第27話 秘密の結社

月の裏面。


 地球から見える三次元の月の表面は、渇いた死の世界のようだったが、ここにはとてつもなく大きな七角錐の山が聳えていた。斜面を美しく切り込んでできた、高さ3000キロメートルの人造山。月の裏面はこの山を中心に、滑らかな岩が数千万キロメートルの裾野を広げている。

 特殊合金で作られた山肌は、地表から差し広げた傘のようだった。それは盾にもなり、槍にもなって、地球に落ちる隕石を事前に受け止め、撃砕するためのものだ。


 正七辺形の地上部から月の蓋のように聳える山の反対側、月面から月の核へと向かう地下部には、一直線に掘り進められた七角柱の空洞があった。月面から下ること300メートル毎に作られた連絡階層。それぞれの七面の壁は金属と結晶質で作られ、地下500層に続く都市が広がっている。そんな、幻想的なスペースコロニーさながらのこの場所は、皇月おうづきの王城と、政治や肝要な庁舎が築かれた、王都シティーメネシスだ。


 高さ1000メートルの天井には、青いマナの光が人造太陽として機能し、王都の庁舎を照らしている。庁舎の中にある真っ暗な会議室には、赤い紋様の光る円卓があり、そこに数人の男女が座っていた。彼らは皆、光を反射する布で作った白いマントを付け、フードを被っている。一人だけフードを被っていない男は、銀髪のベリーショートを見せている。彼は感情を殺したような目付きで、痩せた男の報告を聞いていた。


「中央情報庁舎の入手した情報では、数刻前に地上より天に向けて撃ち込まれたマナの光が見られたということです」


 真面目な声の報告を聞いて、額の後退した薄毛の男が、驚愕という顔をして罵った。


「ホモ・サピエンスめが。マナの力を使うのみならず、マナを活かした兵器まで作ったというのか?何と恐ろしい種族だ」


 その意見を否定したのは、銀の長い巻き髪をなびかせている女だった。彼女は他の者たちとは違い、襟に赤と銀の紋様が付いた貫頭衣を着ている。


「違うでしょう、三日前に親王派の者が審判秘宝ジャッジメントウェポンを持ち出したと聞きませんでしたか?」


 円卓に座っている中で、一番若い男が訊ねた。


「ただの噂ではないのか?あれはそんなに簡単に取り出せるものではないだろう!」


 男が細い声で言うのを聞いて、もう一人の女が答えた。


「ええ、噂ではないでしょう。数刻前、審判の間ではⅨ番オカス・ソリスのトーチが燃え始めたのが確認されています。つまり、審判秘宝に認められたレフェンタが現れたということです」


 銀色の目にボブカットのその女が言うのを聞いても、薄毛の男は納得できないというように、大仰な仕草をした。


「何ですと?地上に大賢官と同等のレフェンタがいるとは、一体どういうことですか。もしや、我らがかつて地上に降らせた同胞か?」


 巻き髪の女が答える。


「それはわかりません。しかし、親王派の方々が審判秘宝を持ち出したのは、何故かしら?」


「親王派の目的は、ティアミス王女に審判秘宝を渡すことでしょう?」


 若い男の意見に、巻き髪の女は目を細めた。


「長年に渡り地上に亡命している小娘のことですか、何と禍々しいこと」


「確かに彼女は人類の代弁者に匿われており、9年前から安否不明、現在も居場所すら分からないままです」


 薄毛の男の声に、怒りが増していく。


「フン、同等交渉条約でもない限り、無駄に時間だけ引き延ばされるということもないだろう」


 ボブカットの女が涼しげに笑った。


「そうでもありません。今晩、状況は大きく変わりました」


「どういうことです?」と、報告役の痩せた男が真面目に訊ねる。


 ボブカットの女は彼に頷きかけた。


「今晩、面白いことがありました。一つは以前より離れていた月の心が一つに組み合わさったこと。そして、オカス・ソリスのトーチが燃え始めてから、一刻と経たないうちに天へ撃たれたマナの光。この二つの事象はただの偶然ではありません。おそらく、ティアミス王女と深く関わっているでしょう」


 フードを下ろした男が、口の端を浮かせた。


「どうやら、が手を出すには遅かったみたいですね」


 意味ありげな男の言葉に、ボブカットの女が問う。


「プレツァトス様は何を知っておられるんですか?」


「親王派の連中が持ち出した審判秘宝を地上の者が手にするのを止めるために、第Ⅰ席の大賢官が動いたと聞いています」


 巻き髪の女は、銀髪を掻きあげた。


「彼は失敗したわ。あの小娘は月の心だけでなく、今や審判秘宝まで手に入れた。つまり彼女は、王位継承権だけでなく、大賢官と対等に対話できる力まで持っているということ。我らにとって邪魔な存在になるわ」


 薄毛の男は怒りを抑えきれず、円卓を叩いた。


「もう我慢できん!ティアミス王女をすぐにでも始末しなければ、引き返せなくなるかもしれんぞ!」


 苛立った気が会議室に漂っていたが、プレツァトスは悠長に言った。


「ですが、この間に起きたすべての必然の事相とその連鎖の真実について、気になることがありますね。ティアミス王女は、本当にオカス・ソリスを手に入れたんですかね?」


「トーチが燃えているのがその証拠では?」


「そう、マナの光が撃たれたこと、トーチが燃えていることは事実ですが、Ⅸ番のレフェンタが王女であるという証拠はない。マナの使える者であれば誰でも、レフェンタとして認められる可能性はあるのでしょう?その人物が皇月の同胞なのか、王女とどのような繋がりのある者なのか、それが気になりますね」


 若い男が飄々と続けた。


「マナの光も王女も、町ごとまとめて滅ぼせば良いんじゃないか?」


「ホモ・サピエンスに災禍を下す議案はまだ採決されたわけじゃないでしょう」


「プレツァトス様はどうするつもりですか?」


「あの忌まわしい町のことを、一層深く調べる必要がありますね」


「もし王女がオカス・ソリスを手に入れていたとしたら、彼女が私たちに手を出してくるというリスクも増えますよ?」


「分かっています。彼女に相応しい死刑台を用意するためにも、対等の密宝と、厳密な策を打たねばなりません。徹底的な調査が必要です」


 議論の進むなか、プレツァトスの着ている服の、謎の紋様が張っているように見えた。

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