第21話 優月の思い ①
目を覚ますと、吹き抜けになった高い天井に大きなシャンデリアが吊られているのが見えた。
意識を取り戻した
オカスソリスで
亮が意識を取り戻したことに気付き、ガードたちの視線が集中した。
一番近くに立っていたオールバックの男が、亮を睨めつけるように見た。
「小僧、起きたか?」
威圧的な空気が充満したこのリビングでは、息を吸うのも痛いほどだと亮は思った。彼らの制服や部屋の様子を観察しながら、音もなく息を吐く。
――どうやら神宮寺邸に連れてこられたらしいな……。拘束されたわけでもない。言い訳は後で聞くって言われたけど……。
亮は気を引き締める。部屋に時計がないかと思ったが、もちろんそんなものは見当たらない。
「なあ、格好良いそこのお兄さん、今は何時だ?」
亮が声を出すと同時に、背後の二人が刀を翳したのがちらりと見えた。
「それを知ってどうする気だ。そうだ、
「はい」
内線のあるローテーブルに一番近い男が返事をして、すぐにスイッチを押した。
「下谷です、
下津は電話の相手に返事をすると、通話を切った。
「円谷さま、優月お嬢さまは10分後にいらっしゃるとのことです」
「そうか」
「なあ、お嬢さまは俺をどうしたいんだ?」
会話を試みようとする亮を、目の前の男はもう一度睨んだ。
「さあな、どのような処理をされるかはお嬢さま次第だ。俺たちの知るところではない」
「俺はいつ帰してもらえるんだ?」
頭に大きな傷跡の残る坊主頭のガードが円谷に話しかけた。
「こいつ、まだ自分の立場を理解していないようだな」
「いや、たしかに俺はこのお屋敷に侵入して、お嬢さまを連れ出した」
「のうのうと言いやがって、俺たちを舐めてるのか?」
「そうじゃない、たしかに迷惑はかけたけど……これから俺はどうなるんだ?」
何の前触れもなく、オールバックの男が亮の首にバタフライナイフを突き付けた。
亮は涼しげな顔で会話を続ける。
「円谷さん、俺を殺すのか?それで終わる話とは思えないけど」
内心、冷や汗が出た。亮は普通の高校生だ。屈強な男に囲まれ、刃物を突き付けられて怖くないわけがない。だが亮には、このガードたちには自分を傷つけることはできないという確信があった。
円谷は三白眼で亮を睨みながら、ナイフを懐に収めた。
「チ、多少胆力はあるようだな。正直に言えば、俺たちのマニュアルに従えばお前は直ちに始末する対象だ」
「だよな?なのに何で俺は手足も縛られず、装備もそのままでここにいるんだ?」
「はぁ?お前何を言ってるんだ?お嬢さまからお前を引き渡された際にチェック済みだ。それともまだ何か物騒なものを隠してるってのか?」
亮はぽかんと口を開けた。
「いや、そんな物騒なものなんて俺は持ってない」
実際にはまだ身につけていたが、ガードたちは誰もそれが見えていないようだった。
――こいつら、
円谷は青筋を立て、苛立った口調で続ける。
「俺たちにとってお嬢さまはオーナーの次に重要なお方だ。お前のような小僧、お嬢さまの命令がなければただでは済まさない。もしもお前がお嬢さまを裏切るようなことがあれば、俺たちはお前を何の迷いもなく、虫けらのように潰す。このナイフのようにな」
円谷は怒りを発散するためか、見せつけるようにナイフを取り出すと、亮の目の前で拳に力を込めだした。凄まじい握力に耐えきれず、バタフライナイフのネジが脱落し、解体されたパーツがカーペットに落ちる。刃も柄も、ぐにゃぐにゃに歪んでいた。
――何て凄まじい怪力だ……。
亮は審判秘宝がなければ足の速いただの高校生だ。ゴクリと唾を呑み、虚勢を張るように声をあげた。
「それなら安心してくれ。俺は彼女を裏切るつもりはない」
その時、扉が開き優月が入ってきた。そのまま外に出てもおかしくないようなオシャレなデザインのバスローブを着た優月は、湯上がりの芳香を纏っている。その後ろから、執事の加藤が付いてきていた。
優月が入室すると、ガードたちの見張りは少し緩んだ。亮はそれを見計らってソファーから立ち上がる。
「目が覚めたんですね、お調子はいかがでしょう?」
「凄まじい痛みだった、二度と神宮寺家の人には近付かないようにしようと、心に誓ったよ」
大袈裟な表現だが、誰でもそう思うくらいの一撃ではあった。優月は固い笑みを浮かべる。
「ごめんなさい、私に近付く不審な者は男女問わず、まずは取り押さえるというのが、お父さんの決めたルールなんです」
「いや、俺も色々と翻弄させたから。気にしないで」
優月は亮に頷くと、パンと一つ手を打った。ガードたちの目が一斉に優月に集まる。彼女は手を合わせたまま、部屋の中にいる全員に目を配りながら命じた。
「では皆さん、亮くんのケア、お疲れ様でした。この部屋には加藤さんを残して、後の皆さんはしばらく離れていてください」
円谷は用心深く亮を一瞥し、優月に目を合わせる。
「お嬢さまと、加藤さまだけで?」
「はい、わたくしたちは平気です。もし必要があれば、またお呼びします」
「かしこまりました」
8人のガードと入れ替わりに、今度は勇真が入ってきた。
「お坊ちゃん、どうされましたか?」と加藤が声をかける。
「あら、勇真。まだ床についていなかったの?明日も朝稽古でしょう?」
「矢守がいるんでしょう?放っておけません、どうかこの場にいさせてください、優月お姉さま」
厄介な人物が入ってきたな、と亮は背中にだらだらと汗を掻いた。ルールと命令に則って行動するガードたちとは違い、この男は自分が気に入らなければ何でも斬り捨てる習性がある。
優月を連れ出した際のことも、きっと勇真は武人の恥と感じただろう。汚名をそそぐチャンスを逃すはずもないと、亮は恐々としていた。
とはいえ、弟の性格を熟知しているのは優月も一緒だ。
「わかりました、話の途中で衝動的に抜刀することがなければ、同席しても構いません。ただし、その自信がないなら今すぐ皆さんとともにここを離れてください」
勇真は宿敵を憎むような目で亮を睨みつけた後、優月の方に頷いてみせた。
「分かりました。お姉さまの条件、受け入れます」
扉が閉じられ、部屋には亮、優月、加藤、勇真の四人が残った。
優月は亮が座っていたソファーの左側にある、一人用のカウチソファーに腰かける。その背後にそっと加藤が立った。
勇真は亮の席を挟んで反対側のカウチの上で正座になった。左肩に剣をもたせかけ、その鞘を左手で持って、いつでも攻撃態勢が取れるよう、警戒モードで構える。勇真は大鷲のように鋭い目付きで、亮をずっと睨んでいる。
――どこが受け入れますだよ……リベンジする気満々じゃねぇか。
勇真が気になって仕方がない亮に、優月が声をかけた。
「亮くん、いつまでも立っていないで、どうぞ座ってください。お話を続けましょう」
その声で我に返り、亮は元いた席に座った。
「そうだ、まずはこれ。やっと約束を果たせる」
亮はネックレスを外し、優月に手渡した。
優月が受け取り、柔らかい笑顔を見せる。
「ありがとうございます。妹から聞きました、亮くんは
「……何度も助けられたし、お世話になったよ」
女神のように微笑む
優月は自分の持っていた枠組みだけの月の心を取り出し、一つに組み合わせる。その瞬間、膨大なマナの光が放たれた。
「それで、話っていうのは?」
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