第41話 特訓の前奏 ②
次の瞬間、
「師匠、さっき教わった作法と全然違いませんか?」
「当然だろう。君に教えているのはスポーツじゃない、負けとは死をも意味する戦闘だ。本物の戦いでは、相手が自分に都合の良い動きをするわけではない。相手の動きを読み、そして自分の身につけている技が有効となるよう相手を誘いこみ、逃げられないよう確実に戦闘不能状態まで持っていかなければならん。そのためには、瞬時の判断と対応が重要になる」
――とにかく倒せってことだろ?
「分かりました、次、お願いします」
亮は立ち上がり、背を丸くしてタックルするような構えになった。一度、先ほどの教えを捨ててみようと思ったのだ。
ピコルスは亮のタックルを真正面から受け止める。そのまま亮はベルトを掴まれ、帯取り返しで綺麗に投げ飛ばされた。
亮はすぐに立ち、もう一度攻め込もうと試みる。ピコルスの袖と襟を掴んだ。だが、ピコルスは器用に動き、亮の体幹を崩す。あ、と思う間にまた投げ倒されていた。
亮は諦めず何度も攻めたが、決め技を狙うのに時間がかかりすぎ、その前に
「ダメだ!こんなものでは簡単に動きを読まれる。途中で止まらず一気にやれ」
「はい!」
亮が掴みかかり、ピコルスと取っ組み合いになる。足腰の力だけの持久戦ですら、亮は隙を突かれ、
ドン!、ドン!、ドーン!!!と、10回中10回、亮は負ける。
意外な技を何度も食らった。
「どうした、一本も上手く取れんのか!この程度の条件も達成できないようでは、今晩は弓に触れることもなく、床に叩きつけられるだけで終わるだろうな」
厳しく罵られても、亮は立ち上がる。息は乱れ、足は棒だったが、それでも諦めるわけにはいかない。
――クソ、何てスタミナだよ。それでも時間とともに体力は削られていくはず。そこに隙ができる。だけど……俺の知っている技は全て師匠の方が熟知している。何度も使えば事前に動きも癖もバレる。どうすればいい……。
亮は手の甲で額の汗を拭った。
――それなら、教わったモーションに加えて、俺なりの動きを加えていかないとチャンスは来ない。……そうか、俺にはあれがある。
亮はグッと力を込めて立ち上がると、ピコルスに背を向け、歩き始めた。
「何だ、ギブアップか?根性が足りんな!」
「違います、俺は諦めない。そして、俺なりのやり方で、一本取ってみせます」
亮は10メートル程の距離を取ると、クラウチングスタートの構えを取った。
「ほう、ダッシュでスピードを上げるつもりか?その程度の動き、私には効かぬ」
亮は大きく深呼吸をする。気持ちは意外なほど落ち着いていた。
後ろ足を蹴り、疾走する。そして、目の前にハードルが見えるように、亮は美しく跳びあがった。
接近戦に持ち込もうとする亮の動きを見て、ピコルスは熊のように両手を広げる。
「そこから攻めてくるつもりだな!」
亮は左足から着地すると、大きく右足を踏み出し、重心も右に移動させる。
「何?!」
想定外の方向転換に、ピコルスがひるんだ。その隙に亮はピコルスの目前へと迫り、獲物を狩る豹のようにその襟を掴む。素早く太ももを前に出すと、そのまま蹴り返す。
ドーン!!!
見事な
熱い頭の中は真っ白で、ヒューヒューと息は荒い。だが、床に倒れているピコルスを見て、亮はついに一本取ったのだと分かった。
――俺が、師匠から一本取った……!?
じわじわとこみ上げる喜びを感じながら、亮は手を離す。
ピコルスはすぐに立ち直り、服の皺を伸ばした。大したダメージは受けていないようだ。亮の目を見て、一度だけ頷く。
「なるほど、君の強みは瞬発力か」
「え、師匠、何て言いました?」
クールダウンに集中していた亮は、ピコルスに聞き返す。だがピコルスは、二度同じことは言ってくれなかった。
「明日は接近戦の稽古だ。さっきの感覚を忘れないようにしろ」
亮は息を整え、ピコルスをまっすぐに見た。
「では、今日の鍛錬はこれで終わりですか?」
「まさか、これからが本番だ」
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