第34話 素直の男 ③

 二人が試合を見ていると、リバウンドしたボールを3組の女子が取った。パスされたボールを狙っているのは女バスエースの近衛と碧琴みことだ。スピード勝負に勝ったのは近衛。

 長身の近衛がスリーポイントシュートを打とうとした時、碧琴の手が一拍遅く近衛の腕を打ち、ファウルとなった。


 チャージングファウルは3回中2回入り、得点は37対36まで縮んだ。そもそも1組が10点差で圧勝していたことも信じられなかったが、隆嗣りゅうじと話しているうちに急激に点差は縮み、まるで幻を見たような気持ちになった。


「神宮寺さん、大丈夫?怪我でもした?」

「いえ、体力の限界が近いみたいです。こんなところで追いつかれてしまってごめんなさい」


「ドンマイ!こっちこそ2クォーター連投で休憩なしにさせてごめん。後は私に任せて」


 碧琴のように、授業の練習試合であっても勝敗にこだわる気持ちが優月ゆうづきには理解できなかった。


「ご提案があるのですが、私にいただいたボール、他のメンバーに送ってもいいでしょうか?3組のディフェンスは私たち二人に集中していますから、他の方にこそチャンスがあると思うのですが」


「悪くないアドバイスだけど、このタイミングで他の3人にプレッシャーを与えても、得点には繋がらないかもね。試合に勝つためには、これまでどおりで行きましょう。私が神宮寺さんにパス、その間に私はディフェンスを突破、それからパスをもらってシュート。今はミスが許されない時だから、何とか私が点を入れる」


「そのやり方では、我妻あがつまさんの負担が大きくありませんか?」


「私は全国大会の決勝戦で何度もシュートを決めてる、何とかするから安心して」


「凄い自信ですね……でも、練習試合で怪我でもなさったら、大変ではないですか?」


「平気よ、たとえ小さな練習試合でも、私は勝ちたいの」


 碧琴の勝負に対する執着を、優月は尊重しようと思った。


「分かりました、出来る限りサポートします」


 1組、3組ともに得点が続いた。3組のボールには相変わらずブレがなかったが、優月がシュートを止め、パス係になってからの1組は、碧琴の強引なシュートが時折決まるだけで、見るからに戦力が落ちていた。


「いくら我妻さんでも、一人プレーはキツいだろ」


 隆嗣の言うとおり、碧琴の攻め方、得意な技は、とっくに3組の女バス部員たちに知られている。近衛は碧琴の作戦も読んでおり、優月にパスが送られた後のガードは一層厳しくなり、なかなか突破できなくなった。


 ボールをもらった優月は、その後の動きに詰まり、強引に突破しようとして近衛とぶつかり、チャージングファウルを犯す。


 得点のないままファウルは4回目。

 3組のボールは速攻で展開し、近衛がその長身を活かしてボールを高く投げる。優月がマークしていた女子がボールを取り、素早くコートを駆けると、ランニングジャンプでボールを投げた。もう優月にできることはない。ただ、相手のシュートが入るのを見守るだけだった。


 43:44。


 3組から歓声が上がる。逆転された1組には重い空気が漂っていた。碧琴はファールを背負っており、次にファウルすればコートを離れなければならない。自分の退場が1組の負けを意味すると思っている碧琴の守備は、つい消極的になった。


「どうしたんだろ、神宮寺さん。急に火が消えたようじゃん」と、隆嗣が心配するように言った。


「当然だろ、バスケ部でもないのにいきなり2クォーター連続で出場して、女バス主導の試合に出るとか、誰でも疲れるだろ」


「あーあ、1組の女子は負けフラグかぁ~」


 隆嗣のぼやきは、観戦している者の総意でもあった。

 コートでは優月が走っていたが、他の3人はすでにヘトヘトの様子で、走り方もブレ、動きは鈍くなってきている。


「最初がピッチ上げすぎだったんだろうな、ただの練習試合なのに、ここまで真剣にやらなくても……」


 ライトが言うと、隆嗣は溜め息をついた。


「我妻さん、めっちゃ競争心強いからなぁ」


「んー、でも、他のチームメイトをもうちょっと信じてあげてれば、ここまで追い込まれることなかったんじゃないか?」


「ざまあみろだね」と、碧琴にはやられっぱなしの隆嗣が笑った。


「団体スポーツなんだから、一人相撲した時点で負けるに決まってる」


 パス回しのラストで碧琴に送るという1組の戦術は容易くバレて、碧琴は常時2人にマークされ、あまり得点することができなくなった。試合の最後は近衛がオフェンスだった。碧琴は食らいつくように妨害を試み、シュートされたボールに触れたが、それでもゴールし、2ポイントが入った。

 その後、1組は5回目のファールを犯し、碧琴は退場。3組のフリースローは1回入り、たたみかけるような得点劇を見せて試合は終了した。最終の得点は45:47。


 男子の試合は56:55の僅差で1組が勝利。全体では一勝一敗の引き分けという結果になった。

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