上げた。太陽が雲から出て昇ろうとしていた。あちらが東の方角だ。何処に沈むか見極めるには時間がかかりそうだ。

「おなかがすいているだろう」

「おなかと背中がくっつきそう」

近くに親切なおばちゃんがいるのを思い出した。以前に来た時、非常に世話になった。傷の手当までしてくれた。

「命の恩人がこの近くにいる」

「いい人を知っているのね。ノラちゃんは本当に頼りになるわ」


おばちゃんの家の前で、

「ニャー、ニャー」と大きく叫んだ。

顔一面に満悦らしい笑みを浮かべ、

「ノラか。最近、来なかったね」と優しく声をかけてくれた。

同じ白猫でも、前のとは違う事をおばちゃんは意識しているようだ。泥だらけのユメに気づき、後で洗ってくれそうな気配だ。

二人を門の中に入れてもらった。

彼女は家に戻り、ボウルにご飯に鰹節をたっぷり乗せて持ってきた。

本当に美味しく、がつがつ食べた。

食べ終わるとユメを抱き、家の中にもっていった。三十分ほどすると、見違えるほど奇麗なユメを連れてきた。

おばちゃんにじゃれついてそこを後にした。


以前、ねぐらにしていたところに行った。

ノラは横になった。

ユメは立ち上がったまま、手を腰に当てポーズをとった。

「私って、イケてる?」

目を見張るような毛並みが太陽の光を受け、きらきらと輝いていた。

「見直したよ。それより、少し寝なきゃだめだ」


二人は眠りから覚めた。西に真っ赤な太陽が沈みかけていた。方向を確かめ合った。そして、前進に前進を重ねた。かなり進んだ時点で、ユメが弱音を吐いた。

「腹がすいてこれ以上、進めないわ」

「そうだね。かなり歩いたからな。食事にしよう」

「食事にしようって、餌はどこにあるの?」

「俺に任せな」


レストランの脇の道に入った。大きなポリバケツがあった。その端に飛びつき、体重を乗せ、バケツをひっくり返した。しかし、蓋は取れなかった。

「おかしいな。倒れたはずみに、蓋が取れるはずなのだが」

「蓋はびくともしないわ」

荒らされた人間は蓋をきっちり閉めるようになるものだ。

「他をあたってみよう」

別の飲食店のポリバケツを倒したが、蓋は取れなかった。

「無理のようね」

「地元の野良猫でないと駄目なようだ。別の方法でやってみる」

「別の方法? どんな?」

「まあ、見ていな」


二人は物陰に隠れ、野良猫が通り過ぎるのを辛抱強く待った。

そこに大きな野良猫が通り過ぎて行った。

「よし、来た」

「えっ! あんな大きな野良猫と戦って、力で奪おうと言うの?」

前回、その手を使い、ひどい目にあった。死ぬところだったことを伝えた。

「今回は頭を使う」


気づかれないよう、野良猫の後を追った。

野良猫はかなり歩き、一軒の食堂の裏手に回った。

二人は表通りで野良猫が出てくるのをじっと待った。

三十分ほどし、野良猫は満足そうな表情を浮かべ、路地から出てきた。

おもむろに、二人は食堂の裏手に回った。そこに倒され、蓋の空いたポリバケツがあった。中をのぞくと、まだ、たくさんの肉や魚が残っていた。

「ノラちゃんは天才ね」

「これぞハイエナ方式だ」舌なめずりして得意満面の笑みを浮かべて言った。

二人はむさぼるように食べた。

「野良猫生活も悪くないわね」

久し振りの食べ物にありつけて至福の表情を浮かべていた。腹いっぱい食べ、目的地に向かって歩を進めた。


何日が過ぎ、また同じ方法で餌を食べていたところに、六匹の野良猫に囲まれた。

ノラは観念した。息を呑み、顔をしかめた。

ユメの目には恐怖と不安が映っていた。

「俺たちの縄張りで何をしている? 」

大きな野良猫が厳しい目線で睨みつけていた。

「縄張り? そんなものがあるのですか。知りませんでした」

「大人しくついて来い。逃げたら、ただじゃ済まんぞ」


二人は抵抗せず、彼らについて行った。大きく古い家に連れていかれ、正面の入口から中に入った。十畳ほどあるリビングルームに、二十匹ほどの野良猫がたむろしていた。中央奥の一段高い所に、大きく風格のある猫が座っていた。

二人は中央に座らせられた。

「親分。こいつら、我々の縄張りを荒らしていました。どうします?」

「そうか。規約にのっとり、処分する」


選択肢は二つ。

一つは彼女を奴隷として差し出すこと。そうすれば、ノラを開放する。

「それは絶対にできない」

「そうか。じゃ、戦ってもらう」

どちらかが死ぬまでやらなければ駄目だった。もし、ノラが勝てば、二人とも開放してもらえる。もしノラが死ねば、ユメと対戦相手を開放することになった。

「分かった」

ノラが勝てば、彼女も開放する。仮に負けても、彼女は解放してくれるのか確認した。

「間違いないでしょうね」

「武士に、二言はない。みんなの前で宣言している。間違いはない」

部下に、

「対戦相手をここに連れてこい」と叫んだ。


そこにいた野良猫たちは目の色を変え、歓声を上げた。猫たちは部屋で円を描くように移動した。

地下から対戦相手が現れた。ノラよりも一回りも二回りも大きい。しかも俊敏な動きをする。青い目が鋭く光っていた。手ごわい相手のようだ。

やるしかない。腹をくくった。


ノラと相手は時計と反対周りに動き、相手の動向をうかがっていた。ノラは一瞬のスキを突き、相手の顔を手の爪で攻撃した。

相手はひるむ様子はなく、とつぜん、首を狙って飛び掛かってきた。

背中に両手の爪をかけられ、首を強力にかまれた。放そうとし、組み合ったまま七転八倒と転がり回った。

しかし相手はがっちりと噛みつき、離そうとしない。

窒息しそうになる。

「とどめを入れろ」とヤジが飛んだ。

ノラは意識が遠くになり、抵抗が出来ない状態になった。

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