第20話 マナの弓矢 ②

 優月は手を挙げ、マナを集めていく。見えない壁が鬼人を食い止めた。優月はさらに意識を集中させ、強く掌を押し出す。一層強化されたマナが、エネルギーの暴風となり、3人の鬼人を巻き込み、木っ端微塵にした。


「君のマナ、また強くなったな」


 亮は優月の方も気にかけながら、また一発、矢を放つ。さらに大きな爆発が起こった。


「そうでしょうか。それより亮くん、オカスソリスをしっかりコントロールしないと、公園ごと壊してしまいますよ」


「そんなパワーがあるのか?」


「その気になれば、町ごと壊滅させることも可能です」


「コントロールか……」


 そうは言われても、初めて使う武器だ。難しい要求だとは思いつつ、優月の忠告には異論もない。亮は少し頭を捻った。


「……なら、一発で全部倒す方法を考えよう」


「そうですね、具体的なアイデアはありますか?」


「んーー、どこか高い場所でもあれば……あ、あった!」


「何か策があるんですね?」


「ああ、俺に任せて」


 亮は左手にオカスソリスを持ったまま、右手を優月の腰に回し、抱き上げた。


 走り出す亮の後ろを、残り4人の鬼人が続く。


 亮は優月を抱えたまま建物の反対側までやってくると跳びあがった。段々になった構造を捉え、階段のように三階跳び、競馬場跡の塔の頂上に着地する。


 屋上は夜風が少し強かった。優月ゆうづきの長い髪と、白いワンピースが大きく揺れている。


 優月は抱えられたまま、それも悪くないというように微笑んでいた。


ライトくんは跳ぶのが上手ですね、スピードもあります」


「一応、陸上部だからかな」


 照れ隠しのようにそう言うと、亮は優月を床に下ろした。


 亮は屋上に立ち、コンクリート造りの壁に寄って地上を見下ろした。鬼人グールトたちが外壁に絡まる蔦を掴んで屋上を目指している。彼らの身体能力は人間のそれを超えていた。異常なスピードで這い上がる鬼人たちは、獰猛な顔つきで屋上にいる亮と優月を見上げている。激昂した感情が、超人的な身体機能をさらに強く引き出しているようだ。


 亮は壁から離れ、呟いた。


「ここまでは予想通りだ」


「これからどうするんですか?」


「俺たちは壁から離れる。奴らが跳びあがって襲ってきた時に、まとめて打ち倒せれば御の字だ」


 亮が後退するのに従い、優月もともに壁から離れた。


 6メートル程の距離を空けて落ち着いた亮は、オカスソリスを翳す。息を吸い込み、弦を引いた。

 弓の経験は先ほどの二射のみだったが、亮はそれを元に、自分の射るべき場所を指し示す。


 鋭い曲線を描くオカスソリスは、月の光を浴びて銀色に光った。弦も、銀線のように輝いている。


 亮は前方の一点に意識を集中し、弦を引いた。4人の鬼人を一度で貫くためには、矢柄はこれまでの二本よりも太くなければならない。亮の思いを体現するように、弓矢は形を変えていく。まずは矢柄が太くなり、マナをその先端へと集めると、今度はやじりも大きく鋭くなっていき、鏃の前方には円形の何かが現れた。凸レンズのような、月のような、その円形の何かは、亮の思いの強さに応じ、少しずつ大きくなっていく。


 月が満ちるように、オカスソリスの準備が整った時、壁の上に鬼人たちが跳びあがった。月を背に、黒い影のようになった彼らの赤い狂った目が優月に集中する。


「そうだ、お前らのターゲットは俺の後ろにいる。殺したいならかかってこい!」


 亮に煽られ、鬼人たちの怒りは頂点まで引き上げられた。4人が一斉に飛びかかる一瞬のタイミングを狙い、亮は弓をギリギリまで引く。


「かかったな、この一撃で、散れ」


亮が指を離すと、矢が放たれた。矢が円形の何かを貫くと、凝縮したマナが解放されたように、青い光の柱が撃ち出された。空中で避けることもできず、鬼人たちはマナの大砲に直撃した。


 光はマナのバスター砲のように、一直線に高い空まで貫いた。鬼人たちは光の中に消え、体の一部に光が触れた者は、その衝撃波だけでミンチ肉のようになった。


 亮は弓を下ろし、力を抜いたが、他の鬼人が登ってこないかまだ警戒を続けている。

 しばらくそのままでいたが、新たな鬼人が来る気配はなかった。ふぅ、と息を緩めると、オカスソリスの弓は力を失ったようにアーマーに戻り、スーツは制服に戻った。


「あれ、審判秘宝ジャッジメントウェポンが……?!」


 亮は驚いたが、優月はまるで予定調和とでもいうように頷いた。


「どうやら限界が来たようですね」


「まずいな、これじゃ降りられない」


「亮くん、無理やり再着装したら、体が持ちません。今のあなたの体力では、審判秘宝の着装は一日一回が限度です」


「え、何だって?」


 亮が優月を振り向く。彼女は全てを見抜いたような笑みで、亮を見ていた。


「臨機応変な対応はよくできていますが、動きのセンスはそこそこというところですね。戦略も後先を考える力がまだ不十分です」


 褒めているようで、まだ不足も多数あるような厳しい言い方に、亮は目を丸くした。


「……君は、俺を試していたのか?」


「やっと気付きましたか?」


「ちょっと待て、どこからだ?」


「ふふ、どこからでしょう?」


 亮は目線を外し、しばらく考えた。彼女との再会にまつわる出来事すべてを思い起こし、「あ」と目を瞠る。


「神宮寺葉月の手紙からか?」


「正解です、推理力も問題ないですね。亮くん、初めて審判秘宝を使って、これくらいの対応ができるなら合格点到達ですよ」


「合格点って……。俺はまだ訳が分からない。それなら、神宮寺家に潜入して君を連れ出すことも、それを伝えたあの老人の話も、すべて君が事前に作った筋書きだったのか?」


「それはまた別の話です。私は妹と弟から、あなたが皇月こうづきの使徒と接触したことを知らされました。窓の鍵が都合良く開いていたのに、違和感はありませんでしたか?」


「確かに妙だなと思ったが……君は凄いな。神機妙算っていえばいいのか?」


 優月の優れた戦略力に、亮は感服した。美しいだけでなく、恐ろしいほどの才女となった彼女との再会に、亮は今さらになって臆するような気持ちになった。


 優月は亮に褒められても、眉間に皺を寄せ、首をゆっくりと横に振った。


「いえ、あなたの接触した使徒たちが誰かの襲撃に遭うことも、鬼人たちが仕掛けられていたことも、予想外のことばかりです」


 遠い空から一台のマシンが飛んできて、屋上の方へと向かってきた。マシンは屋上の近くで滞空をはじめ、ドアが開き、神宮寺家の執事、加藤が飛び降りてきた。


「優月お嬢さま、お迎えに参りました。こちらの彼が、神宮寺邸に侵入した犯人ですね?」


「間違いではありませんが、彼は……」


 優月が弁解を始めるよりも先に、加藤が厳しい顔で遮った。


「お嬢さま、後はお任せください。屋敷に侵入し、優月お嬢さまを攫った咎人とがびとは、私に同行していただきます」


 優月と引き離すように間に立った加藤は、険しい表情で亮に近付く。


 

「ちょ、待って、色々事情が……」


「言い訳は後で聞きます。すぐに楽になりますから」


 亮は抵抗しようとしたが、加藤に腕を掴まれ、問答無用で投げられる。亮の視界がくるりと天地を回り、ドンと大きな音がした。


 優月はその瞬間、きつく目を閉じていたが、その目を開いた時、あっさりと取り押さえられた亮が見えて、申し訳なさそうに手で口を塞いだ。


「あぁ……加藤さん、一本背負いですか……」


 加藤は淡々とした様子で優月に声をかける。


「お嬢様、戻りましょうか」


「はい……。どうか彼のこと、善処してください」


「かしこまりました」


 優月は自分の足でマシンに乗り、続いて加藤が亮を担ぎ、マシンへと運び込んだ。


 眩しいほどのヘッドライトが照り、マシンは屋上を離れると、上空へと飛びあがり、森林公園を後にした。

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