第22話 優月の思い ②

「はい、先に私の家族について、紹介しますね。こちらは弟の勇真。すでにご存じと思いますが、彼と妹の葉月は、亮くんと同じ月高に通っています」


 亮がひと目交わすと、勇真は居心地悪そうに小さな声で呟いた。


「……よろしくお願いします」


「そしてこちらは、神宮寺家の諸事のお世話をしてくださる第一執事の加藤ピコルスです」


「改めまして、神宮寺家の執事、加藤と申します」


 ピコルスは品の良いお辞儀を見せた。広い額と、オールバックに撫でつけた銀髪が老人らしさを醸しているが、よく見ると針のように細い目が厳しい印象を与える男だ。


「加藤さんは、お父さんが私を、仁秀よしひで義父とうさんに託された時からずっと、神宮寺家の執事として務めてくださっています」


 亮がピコルスに視線を向けると、彼は「よろしくお願いします」と言って、再度軽いお辞儀をした。


「屋敷には神宮寺葉月とキャサリン先生もいるのか?」


「咲月お姉さまはお仕事がありますから、門限はございません。彼女のスケジュールに関してもシークレットになっていますから、今この家にいらっしゃるかどうか、私にも分かりません。葉月はすでに就寝しています」


 亮は今日の出来事を思い出しながら、不可解なことばかりだったと思った。


「そうか……。俺は神宮寺葉月に呼び出されて、災禍について聞かされた。それと、彼女は俺を「月読つくよみのメシア」だと言った。それも君が指示したことなのか?」


「はい、あなたがまだ迷っているようだと、葉月から聞きました。ところで、さっきのような事件が起こって、今もあなたは迷っていますか?」


「ああ、誰かに嵌められたような気分だ」


「そうですか……。ただ、今夜のようなことは、今後増える一方でしょうね。亮くんは、引き続きオカスソリスを持っていてください」


 亮は左腕を意識する。鬼人グールトを一瞬で滅ぼした強大な力。それを思い出すと、少し怖くもなった。


「本来これは、地球の人間が使うべきじゃないんだろ?俺が持っていていいものなのか?」


 亮は月の心だけでなくオカスソリスも優月に渡すことで、今日の事件だけでなく、これから起こるかもしれない出来事から自分を切り離したいと思っていた。だが、優月の考えは亮とは違ったらしい。


「同感です。私も、現状を変える可能性を持つ人類にとって、これは諸刃の剣かもしれないと思います。でも、オカスソリスはあなたを認めました」


 悪意があればとんでもない戦略兵器になりうる。亮は、審判秘宝を扱うには相当な覚悟が必要だろうと思った。


「よくわからないけど……これは一時的に託されたものだから、俺は君を皇月(こうづき)の人に引き渡して、その時に返すつもりだった」


 亮の思いを聞き、肯定するように優月は微笑む。


「それが、亮くんがオカスソリスに認められた理由でしょう。そして、一度使用した後も力に溺れず、同じ思いでいられることも大事です。もし不適切な人間なら、箱を開けることすらできなかったでしょう」


「だけど、たまたま事件に巻き込まれただけの俺より、もっと弓術に長けた人とかが持ってた方が良いんじゃないか?」


「たまたまではないんです。皇月の使徒による亮くんの調査は今に始まったことではありません。あなたにオカスソリスを託し、私を神宮寺家から連れ出すというところまで、全て計画的なものと見ていいでしょう」


――そのために俺は、ずっと監視されてきたって言いたいのか……。


 二人のやり取りを聞いていた勇真が軽い溜め息をつき、軽蔑の眼差しで亮を見た。


「優月お姉さま、この優柔不断野郎にお優しい言葉をかけても無駄です。こんな男に過剰な期待を寄せるべきではありませんよ」


 小馬鹿にするように笑った勇真の言葉に焚きつけられ、さすがの亮も怒りの火が付く。


「いきなりこんなことを言われて、お前なら受け入れられるか?」


「愚問ですね。僕はお姉さまのためなら、悪魔でも神でも、どんなものが相手になろうと無言で斬り捨てます」


「そこまで言うなら、勝手にお前がやればいいだろ」


「現実逃避のうえに、責任すらも丸投げですか?こんな男が僕たち人間の救世主だなんて、ガッカリしますね」


「責任とか救世主とか、誰が決めたんだよ?」


「勇真、言い過ぎですよ。最初から事情を知ったうえで剣術を学んできたあなたとは違うんです」


 勇真は不服そうに扉の方を向いて呟いた。


「もし僕が肉眼でマナを見られるなら、こんな男必要ないのに」


「勇真、話の邪魔になりますよ。約束通り、もし喧嘩したいなら今すぐにでも席を立ってください」


 勇真は拗ねるような顔をして、亮の方は一切見ようとせず、そのままリビングを去った。


「ごめんなさい亮くん、気にしないでください。あの子はいつも私たち姉妹に近付く男性にあのような態度なんです」


「……彼は家族思いなんだと思う。彼の立場に立てば、俺だって同じ事をするかもしれない。だけど……俺は何も知らない。皇月から下される災禍のことも、俺が月読のメシアだってことも、何も分からないんだ」


 勇真に挑発を受けた不満を、亮はしばらく抑えることができず、感情的に口走った。


「誰かに順を追って説明してもらえたならまだしも、何も分からないままで期待だけされたって、そんなの受け入れられるわけがない」


「もっともですね。亮くんは、恒月こうづき町の出身でしょう?あの山々に設けられた結界がグールを封じ込めた由来について、どれくらい知っていますか?」


 亮は幼い頃、両親や月読神社で教わったことを思い出そうとしたが、それは曖昧な思い出に過ぎなかった。


「うーん……たしか、神さまの力で張られた結界で、鬼を封じ込めたとか、そんな話じゃなかったっけ?」


「遥か昔、それは人類の祖先に文明の萌芽が出始めた頃、地球のあちこちの大陸には、鬼と呼ばれる種族がいました」


 そう言って優月は、読み聞かせでもするように、昔話を語り始めた。


「鬼たちは皆、残虐で、当時地球に存在した多くの生態系は、彼らに襲われ壊滅的な被害を受けています。その頃、月から地球に降りてきたのが月読さまでした。月読さまは、人類の祖先たちに農耕など、様々な知識をお授けになりました。そのおかげで、多くの地域に暮らす人類の祖先たちは、長い遊牧生活から、農耕を主とした定住社会へと変わりました。ですが、定住生活では鬼の存在が大きな脅威の一つとなったのです」


「それで、月読さまが鬼を追い払って、結界の中に封じたんじゃないのか?」


「いえ、そうではありません。月読さまは、結界術には長けていますが、戦闘能力は持っていません。そこで、私たち皇月の祖先と、ある契約を結んだのです」


「ん?そこで急に皇月が出てくるのは何でだ?」


「地球は、宇宙の中でも生命にとっての始祖となるものが多く存在できる環境があり、遺伝子を保存するための園であり、遺伝子の博物館のようなものです。地球人であるあなたたち人類の祖先も、とある異星人の生命科学技術によって作られ、この地球に送られてきました」


 亮は優月の語り出した話を聞いているうちに、徐々に怒りも消えていくように感じた。


「私たち皇月の祖先は、地球人が地球に棲むよりも前から、地球上の全ての命を見守る使命を持っています。スペースコロニーの役割を持つ月から、地球を観測したりもしています。そのため皇月は、生態系を乱したり、地球にとって不適切な存在が現れれば、そのバランスを取るために、必要であれば災禍も下します。鬼退治が良い例ですね」


「なのに、結界の中に閉じ込めるだけで、そんな厄介な生き物を根絶やしにはしなかったのか?」


「私たちは遺伝子の保存のために、地球に生息するすべての命に、平等に生存権を与えます。ですから、凶暴で残虐な種であっても撲滅させる考えはありません。私たちは月読さまに、鬼を絶滅させないことを条件に、協力契約を結びました。生物のテキストに載っているとおり、生命には存在する役目があります。どれかがなくなれば、生態系のバランスは崩れてしまうんです」


「……なるほどな。じゃあ、月読さまと皇月は、どっちも鬼退治することで目的が一致したのか」


「はい、それで皇月の戦士たちは地球へと送られ、地上の鬼を退治するとともに、わずかな数の鬼を、特定の険しい地域へと追い払いました。その後、月読さまがその場所に結界を張り、鬼を封じ込めたという流れです。月読神社の宮司さんの家系を辿れば、月読さまに繋がっていきます。そして、恒月町に集められた民たちは、鬼の結界を見張る、いわば看守のような役目を持っていたのです」


 次第に自分事に近付いていることを意識しながら、亮は校庭で葉月が話していたことを思い出していた。


「ってことは……災禍を下すのは、俺ら人類が昔の鬼たちと同じように、地球の生態系を脅かす存在だって皇月に判断されたから……?」


「その通りです。皇月の祖先たちは、もしも人類の子孫が堕落し、地球の生態系に害を及ぼす種族になった時には災禍を下すと契約条件に明言しています。実際、地球の文明は何度も壊滅状態になりました。今の人類より進歩した文明を築いた種族も過去にいました。自滅した文明もありましたが、中には皇月が介入した、凶暴な種族もいました」


「……で、その災禍を下さなきゃってレベルに、人類は落ちてきてるってことか?」


「はい。ちょうど10年前から、地球は観察期に入っています」

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