第35話 ライバル現れるの瞬間

 碧琴はチームリーダーにもかかわらず、試合の最後には退場、チームとしても敗戦となり、顔を曇らせている。


「負けちゃったか……」


「惜しいね、今回は勝てると思ったのに……」


 口々に言い合っていたチームメイトの一人が、「ごめんね、碧琴ちゃん……」と言った。


「そんな、泣きそうな顔しないでよ」


 碧琴は気丈に振る舞った。


「試合に負けたのは私が最後にボールを上手く止められなかったからでしょ?こんなハードな試合に付き合わせたのに、結果は台無しになっちゃって、むしろ私が謝らないと」


 敗北の責任はあくまで自分にあると、碧琴は頭を下げた。


「我妻さん、我慢しなくてもいいんじゃないでしょうか?」


 無理やり作った硬い笑みを浮かべながら、碧琴は優月に言った。


「何言ってんのよ、今回は負けたけど、また運動会でリベンジするわ」


 試合の責任を一人で背負うのは、誰かを責めることより潔いかもしれない。だが、終盤にかけての作戦はまずかった。碧琴はチームメイトよりも自分の実力を信じ、他のメンバーにシュートのチャンスが回ることを認めなかった。バスケは団体スポーツだ。碧琴は敗北の根本的な問題に気付けなければ、また同じ負けを繰り返すだろうと優月は思った。


「我妻さん……」


 優月は碧琴の非に気付いていたが、自分もわざとペースを抑えた手前、それを指摘することはなかった。


 チームメイトとして戦った3人が優月に近寄ってくる。


「ね、神宮司さま、意外とバスケもお得意なんですね?」


「女バスのエース相手に何度も得点するなんて、音楽だけじゃなくスポーツも万能で、神宮寺さまって本当に多才なのね」


「本当に格好良いです」


 羨望の眼差しを浴びると、優月はそっと口に手を添え、照れくさそうに微笑んだ。


「いえ、我妻さんが私を信じて何度もボールをくださったこと、それにみなさんが共にプレイしてくださったおかげで、自信を持って試合に臨めました」


「奥ゆかしい方ですね、素敵ですわ」


 コートの外にいた1組女子たちにも囲まれ、優月は一気にクラスの中心的存在になった。


 優月を快く思えなかったのは碧琴だ。クラスの中に自分よりも輝く人物がいると思うと、優月の笑顔すら気にくわない。嫉妬が胸でうずくような痛みを感じて、碧琴はそっと目線を逸らした。


「あなた、葉月ちゃんのお姉さんですよね?」


 優月に声をかけてきたのは3組の女子だった。


 優月は体操服に書かれた苗字を確認して、「はい、そうですよ」と応えた。


「バスケ、とっても良い試合でしたね」


 爽やかに笑う近衛に、優月も微笑んでみせる。


「ええ、楽しかったです」


 隣にいたもう一人の女子が、まるでファンのような目で優月を見ている。ショートボブのその女子は、胸元で両手をぎゅっと握り、興奮したように言った。


「神宮寺さん、とってもお上手でした」


「いえ、お二人こそお見事でした」


 優月に話しかけてきたのは、近衛と井伊。女バスの一軍メンバーだ。


「あの、神宮寺さん、バスケ部に入りませんか?あなたが入ってくれたら、月高の女バスは次のインターハイで二度目の優勝を目指せます」


「えっ?インターハイ?」


 二人は優月ゆうづきの腕を見込んで勧誘に来たのだ。


「ちょっと井伊ちゃん、プレッシャーかけすぎ!」


「でもキャプテン、神宮寺さんのプレイ見たじゃん?バスケ部に入らないなんてもったいないよ」


「井伊ちゃんの言いたいことも分かるけど、でも神宮寺さんの気持ちも大事だから」


 そう言って近衛は、優月の方に向き直った。


「神宮寺さんは、よくバスケをされているんですか?」


「いえ?家のガードさんとたまに遊びで嗜む程度で」


「それであんなに上手なの?凄いですね。今日ちょうど女バスの練習日なんですけど、興味があれば遊びに来てください」


「ごめんなさい、今日の放課後は先約がありますので……」


 優月が穏やかに断っても、近衛は気にしていないように笑った。


「それは残念。女バスの練習日は毎週火曜と木曜だから、もし気持ちが向いたらいつでも来てくださいね」


「はい、いつかまたやりましょうね」


 ゴングが鳴り、休み時間になった。生徒たちはバラバラに散開し、体育館を後にする。


 更衣室へ向かう道の途中で、亮が優月に声をかけた。


「神宮寺さん」


「あっ、矢守くん」


「さっき言ってた場所、どこか分かる?」


「ええ、部活棟の自販機コーナーの裏小路ですね。大丈夫、着替えたら行きます」


「オーケー、じゃ、後で」


 無駄口を叩かず、亮はクールに立ち去った。


 優月は女子更衣室に入ると、束ねていた髪を下ろした。体操服を脱ぎ、タオルで汗を拭いて制汗スプレーを振る。


 制服のブラウスに着替えていると、小柄な女子が「神宮寺さん」と話しかけてきた。


「めっちゃスタイルいいですね、モデルさんみたい」


 メリハリのある優月のスタイルは、周囲の女子生徒からも注目を浴びていた。皆、着替えながらちらちらと横目に見ている。


「咲月お姉さんの方がずっと良いスタイルですが、お褒めくださってありがとうございます、木村さん」


 左右にまとめたお団子ヘアの木村紗凪さなは、腰に手を当ててじっと優月の体を見つめている。


「神宮寺さん、ブリタニア州の学校でも凄く人気があったでしょう?」


「普通ですよ」と優月は受け流した。


 だが紗凪はさらに近付いて、宝石のように目を輝かせる。


「ええ~本当?こんなに綺麗なのに?」


「欧米でスポーツをされている女性は皆さんとってもスタイルが良いですから。それに、欧米人の男性の好みは良く分かりませんが、アジア人女性は一重まぶたの方が人気みたいですよ」


「そっか……ビシリン先生、スタイル抜群ですもんね」


「ええ、でもやはり、外見の好みというのは人によって違うでしょうね」


「そうですか?」


 紗凪は着替え中の同級生の体を触るのが好きだったが、優月のオーラはあまりに別格で、さすがに手を出せないでいた。


「神宮寺さま、たまに矢守やもりくんと話しているみたいですけど、以前からのお知り合いなんですか?」


 反対側から声をかけられ優月が振り向くと、制服に着替えた瑞音(みずね)がそばに来ていた。


「ええ、子どもの頃に一緒に遊んだことがあるんです」


 優月とライトが話している姿は、多くの女子の目に留まっていた。

 とんでもないスクープを聞いてしまったとばかり、紗凪が大声を出す。


「ええ~!なになに、神宮寺さん、矢守くんと幼馴染みなんですか?」


 優月の中でその話は、隠す必要のないことと思っていたため、気軽に続けた。


「短期間でしたが、信濃郡の恒月こうづき町に滞在していたことがあるんです。その時、たまたま公園で一緒に遊んだことがあるのですが、それは幼馴染みと言えるのでしょうか?」


 言いながら、優月の目は懐かしむように宙を見ている。


「へ~~、運命の再会ですね」


「矢守くんが、神宮寺さまとそんな関係だったなんて……」


 三人の会話は、離れた場所で着替えをしていた碧琴の耳にも入った。碧琴はつい気になって、彼女たちの方をじっと見つめる。


「でも、意外ですね」


「どうしてですか?」


「だって、葉月さまからそんなお話は聞いたことがないので」


瑞音も頷く。


「私も初耳です」


「矢守くんってあんまり自分のこと話さないし、女子に対してちょっと冷たいイメージなんですよね」


「冷たい?」


 優月に訊ねられ、紗凪は亮のことを思い浮かべるように天井を見た。


「うーん、一年の時からずっと、矢守くんは女子を遠ざけてる気がしますね。話しかけても、いつも怒っているみたい」


 優月は黙って彼女たちの話に耳を傾けた。


「でも、実は矢守くんが気になってる子って何人もいますよ。成績もそこそこだし、陸上部では期待の星だし」


「そうなんですか……」


「もっと気軽に話せれば、素敵な方だと思うんですけどね」


 瑞音の意見を聞きながら、紗凪が「うんうん」と頷く。


「もしそうなれば、もっと人気出ちゃうと思います」

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