第23話 優月の思い ③

 ライトは、ううんと頭を悩ませる。


「それで、神宮寺はどういう立場なんだ?」


「元々、皇月との交渉は月読の子孫が行ってきましたが、人類の文明の流れが変わり、ある時の天皇が、皇月との交渉役を神宮寺家に命じたことが始まりです。月読の子孫は交渉役からは外れましたが、元々月読と皇月は血筋的にも繋がりがあるので、今も家系として親しい関係が続いています」


 徐々に相関図ができてきた亮は、ずっと気になっていたことを口にした。


「月読のメシアって、何なんだ?」


「それは、月読さまの予言でした。人類が試練を与えられる時、災禍に立ち向かい、乗り越え、月読の民を、幸福の満ち満ちた未来へと引っ張っていく、それが月読のメシアの使命です。そしてその人は、皇月の人間のようにマナを使うことができる、恒月町に生まれた子だと、月読さまが仰いました」


 亮は鳥肌が立つのを抑えられなかった。まるで、100万の鏃が刺さったような気分だ。

 人類や民を導く偉大な賢者。そんな者に自分がなれるはずはないと、亮は反発した。


「それは……何で俺じゃないといけないんだ?マナじゃなくても、凄い超能力の使える人間だって、他にいっぱいいるだろ?ヒーローになりたい、正義感の強い奴がやればいいじゃないか」


「たしかに今の時代、人類の中にも様々な力を持つ方はいらっしゃいます。でも、マナが認識できないようでは、皇月こうづきの行動に対応できません」


「何でだよ……」


「皇月の創るものはどれも、エラドル原鉱を錬成した金属でできています。それは地球には存在しない物質で、マナが認識できない人には何も見えないんです。審判秘宝ジャッジメントウェポンもそうですが、皇月の創ったマシンなど、何も、感知することすらできないんです」


「あんなレベルの物凄いエネルギー、多少は観測できるだろ?」


 亮が強い口調で問いただしても、優月ゆうづきは柔らかい言葉で落ち着いて答えた。


「感の鋭い方なら気付くかもしれませんが、光が見える程度で、それがどんな形をしたものかは、何も分からないでしょう」


「人類だって進歩してる。探測機器とか、何かないのか?」


「エラドル合金は、四次元第四密度で存在する物質です。今の人類が作れるのは、三次元第三密度の技術の探測機器ですから……。最先端の粒子合成で作った人工錬成の鉱物を使えば話は少し変わりますが、ごく少量のために莫大なお金がかかります。現状、量産化は難しいでしょうね」


 今の科学技術では感知することすら難しいほどの未知の領域だと知り、亮は言葉を失った。


「亮くん、定められた運命は、すでに予言のとおり、動き出しています。亮くんが今すぐに心を決めるのが難しいのは分かります。でも、あなたが迷っている間にも、また死傷者の出る事態になるでしょう」


 亮は長く息を吐いた。何も言えない。体はクタクタだ。話をここまでにして、家に帰りたいと亮は思った。


「それが、君が俺に言いたかった話か?」


「いえ、本題はこれからです」


「え、これから……?」


「さっきの話は、亮くんが質問をされたので答えたまでです」


 亮はさらに気力を削がれたような、苦しい心持ちだった。


「ううん、そうか……。じゃあ、君が話したいことっていうのは?」


「加藤さん、今度の件について、通常対応の場合の試算書類はもうできていますか?」


「はい、仰られたとおり、すでにできていますよ」


「亮くんに見せてください」


 加藤は優月の後ろから前に出て、亮に黒い革製のファイルを渡した。それは、商社や国家元首が、正式な契約を結ぶときに使われる、フォーマルなものだ。重厚感のある革のファイルに気圧されながら、亮が恐る恐る開く。そして目を見開いた。


 そこには、和解書や損害賠償の試算金額が書かれていた。専門用語の並ぶ契約書は、高校二年の学生がすべて理解するには多くの時間を要する。そして何より、亮は8桁にも及ぶ賠償金の額にショックを受けていた。私有地に侵入し、屋敷に与えた損害は、信じられないような金額だった。


「え、っと……これを、俺が、支払うのか?」


ピコルスは厳しい口調で説明する。


「そうですね、矢守やもりさんは未成年ですので、もしお金を用意できないのであれば、保護者の方が代わりに支払うことになります。その責任を負わないというのであれば、今ここで警察に通報し、特別少年犯罪法の範囲で刑事告訴することもできます」


 亮は頭が真っ白になった。今日の出来事について、父にどう説明すればいいか、全く分からない。そそのかされてやったことではあったが、重罪を犯したことを理解し、息が苦しくなった。


「すみません、父は研究者をしてますが……おそらくこの額をすぐに支払うっていうのは……できないと思います」


「そうですよね。加藤さんからの提案ですが、亮が我が家のガードとして務め、そのお給料を賠償金に充てていただくというのはどうでしょう?加藤さん、その場合、亮くんは何年働けば完済できますか?」


 加藤は暗算ですぐに答えを出した。


「最低レベルのお給料でしたら、およそ17年です」


 思い描いていた鮮やかな未来が、灰色に一変した。足元から、未来が音を立てて崩れていく。亮は自分の人生が終わったと思った。


「じゅう、しちねん……」


「亮くん、書類を私にも見せていただけますか?」


 灰になった亮は、力の入らない手で革のファイルを優月に渡した。

 優月は三枚の紙をファイルから外すと、何の躊躇いもなく、思い切りそれを両手でちぎった。


「は…………?な、何してるんだ」


 思いがけない行動に、亮の思考は全く追いつかず、口を開けてあんぐりしている。


ピコルスは感情を乱した様子はないものの、優月に問いかけた。

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